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第6話 王子様とその周辺

「あ、あたいの王子プリンス様……実在したんだ」


 目の前には大柄筋肉質の、ボス的な風格を携えた女性。おそらく彼女がここイシシシ盗賊団の頭目のはずなのだが、何やら様子がおかしい。


 プリンスって僕の事?

 いや現在絶賛記憶喪失中なんで、実は僕がどこかの国の王子だった可能性もゼロではないけども。

 すると、鑑定能力スキル持ちのイヌカが背後から僕に何やら耳打ちしてくる。


 え?その台詞を目の前の女性に言えって?

 いいけど。


 ……えー、コホン。


 僕は君を救いに来た。

 こんな悪事に手を染めずに、僕と一緒に来るといい。


 いや、言ってはみたけどさ。こんな台詞に効果があるわけが……


「ぷ、プリンス様に従うだ」


 目の前の女性は顔を赤らめながら、そう答える。


 ……はあぁ?

 自分で台詞言っておいてアレだが、何でぇ?


「ぷっプリンス様、ぷぷぷぷぷぷ……」


 そしてイヌカ、さっきから僕の背中で笑い過ぎ。

 振動がこっちまで伝わってくるのだが。


 とまあ、僕が状況把握できずに困惑している中。


「お久しぶりです、“筋金入りハードコア”スノウ様」


 更に今度は顔の上半分を覆面で隠し、立派なヒゲを覗かせる男が歩み寄る。

 ええと、誰?って言うかハードコア??


「あーっと、オレ“肝入りアンサポ”師匠ん所の“千罠サザントラップ”のディエゴなんすけど、何か覚えてなさそうな雰囲気ですねえ」


 いや僕、いま記憶喪失で色々忘れてて。以前どっかで会いましたっけ?


「ほうほう記憶喪失!じゃあコレならどうでやしょ」


 そう言うとディエゴは、歌うように言葉を紡ぐ。


「帝国の叡智の将、メーコ・カッショに三名の優秀な弟子有り」


 “毒入りポイズニー”、“肝入りアンサポ”、“筋金入りハードコア”……はっ!

 なんか自分でも無意識に、つられて今スラスラっと言葉が出てきたぞ。


「で“筋金入りハードコア”がスノウ様の二つ名でさあ」


 なんとまあ、僕ってば帝国でそこそこ有名人だった?!

 朧げながら記憶にある、自分が叶わないと思っていた軍師殿は、そうか僕の師匠だったか。


「そしてスノウ様の本来のスキルは、鈍化などというチンケなもんじゃなくもっと強力で派手な物でさあ。

 おそらくは呪いの類で、そう信じこまされていると推測しやす」


 そして後に聞いた話だが、僕がこの大陸で生きていた事、そして記憶を失っている事は、海の向こうの帝国でも大きな話題となった。

 ……例えば。



「“筋金入りハードコア”が東の大陸で発見されたそうね、カッショ」

「はい、皇女殿下。

 ですが我が弟子は記憶を失い、あの大陸を目指した当初の目的も忘れている様子」


 帝都の中心にそびえる帝国城、その一角の庭で会話する二人の女性。

 一人はこの国の第一皇女、もう一人は僕の師匠であるメーコ・カッショ。

 見た目も服装もそっくりな二人は仲良しで、と言っても特に血縁関係があるという訳ではないのだが、そっくりな事を利用して時々立場を入れ替えると言う悪戯をする。

 その徹底ぶりたるや、皇女が市井に紛れて市場で商品を買っても気づかれない程である。


「まあ生きてさえいれば良いわ。彼はその、この国で色々あり過ぎた」

「おっしゃる通りで。むしろあ奴にとっては、無謀な野望など忘れて新しい地で幸せに暮らしてもらった方が良いと思っております」



 同じ頃、帝国城の一室で。


「なんと筋金入りが生きておった、じゃと?」


 部下の報告に目を見開いて驚く

 “毒入りポイズニー”シキト・ヴェノ。

 老人くさい口調だが、見た目だけなら二十代の若者。

 毒はまた薬にもなり、彼は様々な不老長寿の毒を体内に注入していた。


 そして耳から鼻から唇から、無数のピアスを顔に装着していて、実はコレひとつひとつに毒ないし解毒剤を仕込んでいた。

 身体の随所に古代文字の入れ墨もあり、こちらは特に毒とは無縁の個人的な趣味であった。


「くそっ、せっかくのワシの仕込みも無駄じゃったと言うわけか」


 そう言って“毒入り”はバンバンと机を叩く。


「が、記憶を失っているのは好都合じゃ。

 完全に記憶を取り戻す前に、今度こそ息の根を止めてしまおうぞ」




「……と、“毒入りポイズニー”はきっと思ってるだろうよ」

「では先手を打ちますか、師匠?」

「んー、五十点だねフィフティ君」


 顔の上半分を覆面で覆った師弟が、そんな会話を交わす。

肝入りアンサポ“バリ・ロートスにダメ出しをされたのは弟子のフィフティ・シンク。

 百点満点の五十点、それが師匠の弟子に対しての口癖になっていた。


「正直オレが“筋金入りハードコア”にそこまでしてあげる義理はないな。ここはしばらく泳がせておこう」

「……そうですか」


 無表情、と言うより不承不承寄りの口調のフィフティ。


「おや不満そうだね、フィフティ君。でも君も知っての通り、オレは自分に利がある時しか動かないよ。

 オレの通り名、肝入りの意味は知っているね?」

「間に入って世話を焼くこと、ですよね」

「んー、五十点だねフィフティ君。

 そこは言葉の語源から説明しなきゃ」


 そう言って“肝入り”は苦笑する。


「肝入り、は肝を煎るから派生した言葉だ。

 肝、つまり動物の内臓には細い血管が張り巡らされていてね。

 慎重に加熱しないとボソボソになり美味しくない。

 それぐらい神経を使って相手に接しているという意味合いも含めて師匠がくれた呼び名だ」

「その割には、私への扱いが雑に感じられますが」

「そりゃそうだよ。君は弟子、かつオレの大事な息子だもん」


 フィフティは、“肝入り”が気まぐれで戦災孤児を拾い養子として今まで育てた経緯がある。


「背中を見て学べ、って事さ」

「はあ、ありがとうございます?」


 嬉しそうに言う“肝入り”に、弟子のフィフティは心のこもっていない謝辞を伝えた。


「それより、うちの陣営のディエゴが向こうの大陸で“筋金入り”に接触したのは大きい」


 イシシシ盗賊団に潜り込んだ“千罠”のディエゴも覆面をしており、どうやらこれが“肝入り”一門の正装であるらしかった。


「オレとしてはむしろ、こっちの縁を大事にすべきだと思うね」

「とはいえ、こちらも様子見でしょ?」

「んー、五十点だねフィフティ君。

 こちらに関しては、既に手は打ってあるのさ」

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