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第311話 猫田と狛の対決

「こ、のぉっ…!もう!猫田さん、ちょっとじっとしててよーっ!!」


 狛の焦りはすっかりイラつきに変わっていた。猫田の鋭い爪の攻撃は、決して侮れるものではなく警戒せねばならないものだ。しかし、猫田はそれを使って正面からぶつかって来るのではなく、執拗に狛の隙を突いて着かず離れずに攻撃を繰り返してくる。これには、狛もイライラが収まらない。


 それでなくとも、京介の事が心配で気がそぞろになっている上に、猫田を正気に戻すチャンスも同時に窺っているのだ、精神的な疲弊は大きいだろう。


「今度こそっ!……あ、また!?」


 正面から来たかと思えば、すぐに離れて横や後ろから、そうかと思えばまた正面からと、とにかく狛を翻弄するようにヒットアンドアウェイを繰り返す猫田の動きは、ただでさえ焦っている狛から更に冷静さを失わせていた。完全に猫田の術中にハマってしまっている。

 その間に、ナツ婆達は京介の元へ駆け寄って怪我の状態を診ていた。回復魔法ヒールが効いている内の怪我だったせいか、ある程度で出血は治まっている。だが、当然怪我が治癒しきってはいないので大怪我である事は疑いようもないだろう。恐らく、まだ肋骨や肩の骨も折れたままだ。やはり、一刻も早く医者の手当てを受けた方がよいとナツ婆達は思った。


「このままじゃ、京介さんどころか猫田さんも元に戻せない…!でも、あのスピードは……」


 猫田の動きは確かに早いが、狛が本気を出せば捉えきれないものではない。そもそも猫田は全力の戦闘形態である大型の猫化をしていない、先程からあくまで人型のままだ。。当たり前の話だが、猫田が大型の猫の姿をとっている時は、そのパワーもスピードも人型の時とは比較にならないものだ。しかし、それ以上に違うのは、耐久性である。あの戦闘形態の猫田は、全身が分厚い毛皮に覆われていて、極めてタフで防御力が高い。一方で人型の状態は身を守る毛皮もなければ、強靭な筋肉や骨格もないのだ。

 狛が猫田を昏倒させる為に必要な力は、大型の猫であれば十の力が必要だが、人型の時であれば三か四で済むだろう。逆に言えば、それだけ手加減をせねばならないのである。それでいて、人型であっても猫田はかなり素早い。攻撃の力は出来るだけ緩めつつ、早さに関してはそれなりに本気を出さねばならないのだ。そんな細心の注意を払わねばならない所で、この焦りと苛立ちである。とてもではないが、、余裕はない。


「せめて、正面から向き合ってくれれば……ああ、またっ!?」


 狛は完全に手玉に取られてしまっている。これまでにみた狂華種によって操られている妖怪達は、自分の意識を書き換えられてしまっているが何もかもを忘れてしまっているわけではない。多少の記憶や本人の意識は残っているようだった。恐らく猫田も記憶などが残っていて、狛の性格を上手く利用しているに違いない。あの三体の中で猫田が一番、狛に対して狡猾に戦えるというわけだ。


 今度は右に左に意識を振られ、何か策を講じようにも考える隙を与えてくれない。その上、先述の手加減も問題である。更に京介も心配だ。そうやって猫田は狛がじれて隙をみせるのを待っている。普段の猫田からは想像つかないほどのいやらしい立ち回りだ。


「ああもう、こんなことしてる暇ないのに…!どうしたらいいの!?」


 すっかりパニック寸前になった狛の背後を突くように、猫田の爪が飛んできた。猫田は左手の爪を切り離して、銃弾のように飛ばしてきたようだ。

 突然今までとは違う攻撃をされ、狛はそれに気付くのが一瞬遅れてしまった。


 「爪だけ!?ま、まずっ…!」


 これが魂炎玉のような今までとは毛色の違う攻撃なら、狛も警戒したままだっただろう。しかし、音も無く発射された爪には狛も注意を払いきれなかったのだ。


 狛が爪を叩き落としたと同時に、猫田が死角から襲い掛かる。防御が間に合わない、そう思った時だった。


(ダメ、間に合わない…!えっ!?)


「どうおわああああっ!?」


 絶妙なタイミングで、ルルドゥが飛んできて猫田の顔面にとりついた。これには狛も猫田も、当のルルドゥさえも驚きを隠せない。


「ルルドゥ!?」


「狛っ!落ち着け!焦ったら猫助の思う壺だぞ!頭冷やせ!」


「ナツ婆……!」


「だからって、神を投げるな、神を!お前たち我の扱い雑過ぎるだろっ!?不敬だぞ!!……あっ」


 抗議の声を上げるルルドゥを猫田は掴み取り、苛立ち紛れに狛へ投げつけてきた。狛はルルドゥをキャッチすると、すぐに頭の上に載せて、猫田の追撃を受け止めてみせる。猫田を捉えるチャンスだったが、猫田も奇襲が失敗したのを解っているので深追いはせずに後退していった。


「大丈夫?ちょっとそこで我慢しててね!」


「ええい、こうなったら我も神だ、覚悟を決めてやる!狛、我が防御を受け持ってやるから、お前は猫田を何とかするのに集中しろ!」


「ルルドゥ…ありがと!一緒に頑張ろうね」


 ルルドゥがそう叫ぶと、狛を守るようにあの輝く黄金の槍が現れた。だが、それを狛が手に取る必要はない。この槍は自動で動き完璧なまでに所有者を守ってくれるからだ。逆に狛がこれを持とうとすると、凄まじい神の力に翻弄されて手加減どころではなくなってしまう。あくまで防御用に、ルルドゥが展開してくれたのだ。


 猫田もその槍の力は知っているので、脅威に感じたのだろう目に見えて表情が険しくなった。じりじりと狛達に向き合って、迂闊に動こうとはしてこない。このまま膠着状態に入るかと思いきや、猫田は突然、飛び掛かってきた。


 先程よりも更に一段と素早い動きで向かってきた猫田だが、仕掛けてきた攻撃をルルドゥの槍が反応して防いでくれた。その後も色々な角度から攻撃を加えられたが、都度完璧な形で槍が防御してくれている。予想以上に頼もしい防御だ、流石はルルドゥを神たらしめる槍の力である。


「……これなら、いけるっ!」


「チッ!ルルドゥ…!!」


 今度は猫田がイラついて、舌打ちをしていた。さっきまでとは違って狛は落ち着いているし、どんなに隙を突こうとカマをかけたりしても、無機物である槍には通用しないのだ。これには猫田も堪らないのだろう。ルルドゥは狛の頭の上で怯えて震えているが、狛は勝利を確信して笑みを浮かべている。


 そうして何度目かの猫田の攻撃を防いだ後、狛はその場に立ったまま、目を瞑って猫田の気配を感じ取る事に集中し始めていた。防御は槍に任せられても、猫田の動きはかなり素早くて肝心の反撃が難しいのだ。確実に反撃するには、先読みとまでは行かないまでも、猫田が攻撃してくる瞬間を捉えて、同時に動かなければならない。


「お、おい!狛!?」


「……大丈夫、ちょっとだけ静かにしてて」


 ルルドゥの身体の隙間から、狛の狼の耳が立ち上がる。実は、狛が人狼化した時に現れるこの耳も、きちんと耳として機能しているのだから、不思議である。狛自身原理はよく解っていないのだが、本来の自分の耳と相まって、耳が四つある状態なのだ。その為、狛は人狼化すると非常によく音を聞き分ける事が可能なのだった。

 狛は耳を澄ませ、猫田の足音と呼吸音、そして衣ずれの音に至るまでを聞き分ける。冷静に聞いていれば、猫田の身体の向きや、次にどこへ移動したのかを完璧に聞き取る事が出来た。


(右……右…左、また右…右……ここだ!)


 狛はカッと目を開き、槍が防御に動くよりも速く、猫田が次に向かってくる方向を向いていた。バッチリと猫田と目が合い、猫田は信じられないと言った表情を見せている。そして、一気に姿勢を落として、近づいてきていた猫田の足を払った。


「これでっ!!」


 流石の猫田も、狛のカウンターには対応しきれなかったようだ。足払いを避けられず、激しい勢いで仰向けに倒れ込んだ。と、同時に背中を強打し、息が止まる。その瞬間、狛は倒れた猫田の鳩尾に、出来るだけ手加減をして当身を喰らわせた。

 猫田は勢いよく息を吐きだしてそのまま白目を剥いて気絶してしまった。すると、猫田の身体から黒い靄が離れて、やがて消えていく。


「やった…!」


 こうして狛は辛くも猫田を取り押さえる事に成功したのだが、その直後、信じられない状況を目の当たりにすることとなる。戦いはまだ終わりそうにない。

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