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第304話 勝利の一息

「お前に、お前に何が解ると言うんだ。俺の望みが、何の罪もなく無惨に殺された女房を…棗を蘇らせる事が誤りだと!?ふざけるな!貴様なぞが、口を挟んでいい問題ではない!」


 八雲は激昂し、無数の穿刺霊弾せんしれいだんが京介に降り注ぐ。しかし、当の京介は極めて冷静に、当たらない軌道のものはそのままに、直撃しそうなものだけを愛刀で捌いていった。京介のその冷静さが、八雲の心を更に刺激し、より激しい怒りに導いている。だが、八雲はそれに全く気付いていないようだ。


「死者の完全な復活などあり得ない。…そんなことは、お前が退魔士であったのなら解り切っていることだろう。何故そんなバカな誘いに乗ったんだ?」


「解っているさ!死んだ人間が戻って来ない事など、百も承知だ。……それが普通の世の中ならばな!」


「何を言って……そうか、お前が誘いに乗ったのは…!」


「そうだ!今この国に起きている異常な事態…この状況ならば、からだ!」


 死んだ人間が蘇ることなど、本来あり得ない事である。しかし今この国では、あり得ない事が起こる事、それ自体が常識化しているのだ。そしてこの状況下ならばこそ、叶う事がある。


 通常、吸血鬼と化した人間が元の人間に戻る事など基本的にはあり得ない。だが、何事にも例外というものがあって、ただ一例だけ、極端な例として吸血鬼が人間に戻ったという事例が存在する。それは正しく例外中の例外、奇跡か眉唾物としか言えない話だ。まさに常識では考えられない事だが、それを現実のものとする方法があった。


 それが、今現在この日本で起きている心霊現象の日常化である。


 例えば、妖怪達の中には人の噂話や伝承から、それらを畏れる気持ちで成り立っているものがいる。と人が望んだからこそ存在するというのは、都市伝説の怪異などがいい例だろう。時として、人の思いは神や妖怪すら生み出すのだ。


 神として、はっきりとした形を持たなかったルルドゥがこの国で神として生まれたように。京介が戦ったという、五万人の命を犠牲にして新たな神が産まれたように。

 或いは、さして害の無い妖怪であるはずの目目連が、逸話を歪められ天眼様という怪異へと変貌してしまったように。


 槐が龍点穴で呼び出した光の龍、その力によって、異常であるはずのものが、常識に組み込まれつつあるのだ。


「槐は言った!吸血鬼を完全な人へ戻す儀式など、まだ誰も信じていない夢物語だと。だが、人の意識が変わり、あり得ない事が現実となるこの状況なら、そんなただのお伽話ですら力を持つ。その上でこの国が呪術国家となれば、より強固な説得力を与える事が出来るだろう。そうやって人々の中に深く根付いていけば、例えままごとのような遊びでさえ、力ある儀式に変わるのだ!」


「……それがお前達の狙いか。槐という男は、それを目的としているのか」


「ふん、アイツの真意がどこにあるかなど俺は知らん。ただ、アイツの誘いが有用だったから乗ってやったまでのことだ」


 その口振りからすると、どうやら八雲は槐に心酔して従っているわけではないらしい。そしてそれは、おそらくレディも同じだろう。

 以前戦った緋猩は槐を神の如く崇めていたが、八雲の語る目的と現状の結果から考えてみれば、妖怪達の方が利のある話のようだし、なんらおかしい事ではない。


 京介は八雲の攻撃を捌きつつ、怒りでも憎しみでもない、凪いだ海のような静かな表情で八雲を見据えた。その視線に射抜かれて、八雲たじろいで攻撃の手を止める。それは決して暴力的な眼ではないが、まるで心の内を見透かされ、暴き出されているような不思議な圧力を感じさせていた。


「な、何だ…!?」


「お前の境遇には同情するし、理解もしよう…だが、その為に何の罪も関係ない人々を巻き込んで犠牲にするのは間違っている。……それではお前の奥さんを殺した連中と同じじゃないか。悪いがそんな無法を、許すわけにはいかない!」


「う……五月蠅い、黙れ!俺は誓ったんだ、この手にかけてしまった棗を取り戻す為なら、どんなことでもすると!例え地獄に落ちても構わない。そうなったら、棗に危害を加えたあいつらを地獄の底で見つけ出して、この手で縊り殺してやる!」


 八雲はそう吠えて、またも穿刺霊弾を放つ。だが、そのことごとくが京介に躱され、防がれた。自慢の攻撃であるにも関わらず、京介には全く通用しないことに八雲は苛立ちと焦りを隠せないようだった。


「な、何故だ…何故躱せる?!どうして防げるんだ!?俺の穿刺霊弾をここまで完璧に…何故だ!?」


「超高速で放つ霊気の弾丸か、確かに恐ろしい…が、残念だったな。お前は殺気が前に出過ぎているのさ、お前がどこを狙っているのか、俺には手に取るようにぞ」


「そ、そんなバカな!?」


 それは正しく、戦闘経験の差である。京介と八雲では、戦いの中で生きてきた時間がまるで違うのだ。相手の殺気を感じ取り、攻撃の手を読む事など京介にとっては朝飯前。こと対人戦に於いて、秋月京介という男は熟練の達人と言っても差し支えない経験を積んでいるのである。


「くそっ…!なら、これならどうだ!?」


 そう言って八雲が撃ち放ったのは、無軌道で出鱈目な動きをする穿刺霊弾の連射である。その一発一発は曲芸飛行のようにジグザグに飛び回り、しかもそれが無数にある。とても動きを読む事は出来そうにない。


「どうだ!この不規則な動きなら見切れまいっ!」


 高速で縦横無尽に飛び回る弾丸の中、流石に躱す事を諦めてしまったのか、京介は目を瞑り、じっとその場に立ち尽くしていた。八雲はそれを見て、勝利を確信する。


「ははっ!観念したかっ!これで終わりだっ!!」


 八雲の叫びと共に、京介に向かって飛び回っていた穿刺霊弾が一斉に襲い掛かる。しかし、それはただの一発も命中せず、京介の身体にかすり傷一つさえ作る事はできなかった。


「……はぁっ!」


 それは一瞬の出来事だった。自身に向かってきた全ての穿刺霊弾を、京介は気合と共にあっという間に斬り伏せ、刀で打ち落としてみせたのだ。


「そ、そんな…!?」


「…途中がどんなに無軌道な動きだろうと、向かってくる瞬間は真っ直ぐだからな、打ち落とすのは容易いさ。言ったろう?お前は殺気が解りやすいんだと。お前の曽祖父……八郎なら、そんなヘマはしなかったぞ」


「くっ!?」


 更なる攻撃を放とうとする隙を突いて、京介は八雲に肉薄し、刃を返して峰打ちをする。だが、その瞬間、京介の身体に強烈な衝撃が与えられた。


「ぐ…ぅっ!?」


「……ふふ、かかったな!」


 八雲はニヤリと笑みを浮かべて、再び穿刺霊弾を京介に放った。咄嗟に短距離の空間転移術を使ってその場を離れたが、京介の右足に風穴が開いてしまっている。


「い、今のは…!」


「……よく躱した。しかし、その足ではもう次は躱せまい。貴様の負けだ」


(俺の攻撃を反射された、のか?そんな技が……!)


 京介は痛みを堪えて、今の攻防を冷静に分析をしていた。猫田が八雲に敗北したのも、まさにその技によるものだったのだが、京介はそれを知る由もない。同時に回復魔法ヒールを発動させてダメージの回復を図るが、足の傷は思ったよりも深く、一瞬で回復は出来そうになかった。


「傷を癒そうと言うのか?ふっ、残念だがそんな暇など与えんよ!俺の心に土足で踏み入った事を後悔しながら、死ねっ!」


 またも京介の頭上から大量の穿刺霊弾が発射された。刀で打ち落とそうとするが、片足で、しかも回復魔法ヒールに意識を集中しながらでは全てを防ぐことは困難だ。

 そして、そのまま数多の霊弾が京介の身体に命中する。だが、その弾丸は京介に命中した端から霊力が霧散し、光の粒のようになって消えていった。


「な、なんだ!?」


「…魔法の発動が間に合うか一か八かだったが、間に合ってよかったよ」


 そう呟く京介の足元から、淡いピンク色をした不思議な光が立ち昇っていた。それはあらゆる攻撃を無効化する光の壁だ。効果時間は数秒と短く、その範囲も自分一人分という極小の防御結界を展開する魔法である。ただし制約が大きい分、効果は絶大で、どんな攻撃をも遮断する事が出来るという強力なものだ。


「クソっ!だが、次は……!がっ!?」


 八雲が追撃を試みるより早く、京介は懐から巻物のようなものを取り出して開き、十字を切ってみせた。すると、八雲の身体に凄まじい衝撃が加えられ、そのあまりの衝撃で呼吸もままならず、全身が麻痺している。そして、そのまま八雲はその場に崩れ落ちていった。


「やはり、その反射技は物理攻撃に限定されるようだな。友人に酷くお人好しな魔法オタクがいて、押し付けられたようなものだが……便利だな、スクロールって奴は」


 京介は深く息を吐いて、倒れ込んだ八雲に視線を向けた。その手に持っていたスクロールはその役目を終えたのか、青い炎を上げて燃え尽きていく。京介はお節介な友人の顔を思い浮かべながら、安堵の息を漏らすのだった。

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