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第384話 奇跡の軌跡

 涼やかで、それでいて大きく謡うような猫達の声が、日本中を覆う。


 猫を神として祀った神は、日本各地に少ないが存在する。それは、その地に所縁がある猫をモデルにしたものであったり、化け猫として仇討ちをした猫を祀ったりと様々だ。しかし、それらの歴史は古く、現代に於いて新しく猫の神が祀られた記録はほぼない。

 それ故だろうか、ペットとしての地位を確立し、その数を大きく増やした現代の猫達にとって、新しい猫神の誕生はとても得難く尊い瞬間なのだ。


 天界へと昇っていく猫田の肉体と魂は、そんな猫達の祝福によって彩られていた。狛にとっては、とても悲しい別れではあるのだが。


「ん……む?ここ、は…どこだ?」


 猫田が目を覚ました場所は、温かく、長閑で平和な草原の一角であった。毛皮とヒゲをくすぐる風は心地良く、それに乗って何やら心が落ち着くような匂いがする。そこは正しく天国であり、歓びの世界とも呼ばれる天界の姿と言える。


 はたと気付いて起き上がってみれば、普通の猫の姿に戻っていて、身体のどこにも傷はなく、体力の消耗も感じない。空腹や眠気も感じないのには違和感を覚えるが、決して悪い気はしなかった。


「俺は……そうだ。常世神に取り込まれて…狛?狛はどこだ?そもそも、ここは何処なんだ?」


 キョロキョロと辺りを見回してみても、目立つ建物や風景は何もない。どこまでも続く青い草原があるだけだ。未だ現状の認識が定かではないが、明らかにここは普通の空間ではない。居心地の悪い場所ではないとはいえ、人と暮らす事に慣れきった猫田には、どうしようもない寂しさを与える場所である。汚くて、臭い場所がたくさんあっても、それでも人の社会の雑踏がとにかく恋しい…そう思った。


 ――ちりん。


 不意に、そんな鈴の音が近くに聞こえ猫田が振り向くと、そこには見覚えのある真っ白な一匹の猫が、こちらを向いて座っている。


「お前……俺が復讐を遂げたあの時に出てきた…こいつはお前の仕業か?どうして俺をこんな所に?」


「久し振りだな。今は猫田吉光と名乗っているのだったか?まぁ、猫田でよいだろう。如何にも、私はあの時出会った者だ。本当に長い間、お前が来るのを心待ちにしていたんだ」


「んなこたぁどうでもいい。質問に答えやがれ、一体、テメェは何で俺をこんな場所に呼び込みやがったんだ?ここはどう見ても、現世じゃねぇだろう」


「勘違いするな、お前をここに連れてきたのは私じゃない。私はただ、お前が来るのを待っていただけだ」


「はぁ?じゃあ、一体どこのどいつが……」


 そう言いかけて、猫田はどこかで誰かが、自分達を見つめている事に気付いた。その視線の主は見当たらないが、確実にどこかで誰かが猫田達を見ている。不快な視線ではないのだが、姿を隠して見ているだけというのはいい趣味とは言えないだろう。猫田はもう一度辺りを見回し、大声で叫んだ。


「おい!どこで俺を見てやがる!?誰だか知らねーが、俺を呼びやがったのはテメェか?!隠れてないで姿をみせやがれ!」


 怒りを露わにする猫田の声が響くと、やや間を空けて白猫の隣に光が集まり、それは美しい女性の姿へと形を変えた。天女の如き微笑みと領巾を纏い、柄こそ落ち着いているが、生地も仕立ても一流以上の煌びやかな着物を纏った女性は、女神そのものと言った印象である。


 その美貌と、太陽を前にしているかのような圧倒されるほどの神気を感じ、猫田は思わず息を呑んだ。それは皇祖神であり、日本神話における神々の頂点……天照大御神アマテラスオオミカミそのヒトである。


「元気な男子おのこですね。しかし、獣とはいえ、その稀なる御魂は心地良い……宇迦之御魂神ウカノミタマが見込むのも頷けます。が名は天照アマテラス日孁ヒルメでも構いませぬよ。どうぞ、お好きに……」


「あ、アマテラスって……マジかよ」


 啖呵を切って出てきた相手が途轍もない大物と知り、流石の猫田も言葉を失った。魔王である神野や山本さんもとにも物怖じしない猫田であっても、いつも通りにはいかない相手だ。いつか、狛が大日如来に出会ったという話を聞いたが、それに匹敵する相手である。一介の猫又が直接会う事など、絶対にあり得ない事態であった。


 すっかり委縮しかけた猫田だったが、次に天照大御神が放った言葉により、その勢いを取り戻す。猫田にとって大事なのは、力ある神ではなく、狛達なのだから。


「命が尽きかけていたあなたは、宇迦之御魂神ウカノミタマと大国主命によって、神の座を得るようここに運ばれたのです。危ない所でした、後一歩遅ければ、あなたは命を落としていたでしょう」


「命が……そうだ!常世神は、狛達はどうなった!?俺はまだ、あいつらと一緒に…!」


「落ち着け、猫田よ。天照大御神様が仰ったように、お前はここへ神格を与えられる為に来たんだ。それ無くして、常世神を倒す事は出来ん」


 白猫の言葉を受け、猫田は苦々しい思いを噛み締めながら押し黙った。宇迦之御魂神ウカノミタマから聞いていた通り、やはり常世神を倒しきるにはその方法しかないようだ。あの時、神域で話を持ち掛けられた時は一笑に付して断ったが、他に手段がないのであろう事は、猫田自身察していた。出来れば避けたかった結果であるが、死にかけていた自分を救う為でもあったのなら、狛が反対するはずもない。猫田はどこか観念したように、その怒りを吐息に乗せて吐き出してみせた。


「しょうがねぇ、俺だってあんな常世神なんて野郎に狛や他の連中を殺させたかねーからな。それしか道がないってんなら、やぶさかじゃねぇよ。もうちょっと、羽を伸ばしていたかったけどな。……で?俺はどうすりゃいいんだ?何をすればあいつらを助けられる?」


 怒りを霧散させた猫田は、意識を切り替えてそう問いかけた。狛を守ること、それが今の猫田にとって最も重要なことであり、優先すべき事態だ。それに、ルルドゥのような神を見れば、神としての暮らしもそう悪くはなさそうに思える。何せルルドゥときたら、ほとんど普段の猫田と変わらない生活をしているのだから。


 そんな猫田の様子に白猫と天照大御神は笑みを浮かべていた。前向きなのは良い事であり、それこそ神となる者に相応しい思考だ。そして、天照大御神は静かに口を開く。


「これより、特例としてあなたに神格を授けます。本来であれば、試験を受け、合格した者だけが授けられるものですが、今は非常事態ですから止むをえません。が名をもって認めましょう。そして今、あなたがすべきことは、待つ事です。あなたという新たな神を信じ、敬い、そして尊ぶ人の思いを集めねば神の力を発揮することは出来ないのですから」


「待てって…俺ぁ犬じゃねーんだぞ!?こんな時に待ってるだけなんて…!」


「仕方ないだろう、神とはそういうものなのだ。さぁ、共に待とうじゃないか、我が主よ」


「主って…俺がか?っていうか、結局、テメェはなんなんだよ!?」


 猫田は白猫を訝しむように見つめて疑問を投げ掛けた。すると、その眼をじっと見つめてきた白猫の瞳が記憶のどこかに触れた気がした。


「俺か?どうやら覚えていないようだが、俺はお前の神使であり、兄弟だ。あの日、あの山の中で生まれた、たった二人の猫の兄弟…それがお前と俺さ、弟よ」


「はぁ!?」


 その答えを聞いた猫田の声が、天界に響き渡る。ほとんど覚えていない猫田の記憶の片隅にあったのは、産み落とされてすぐに妖怪に襲われ、自分を庇って命を落とした兄と母猫の姿である。猫田が妖となった本当のきっかけは、そんな母と兄の無念であったのだ。


「では、早速始めましょう。猫田…これよりあなたに神としての神名を与えます。それは神格そのものであり、あなたを神へと押し上げるもの……よいですか?その名は――」








 猫田の身体が光に消えてからしばらくの後、狛達は再び常世神と、激しい戦いを繰り広げていた。


 猫田が天界へと上がっていく間、常世神を含めた誰もがその動きを止めていたが、最初に動き出したのは虫人達である。彼らは本能の赴くままに人を襲おうとしているようだ。生みの親である常世神は、人の命と魂を取り込むのが目的であるはずだが、虫人達はそれに従う様子はなかった。


「クソっ!虫共が…何という数だっ……!」


「神様になった猫田さんの力を待ってる間に、このままじゃ押し切られちゃう…!せっかく神奈ちゃん達と合流できたのに!」


 そう、激しい戦いの最中ではあったが、ルルドゥと玖歌を擁したことで神奈達は怪物達を物ともせずに狛達の元に辿り着き、合流することができた。とはいえ、ここは虫人達が飛び交う更なる地獄の様相を呈している。既に猫達の鳴き声は止み、再会を喜んでいる暇は何処にもない。

 しかも、動き出していたのは虫人達だけではないのだ。人を取り込む力を持ったのっぺらぼうの怪物や、不死身の怪物も虫人達に混じって活動を再開している。どうやら、ここだけではなく生き残った人々を狙っているらしい。戦いはより激しさを増していく一方であった。


 真や朧は善戦しているが、既に戦い始めてから数時間が経過し、そろそろ体力の限界が近づいている。満月の効果を得ている朧はともかく、結界を張り続ける拍や、前線に立つ真はかなりキツイはずだ。唯一、狛だけが常世神と互角に渡り合えるため、虫人や他の怪物達と戦っている余裕はない。時を追うごとに、状況は悪くなる一方である。


「ワタシにも、出来る事があったらヨカッタのに……!」


 メイリーがそう呟くも、誰にもどうすることも出来ない状態だ。そんな時、遂に恐れていた事態が訪れる。


「キシキシキシ…キシャアーーッ!」


「何!?ち、地中からっ…バカな!?」


 突如、地面の下から拍の足と印を組む腕を突き刺すものがあった。あのカミキリムシの虫人が、地中を掘って進み、結界をすり抜けてきたのである。結界の中心である拍は、何とか結界を維持しようとしているが、これまでの戦いによる疲労が一気に押し寄せ、その力を奪っていく。


「お、お兄ちゃんっ!?」


「拍…っ!」


「おのれ!やらせるかっ!!」


 神奈がすぐに飛び込んできて虫人を倒したものの、既に結界は薄れて消える寸前であった。それでなくとも、満月を維持する為に多くの力を費やしている国津神達にも、もはやどうする事も出来ない事態だ。


「ま、マズい…!結界が……っ!ぐうぅ…!?」


 必死に霊力を供給する拍に向かって津波のように虫人達が押し寄せてくる。彼らは結界そのものをガンガンと叩き、無惨にも破壊されそうになったその瞬間、更なる結界が拍の結界を覆うようにして張り巡らされた。


「な、なんだ!?一体、誰が…あっ!?」


 拍の視線の先には、地中から伸びる人の手があった。あの爆発の際に生き埋めになっていた猿渡が意識を取り戻し地中から這い出てきたのである。


「おい、犬っころ…!気合入れろ!宗吾アイツと同じような顔してだらしねぇ真似するんじゃねぇ!」


「な、なんだコイツは…!?土塗れで……味方なのか?」


「猿渡さん!生きてたんだ、良かった…!」


 遠目にその様子を見ていた狛は、常世神と戦いながらも安堵していた。猿渡が狛を庇ってくれていなかったら、この戦いは呆気なく終わりを迎えていただろう。そして今また、猿渡はピンチを救ってくれたのだ。かつての支隊の面目躍如と言った所である。

 そしてその時、待ちに待った報せが宇迦之御魂神ウカノミタマの元へと届けられた。猫田が神名を得て、神となる準備が出来たのである。


「ああ、天照大御神様…!直々に御言葉を賜りますとは……畏まりました、それを人間に伝えます。…狛!そのままでよい、聞きなさい!」


「え?は、はい!」


「猫田は無事、神となる事ができました。後は彼を信ずるもの…信仰する人の想いが必要です!呼び掛けなさい、人々に。救いをもたらす神の名を!多くの人に伝えるのです!」


「よ、呼び掛けるって…どうやって!?」


 狛はそこで、答えに詰まってしまった。いくら狛が強大な力を得たと言っても、その声を全国に届けることなど出来はしない。そもそも、生き残っている人々がどれだけいるのかも解らないのだ。戦うのに精一杯な状況では、当然ながら日本中を飛び回って叫ぶような暇などもない。


 常世神を押しとどめつつ、与えられた難問…それは大いに狛を困惑させていた。常世神の鋭い斬撃を避け、反撃をしながらも狛は良案が浮かばない、そう思った時だ。


「呼びかけるって言っても、私あんまり人前で話したこともないし……人前、で…そうだ!」


 瞬間、動きを止めた狛に向かって、常世神は溶解液を吐き出す。だが、狛はそれを一瞬で加速して回避し、常世神の懐まで飛び込んで全力の蹴りを叩き込んでみせた。その威力は、常世神の巨体を浮かせ、倒してしまう程のパワーである。

 そしてその隙を衝いて、狛は宇迦之御魂神ウカノミタマ達の元へ飛んで、メイリーに自らのスマホを手渡した。


「メイリーちゃん、確か、人気の配信者?って活動してるんだよね!?だったらお願い、猫田さんの事を、ファンの人達とかに伝えてあげて!」


「エエッ!?わ、ワタシが!?こんな時に配信なんて…スマホ使えるかどうかもワカンナイよ?!」


「大丈夫!私のスマホ、山本さんもとさんが改造してて、どんな時でも使えるから!お願いっ!」


 そう言って狛が手渡したのは、以前、山本さんもとが自らの妖力で脱法に改造していた狛のスマートフォンである。山深くに隠された人狼の里や、異界であっても繋がるという滅茶苦茶な機能を有しているので、この状況でも使えるはずだ。そうして、狛は再び飛び上がり、起き上がろうとする常世神を抑えるべく行ってしまった。

 残されたメイリーがスマホを確認すると、電波は問題なく届いているようだった。ただし、伝えるべき相手がどこに残っているのかが解らない。


「ワタシの配信で…ワタシにも出来る事があるのはウレシイけど……」


「生存者ならば、心当たりがあります。メイリーと言いましたね?あなたはその配信というものを始めなさい」


「え?あ、ハイ…!」


 メイリーが自分の配信用アカウントに接続し始めると、宇迦之御魂神ウカノミタマもテレパシーで、誰かに言葉を伝え始めた。宇迦之御魂神ウカノミタマが常に繋がっている人間、それは自らの神使達に他ならない。つまり、伏見稲荷の神使達だ。


 ――狐太郎、聞こえていますね?そこにまだ生存者は残っていますか?


「えっ!?ちょ、宇迦之御魂神ウカノミタマ様!?いきなりそないな…はい、ここにはまだ生き残っとるもんが大勢おるけど…え?ハイシン、ああ配信どすか。解った、すぐに用意します。!おい、宇迦之御魂神ウカノミタマ様からの勅命や、ありったけのスマホ持ってこい!」


 伏見稲荷に残った神使達は、すぐさまスマホを用意して、祈り続ける人々に配っていった。ほとんどの人は意味が解らなさそうだったが、藁をも掴む気持ちで指定された配信画面を見守っている。そして、メイリーの配信が始まった。


「え、えーっと…こ、コンバンハ!メイリーちゃんねるのメイリーだよ!えっとね、キンキューで配信してます。今、日本中で大変な事態が起こってるんだケド、ミンナ知ってるよね?すっごい怪物とかオバケがいて、ワタシもコワいんだけど……今ね、ワタシの友達が、必死に戦ってるの。ミンナを助ける為に、傷だらけになって……でね、ワタシにも何か出来ないかって考えてたら、ミンナに教えなきゃいけないことがデキちゃった!あのね、ワタシ達を狙ってるワル~いカミサマをやっつける、いいカミサマがいるんだって!そのカミサマは格好良くて、とってもカワイイ猫のカミサマなのっ!だから、ミンナ、お願い!力を貸して!ワタシとイッショに、そのカミサマを信じてあげて!」


 メイリーは、たどたどしくも懸命に、画面に向かって喋り続けた。霊感も持たず、戦いの役には立てない自分に出来ることは、同じように戦う力を持たない人々に言葉を届ける事だと、そう思っての行動だ。滅茶苦茶な事を言っているのは自分でもよく理解しているが、自分に出来る事を懸命にやるのは、決して間違いではない。そんな必死なメイリーの言葉は、それを聞く人の心に、想像以上に響いていた。伏見稲荷に逃げ込んだ人達の多くはメイリーを知らない人達だったのにもかかわらずである。


「えっと、そのカミサマの名前はね……あ、天地猫封戸神あめつちねこふうどのかみだよっ!」


 メイリーがその名を読むと、それまで治まっていた猫達の鳴き声が、再び日本中で轟き始めた。それを皮切りに、まず中津洲市内の各地でぼんやりと輝く何かが現れる。


「なに?あの光……五芒星?」


 上空から見ている狛は、市内の何か所かで光るそれに目を奪われた。多少の欠けはあるものの、その光は見事な五芒星を描いていて、強い力が感じられる。狛も誰も覚えていないが、その正体は狛達が天彦…天野Vicoに命じられて配った彼の似姿が描かれたビラである。天彦は未来を予知する能力を持った妖怪で、この事態を見越しており、ささやかながらも対応すべくあのビラを配らせたのだ。


 そして、魔除けにもなるそのビラの元には、いくらかの人々が集まっていた。その人達の中にはメイリーのファンもいて、配信を見ていたらしい。そんな小さなさざ波のような奇跡こそが天地猫封戸神あめつちねこふうどのかみの力の一つであり、奇跡は猫達の鳴き声に乗って日本中を駆け巡った。


「……感じる。猫田さんの気配だ!猫田さんが見守ってくれてる…それに、力も!」


 きっかけは小さな祈りでも、少しずつ束ねられれば、それは大きなうねりとなる。特に猫田…いや、天地猫封戸神あめつちねこふうどのかみの力は常世神に対する特効だ。ご利益が絞られている分、その力の全てを常世神を封じる為に使う事が出来る。だからこそ、僅かな信仰心でも奇跡を起こし、それらを雪だるま式に積み重ねていくことが出来るのだ。

 自衛隊や新ささえ隊を始めとした各地で抵抗を続ける人々と、それに守られた僅かな生存者、そして何より常世神に取り込まれてしまった人々にも天地猫封戸神あめつちねこふうどのかみの奇跡が届き、祈りは更に拡大していた。そして、遂に……


「ギ…!?ギャアアアアアッ!!」


 常世神が体内に集めた人々は未だ生きていた。苦痛に呻く彼らは、やがて自分達を救ってくれる天地猫封戸神あめつちねこふうどのかみの力に導かれ、命と魂が逆流して元の肉体へと還っていく。すると今度は助かったその人々が、天地猫封戸神あめつちねこふうどのかみを信じるのだ。その流れはもはや止まらない。それはまさに狛と猫田が辿って来た軌跡である。

 当然、その中には大口真神と、京介や黎明の姿もある。そうやって力を奪われた常世神は断末魔の悲鳴を上げて、のたうち回っていた。

 その内に虫人達も次々に力を失って死滅していき、怪物達も闇に溶けて消えた。残ったのは、常世神と、自らそこに取り込まれた志多羅だけである。


「ア、アア……アアア……!」


「皆の命と魂は返してもらったよ。これで、終わり…っ!」


 力を失い、小さく萎みきった常世神を、狛は全身全霊を込めて殴りつけた。常世神と志多羅によって歪められた、両親を含めた一族の無念。そして傷つき、倒れてしまった人々や妖怪達の想い…それらを、全てその拳に乗せて放つ。そうして粉々になった常世神の身体は、再び狭間の世界へと堕ちた。


 ……ここに、千年以上もの昔から続いた、常世神と犬神家一族の戦いは幕を下ろしたのであった。


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