未だ暑さが色濃く残る秋の入り、学生服を着た一人の少女が、緊張した面持ちで正座をしている。美しく黒い髪を持つその少女は、ショートカットだが、髪の一部が犬の耳のように見える独特の髪型をしていた。心なしか、スカートの後ろがこんもりとしているのは、目の錯覚だろうか。
そして、三十畳ほどの広い和室には、少女と相対するように数名の男女が座っていて、ピリッとした空気が部屋全体を押し包んでいた。
「掟の事は、解ってるよね?」
少女の真向かいに座った老婆が尋ねると、少女はしっかりと老婆を見据えて答えた。
「私達は、命を大事にする。決して命を犠牲にせず、私達を護ってくれる、犬神と一緒に生きていく」
真っ直ぐなその答えを聞き、老婆はニッコリと笑って親指を立ててみせた。
「うん、合格!…これからしっかり頑張るんだよ、
「はい。ありがとう、お祖母ちゃん」
「あはは、なんだか改まっちゃったね。それじゃ、皆でご飯にしようか」
月と言う名の少女は、老婆に頭を下げると、傍らに置かれた刀を持ってその部屋を後にした。それに続いて老婆とは別の男女も部屋を出て行く。最後に残った老婆は、開け放たれた縁側から庭に出て、ぐぐっと背伸びをしていた。
「んん…あれからずいぶん時間が経っちゃった。私ももうすっかりお祖母ちゃんだなぁ……猫田さん、いつ戻って来るの?ふふ、私の方がお迎えに行っちゃうかも」
再建された犬神家の屋敷には、以前と変わらぬ大きな庭が
そして老婆は社の前で手を合わせ、祀られた神に祈りを捧げている。これは数十年前から続けている、彼女のルーティーンだ。気弱な少女だった当時の面影はもうないが、今でもこの祈りだけは欠かさない。
「私がいなくなったら、次はあの子が…きっと月が当主になるね。
そう言うと、老婆の周りに六体の犬神が現れて、皆で老婆に身を寄せてその顔を舐めた。自慢だった背の高さも、最近では寄る年波ですっかり縮んでしまったが、それでも犬神をまとめる力は健在だ。それに立派な後進が育っているので、いつお迎えが来ても悔いはない。
「あの子が当主になったら…ふふふ、
そう言って犬神達を抱き締めながら、老婆は一人で笑った。ちょうどその時、屋敷の中から老婆を呼ぶ子どもの声がして、彼女は重い腰を上げて屋敷へと戻っていく。
「お祖母ちゃーん!早く食べようよー!」
「…はぁい、今行くよー」
そして誰もいなくなった庭先に、老婆を探しにきた先程の少女…月が現れた。どうやら老婆と入れ替わりになってしまったらしい。月がふと社に目を向けると、そこに一人の若い男が佇んでいた。茶色と金の髪に、黒いレザーのジャケットを着て、見た目は如何にも場末のホストである。男は頭を搔いて、一人呟いた。
「ずいぶん遅くなっちまったが、あんまり変わってねぇなぁ、ここは」
「あなた……誰?」
「ん?おお、俺か、俺はな……」
男はニコニコと微笑みながら、月に名乗る。ここからまた、次の犬神家の歴史が続いていくのだ。
秋の高い空には、ゆっくりと雲が流れていた。