※閑話は基本三人称視点です。
イシシシ盗賊団の
猪族という獣耳の血脈に加え、日頃の肉体鍛錬がその体を作り上げていた。
「えっとボス……って、まーた恋愛小説の読書中かい」
「ふん、似合わないのは自覚してるよディエゴ」
彼女は小説、それも恋愛ものが好きという風貌からは想像がつきにくい読書の趣味を持ち合わせた、恋に恋する乙女でもあった。
主に彼女が読むのは隣の大陸から取り寄せた挿絵入りの作品で、作中に登場する金髪碧眼の
そしてボスに声をかけたディエゴ・ロッゾは顔の上半分を覆面で隠し、剥き出しの下半分からは立派な口ヒゲを蓄えた男性。
最近加入した彼は、この盗賊団の頭脳担当であった。
「あたいの貴重な邪魔をしてまでとは、よほど大事な用事なんだろうね?」
皮肉混じりにイシシがそう尋ねると。
「まっ、ある意味な」
と澄ました顔で答えるディエゴ。
「どうもこの間捕まえた武将の部下が、仲間を連れて取り戻しに来た」
「ほう?それは、あたいらの盗賊団の人数より多いかい」
イシシシ盗賊団は少数精鋭、というよりボスのお眼鏡に適うものしか在籍していないため、十数人ほどの集団である。
倍以上の討伐隊が出されれは普通に考えて数的には不利だが、前回のチロキーは50人ほどの兵を率いて敗走、しかも隊長まで捕まったのだからディエゴの知将っぷりが伺える。
「それが、見回りの話だと今回は三人らしい」
「はん!数は多けりゃ良いってもんじゃないが、ずいぶんとこのイシシ族を舐めてくれたもんだね」
しかしイイシがスルガン卿に討ち取られて一家は離散、落ち延びて野盗になった経緯を持つ。
一族特有の筋肉の強さに加え、彼女自身の持つ
加えてヒゲ男ディエゴの加入は盗賊団の幅を広げ、より多くの村からの略奪が可能であった。
正直ボス・ノノシからすればかつての誇り高き武家の末裔である自分と今の生活に正直思うところもあるが、世は下剋上の乱世。
力で奪わなければ奪い返される現状を目の当たりにして、野盗として一族を率いている以上引っ込みがつかなくなっていたのも事実だ。
だからこそ彼女は、略奪と肉体鍛錬の時間以外は恋愛小説に没頭する。いつか白馬に乗った王子が現れて、自分を拐ってくれることを妄想して。
さて我らが主人公ドンカ・ダオ、囚われ隊長の部下であるロコク・カハチス、そしてイヌカ・ダオの三名は少数精鋭でチロキー救出の為に盗賊団のアジトに接近していた。
今回の任務に関して病みあがり娘の非力なイヌカは明らかに不似合いだが、彼女のスキル「鑑定」は探索に役立つ、と自ら志願して強引に付いてきた格好だ。
さて蜂系獣耳族ロコクのスキルは「浮遊」。
それも離れた場所から大人一人二人くらいなら軽々持ち上げると豪語していたので、それを元に立てた作戦としては。
まずイヌカを背負ったドンカが空中を浮遊したまま、背中のイヌカが上空から鑑定で居場所を探しつつチロキーが捕らわれている箇所まで移動して救出、というシンプルなものである。
「うわっ、これは確かに凄いですわ!」
とイヌカが嬉しそうに声をあげるほど、ロコクの浮遊はドンカ達二人を軽々浮かせる事が、確かに出来た。
ただし、順調だったのは浮かせるまで。
問題は浮かせた二人の移動が、想像以上に凄くゆっくりゆっくりであった事。
ロコク曰く、彼自身が飛んで動く分にはもっと苦がなくスムーズに動けるものの、他人を動かすのには今回が初めてで思ったより苦戦しているとの事。
それでも上空の木影に紛れたりして、何とか見張りの目を欺きつつ盗賊団のアジトの上空にたどり着き、さあここから探索だ、という段になった刹那。
「も、もう無理でありますっ!」
とロコクが根をあげ力尽きて二人の身体は落下、その弾みでドンカの姿を維持していたカツラと仮面も外れて。
「ひゃあ?!な、何だい!!」
あろうことか敵の頭目、ノノシのまさに目と鼻の先に落下したのだった。