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閑話 スルガンの龍姫と龍の子

「大丈夫よメグミタ。

 わっちと”大海シグラ“が、ぜーんぶ蹴散らしちゃうから」


 移動中の牛車の中には、獣族のひと組の男女。

 一人はスルガン教国の卿王セガンク2世の嫡男、マーガロドミルテ・セガンク3世。

 赤鳥セガンク族の名が示す通り、耳に相当する箇所が真紅の羽毛を持つ鳥の翼の形状をしていた。

 そしてもう片方の女性が、彼をメグミタと呼ぶ。


 女性名マーガレットをメグと略す事もあるので、

 マーガロドミルテからのメグミタはギリギリ判断出来なくもない略称ではあるが、おそらく彼をそう呼ぶのは彼女だけだろう。


 さて、そのもう片方の女性はメグミタの婚約者であるスロットル姫。

 教国の山岳地帯に住む少数民族、龍系獣耳ミツウロコ族の部族の一人娘で、ドラゴンの末裔と言われる彼らは両手両足に硬い鱗を持ち、頭には牡鹿を思わせる、小ぶりながら枝分かれした2本の角が生えていた。


 その姫と、姫が両手に抱えるぬいぐるみのようなフワフワの白い体毛の龍の子“大海シグラ”こそが、今回の上洛の儀に関して教国が用意した切り札であった。

 そして、牛車の姫は窓を開けると。


「ね、タヨもそう思うよね?」


 外を歩く従者にそう声をかける。


「姫さまが、そうおっしゃるならそうなのでしょう」

「あら……面白くない返答だこと」


 セガング3世付きの小姓タヨチヶ・ダツマヰルァは狸の獣耳族。女性と見紛う可愛い容姿と生真面目な性格をしていた。


「それより姫さま、先程から我々の跡をつけてくる者がございます」

「あら、もうわっち達の動きを嗅ぎつけたって訳?

 どこのコウ国の斥候かしら」

「それが……獣耳族特有の匂いを、全く感じませんので」

「と言う事はおそらく、西の帝国の手の者ね。

 “毒入りポイズニー”、“肝入りアンサポ”、それとも全く別の勢力からなのか……まあいいわ」


 やがてスロットル姫の合図で、牛車が停止する。


「わっち、回りくどいやり方は好きじゃないんだ。

 コソコソしてないで出てきなさい」


 そう彼女が声をかけると、長衣を羽織った数名の男性が姿を見せる。彼らに獣耳族の特徴はなく、代わりの共通点として顔には刺青、交差した二本の骨にドクロの頭を乗せた模様が描かれていた。


「ふうん。

 あなた達、“毒入りポイズニー”の陣営かしら」

「ほう。即座に見破るとは流石、”龍姫“」


 長衣の最年長と思われる男が、“龍姫スロットル”の問いにそう答える。


「そしてもし正体を見破られたら、協力を持ち掛けろと言う指示が上から出ている」

「ふうん?まあ聞くだけ聞くけど」

「敵の敵は味方と言う。そちらにとっても悪い話ではないと思うぞ」


 そう言って”毒入り“陣営の男は、上からの指示だと言う仔細を話し始める。


「ふむふむ、”筋金入りハードコア“が記憶喪失で公国に潜り込んでいて、”毒入り“はそれを始末したいと」

「そして公国の王も上洛の儀、つまりそなた達と同じく龍の屈服を狙ってるようだ」


 そこまで聞いて、スロットル姫は顎に手を当てて思案を始めた。


「お互い邪魔者を排除したい点で一致している。

 手を組むのも一つの手段と考えるが、どうd……」

「……んー、断る!」


 スロットル姫は即答であった。

 なんなら毒入りの男が言い終わる前に、結論が出ていた。


「申し出を断るだと!?」

「バカな、理由は何だ」


 まさか断ってくるとは想定外だったのか、毒入りの部下達は動揺する。


「単純に、わっちは回りくどい面倒が嫌いなんだよ。

 もし向こうが仕掛けて来るなら、その時に排除すれば良い」

「後悔、することになるぞ?」

「ああ秘密を知られたからには、生かしておけないって事?」


 そう言ってスロットル姫はクスリと笑うと。


「……いいよ、やってみれば?」


 両拳を握って攻撃する気満々の体勢になった。


「ふんバカめ、我々は”毒入り“の配下ぞ。

 物理攻撃しか能の無い龍族に何が出来る」

「あらら、毒で脳みそまでやられちゃった?

 一度でもわっち達と戦ってたら、そんな寝言吐けないと思うけどなあ」


 売り言葉に買い言葉。


「……ぬかせっ!」


 そして煽り耐性のなかったのは”毒入り“の方のようで、腰に下げた袋から毒と思しき物を散布した、その刹那。


覇阿ハアっ!」


 とスロットル姫が大きく息を吐く。

 それだけでその場に、一陣の突風が吹き荒れた。


「グァァッ!」


 何の毒だか分からないが自分に向かって来た毒をまともに浴びる形になり、男が激しく苦しみ出す。


「え、うっそぉん……自分で放った解毒も出来ないとか、あり得ないんだけど」


 と呆れた顔をする姫に。


「隙あり!」


 と串のような金属の暗器を投げつける長衣の男。


「あーダメダメ、五十点だね。

 隙ありって言っちゃった時点で、わっちには隙じゃないから」


 と、投げられた串はいつの間にか、姫がその指で掴んでいた。


「そんな馬鹿n……グアッ!」


 そして投げ返されて男の体に刺さる。


「よっっっわいなあキミたち。

 ちゃんと現場で、実戦経験の訓練してる?」


 そうため息をつく姫の周囲を、残った者たちが取り囲む。


「ほほう逃げ場を塞いだと。でも囲み方が単純過ぎるね、こんなの回転蹴りで一閃……おっと」


 余裕の表情だった姫の、その地面が溶け出して彼女は足を取られる。


「へぇ、地面の腐食……そんな毒の使い方もあるのか。

 こりゃ一本取られたね、と」

「大丈夫ですか、姫さま」


 小姓タヨチヶが心配そうに声をかける。


「問題ないよタヨ、これくらいなら相手にハンデってとこ」

「負け惜しみを!」

「流石の龍族も動けなければ、手も足もでまい」


 とスロットル姫に対して、毒入り配下の長衣達は勝ち誇った口調でそう言う、が。


「うん?」

「どうした?」

「この女確かさっきまで、龍のぬいぐるみのような物を抱えてなかったか?」


 一人、毒入り配下で異変に気づいた者がいる。

 しかし彼らはもっと他の事にも気づくべきであった。


 例えば、雲もないのに突然周囲が暗くなった事とか。


「おっ、おいあれ!」

「何……だと」


 ようやく彼らが上空に気づいた時には手遅れで、そこには宙に浮かぶ白く巨大な龍の姿が。

 それはスロットル姫の飼い龍”大海シグラ“の、封印の解いた本来の姿であった。












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