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第309話 魔王の真価

 狛が二人の前に立つと、猫田と山本さんもとは警戒し、迂闊に攻めては来なくなった。復活した狛の霊力は相当な圧を持っていて、その怒りを表しているようだ。その力に圧倒されているのである。


 その傍らで、京介は神奈の体調を診ていた。怪我自体はそれほどでもないのだが、三つもの神通力を同時使用して戦ったのは、相当な負荷がかかったらしい。精神面でかなりのダメージを負っているようだった。京介は回復魔法ヒールをかけつつ、言い含めるように神奈に言った。


「……君は、しばらく戦わない方がいい。これ以上負荷をかけすぎると脳が深刻なダメージを負う可能性がある。無茶をし過ぎだ」


「そ、そんな…!?でも、狛一人に任せるのは……」


「大丈夫、俺も戦うさ。……とにかく治療が終わったら、君はナツさん達の所まで下がるんだ。いいね?」


「は、はい……」


 そう言われてしまったら、神奈にはそれ以上食い下がる事は出来そうにない。実際には、神奈自身も自分の限界が近い事を理解していたからだ。回復魔法ヒールのお陰で、細かい傷は癒えて鼻血は止まってきているが、相変わらず止まない頭痛は治まる気配がない。

 京介の回復魔法ヒールはあくまで肉体的なダメージを回復するものなので、すり減らした精神力には効果が薄い。ただ、神奈には言わなかったが、彼女は負荷のかけ過ぎで脳にダメージを負う寸前であった。神奈の頭痛が続いているのはそのせいなのだが、その負担を軽減する事については回復魔法ヒールもある程度の効果がある。少しの間は、神奈についているしかないだろう。


 最初に動いたのは、猫田だった。どうやら、大型の猫化をするつもりはないらしく、人型のままで狛に襲い掛かって来る。狛は複雑な思いを抱きつつも、猫田と戦うことに迷いはない。猫田の突撃にも、真正面から受けて立つつもりだ。


「シャアアアアアッ!!」


 猫田は人型のままでもその鋭い爪を発現させることが出来る。一本一本が大型のナイフのように研ぎ澄まされていて、力が爪の先まで漲っているかのようだった。飛び掛かりながら左腕を振りかぶり、狛を引き裂こうとする一撃を放つ。狛は冷静に一歩前に出て、爪ではなく手の部分を右腕で受け止めた。


「んんんんっっ!!」


 ズシンと重い一撃を受けると、狛の足が地面に数センチめり込んでいた。そのまま力づくで押し込もうとする猫田に対し、狛は負けじと全身に霊力を循環させて耐えている。一瞬、互角に見える状態だったが、徐々に狛が押し返し始めているのは、決して見間違いではないだろう。

 猫田がすかさず空いていた右手にも爪を生やして追撃をしようとするも、狛はそれを先読みしていたのか、素早く左手で手首を掴んで動きを止める。すると、狛が動けなくなった隙を突いて、山本さんもとが斬りかかってきた。


「させるかっ!」


 そこに飛び込んで山本さんもとの刃を受け止めたのは京介である。激しい鍔迫り合いの末、山本さんもと黒紅梅くろべにうめを捌いた京介は、態勢を崩した山本さんもとに蹴りを入れて、弾き飛ばす事に成功した。


「狛ちゃん、こっちは任せろ!猫田さんを頼む!」


「はいっ!」


 背中合わせに声をかけて、今度は京介が少し離れた山本さんもとに攻撃を仕掛けていく。徒手空拳の狛に、刀を持った山本さんもとの相手は辛いだろう。それぞれがベストな相手と戦う事になったように思えた。


「おおおおおっ!!」


 まさに裂帛れっぱくの気合と言うべき勢いで、京介は素早く激しい斬撃を連続で繰り出していた。音霧の手前、山本さんもとを殺すつもりはないが、相手は音に聞こえた魔王である。いかに京介と言えど、手加減をして勝てる相手ではない。初めから全力全開でぶつからなければ彼を正気に戻す事はおろか、勝負にすらならないだろう。それを考えれば、そう長い時間ではなかったとはいえ、神奈が山本さんもとと神野を含めた三人を同時に相手にしたのは瞠目どうもくに値する奮戦ぶりであったと言えるだろう。


「ぬうううううッ!」


 対する山本さんもとも、京介の嵐のような猛攻を全て受けきっている、流石は魔王の実力と言ってもいいだろう。京介の攻撃は、神奈から見てもあまりの速さで目がついていけないほどだ。ルルドゥや音霧、骸に至っては、けたたましく聞こえる剣戟の音と、振るわれる刃の煌めきが時折閃光のように眩しく見えるだけで、後は全く見えていないようである。


「な、なんだ…?京介のやつは攻撃しているのか?早すぎて全然見えんぞ……」


「あのお爺ちゃん相手に反撃させないほど打ち込むなんて…アイツ本当に人間……!?」


 互いに一歩も譲らぬ攻防の最中、京介の方がじりじりと優勢に押し込み始めていた。元々、山本さんもとが得意とするのは、その類稀に強大な力で一刀のもとに相手を叩き伏せる一撃必殺のファイトスタイルであり、今の京介のように手数と速さで圧倒するものとは真逆である。その意味では、京介が優勢になるのは当然と言えた。


(このまま押し切れれば……いけるか!?)


 しかし、当の京介は自身の有利を認識しながらも、楽観的な観測が出来ずにいた。京介は補助魔法によって、自らの身体能力を大幅に強化し底上げして戦っている。今風に言えば、バフがかかっている状態だ。その為、本来の能力も相まって、常人とは比較にならないパワーとスピードを発揮しているのだが、問題はパワーの方である。

 これまでの打ち合いで、単純なパワーで言えば山本さんもとの方が京介よりも数段上なのは、否が応にも強く認識させられていた。やはり相手は魔王と名乗る存在だけあって、恐ろしいほどの力がある。もし純粋な力と力の勝負に持ち込まれたら、京介に勝ち目はないだろう。それ故に、自分が確実に上回っている速度と手数で山本さんもとを制する勝負に持ち込んだのだ。


 刀と刀のぶつかり合いで、文字通り火花散る攻防が続く中、遂にその瞬間が訪れた。京介による壮絶な連撃により、京介の右袈裟斬りが山本さんもとの身体を捉えたのだ。その瞬間、二人は動きを止め、大量の血飛沫が舞う。身体を両断するほどの一撃ではないが、通常であれば確実に戦闘不能に追い込めるだけの一撃であった。


「お、お爺ちゃんッ!!」


「入った……!…何っ!?」


 そのまま倒れ込むかに思われた山本さんもとは一歩後退し、やがて、その身体が大きく震え始めた。そして、見る間に倍以上の体格へと変貌していく。その姿は、音霧を守る霧の鬼に酷似していて、今まで以上に莫大な妖気が膨れ上がり、爆風のように京介の身体を襲う。


「くぅっ!こ、これが彼の真の姿…なのか!はっ?!ぐぁっ!」


 吹き飛ばされないように踏ん張っていた京介の身体に、岩のように大きく硬く握り込まれた拳が牙を剥いた。咄嗟に刀で防いだが、それでも威力を完全に削ぐ事など不可能だ。たった一発で、京介は10メートル以上吹き飛ばされて、降魔宮の壁に激突した。


「っ、はっ……な、なんてパワー、だ…っ!」


 その余りの威力に、京介の肋骨が数本と左腕の骨が折れてしまっていた。激痛に顔を歪ませ、頭を振って揺れる視界を何とか戻そうとするが、脳震盪も起こしているのかすぐには元に戻らない。そこへ、尋常ならざる殺意を持って鬼と化した山本さんもとが襲い掛かる。


「ああ!?」


 壁際で後がない京介の前に立った山本さんもとは、その拳を容赦なく打ち下ろしてみせた。この形態となった山本さんもとのパワーは、先程までの体格のいい老人姿だった時よりも遥かに上だ。とても受けきれるものではないと判断した京介は、ギリギリで横に跳んで、その拳を躱してみせた。山本さんもとの拳はやすやすと壁をぶち抜いて大穴を開けている。まともに食らっていたら、一溜りもない破壊力だ。


「ぐうっ……!」


 跳んで避けた衝撃により、折れた肋骨と肩から激痛が走って思わずそのまま倒れ込みそうになった。だが、それではもう次の攻撃は避けられない。どうにか踏み止まった京介は、自身に回復魔法ヒールをかけつつ、反撃の機会を狙うことにした。


「お、お爺ちゃんがあの姿になったら……もう人間なんかが勝てるわけない…なのに、アイツまだやる気なの……?」


「や、やはり私も加勢を……く、う…!」


「止せ、今のおぇじゃあ役に立たねぇ…!」


 危機を感じて動こうとする神奈の動きを、ナツ婆が制止する。ただ、そうしなくても神奈は少し動いただけで吐き気と頭痛に見舞われて、とても戦える状態ではない。よろめく神奈を支えつつ、ナツ婆は息を呑んで、京介と山本さんもとの戦いを見つめていた。


 京介は右足を前に一歩出して少し足を開き、やや前傾姿勢になって山本さんもとの追撃に備えている。だらりと下がった左腕が邪魔ではあるが、骨折が治癒するまでは数分かかるので、しばらくはどうしようもない。回復魔法ヒールが効き始めて、痛みが和らいでいるだけマシだった。

 そうして、まだ無事な右手で、刀を水平に構える。


「片手じゃあさっきのような連打は出来ない…ここは一発に賭けるしか、ない!」


 ゆっくりと自分に向かってくる山本さんもとの殺気を受け流しつつ、京介は勝負に打って出ることにした。果たして、勝負の行方は…

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