狛達は走りながら、地下へと続く階段に向かっていた。それにしても、この拠点はかなり入り組んだ施設だ。まるで迷路のようにいくつも通路があって、使われていない部屋もたくさんある。どうしてこんな歪な造りになっているのだろうか。
「っ…階段は、まだなのっ!?」
「階段は居住区にあるからもうちょっと先だよ、この辺りは居住区の外れで倉庫ばかりなんだ…!そもそもなんで
「お前こそ、なんであんな所にいたのだ?ぐぇ…喉が…!」
「だから、あの辺には妖怪が居ねぇからさ…!部屋に居て変わっちまったとーちゃんとかーちゃんを見たくなかったし、他の連中も俺みたいに力の弱いヤツはろくな扱いをしてこねぇから…っ!」
つまり、妖怪同士の間で、いじめやいびりのような物があると言う事だろう。そもそも、妖怪達は基本的に群れることをしない上に、彼らの住む世界は徹底的な弱肉強食の世界である。弱者は強者の道具や玩具にされるか、場合によっては食糧にされることもあるだろう。それが種族や性質、能力の垣根を越えて一緒に居るとなれば、当然ながら軋轢は生まれてくる。それらを上回るほどの実利を与えるか、くりぃちゃぁの妖怪達のように、基本的に大人しく、また一貫して人間を好いているという共通点でもない限り、雑多な妖怪が一緒にいるというのは本来あり得ないのだ。
例外があるとすれば、
そうして骸のいう居住区に入ると、見るからに通路をうろつく妖怪の数が増えた。こうなってくると走り回るわけにもいかず、極力急ぎ足で、かつ他の妖怪達に触れないよう細心の注意を払って動く必要がある。壁際に張り付いて様子を窺ったり、骸に先行してもらい、出来るだけ安全なルートを探しながら進んでいく。その後、いくつかの曲がり角を抜けて、辿り着いた先に少し広いスペースがあった。
「あれだ、あの扉の先が階段だよ」
「よし、あそこにいる妖怪が行ったら階段に入ろう」
ちょうど階段手前のスペースに身体の大きな妖怪が立っていた。目は虚ろでボーッとしているだけのようだが、あれが操られた状態ということだろうか。倒して進むのは簡単そうだが、この辺りには空き部屋もないので、その痕跡を隠す場所もないため、狛達は少し様子を見て妖怪が移動するのを待つことにした。そんな中、キョロキョロと落ち着かない様子で音霧が辺りを見回している。そんな音霧に、神奈が声をかけた。
「そう言えば、さっき君のお爺ちゃんの匂いがしたって言ってたのはどうしてだったんだ?あそこは倉庫ばかりだったんだろう?」
「お爺ちゃんの匂いは、ずっとしてるよ。でも、おかしいんだ。匂いが強くなったり薄くなったり…すぐ近くにいるような、とっても遠くにいるような感じ……」
音霧の感覚は独特で、誰も理解出来る者はいなかった。狛からすると、色々な妖怪や血の匂いが混ざってしまっていて、よく解らないというのが本音である。或いは、肉親にしか解らないものなのかもしれない。
「おい!何やってんだ!?」
「!?」
背後から突然投げ掛けられた言葉に驚いたが、それは狛達にではなく、階段前に佇んでいる妖怪に向けてのものだったようだ。振り向いた先には奇怪な姿をした妖怪が立っていて、狛達を素通りして、佇む妖怪に近づいていく。
「お前、こんな所で何してんだ?あっちで騒ぎが起きてるぞ。
「……」
大きな妖怪は、後から来た妖怪の言葉を理解しているのかいないのか解らないが、無言で頷くと揃ってどこかへ歩いて行った。何ともベストタイミングではあるが、
「行ったか。……しかし、あの虎人の死体は思ったより見つかるのが早かったな」
「先程の話からして、妖怪同士の諍いで死んだと思われるのでは?」
「俺が刀でトドメを刺してしまったからね、それは難しいかもしれない。とにかく、今の内に進もう」
京介の合図で素早く階段の扉を開けて中に入ってみると、中は所謂、非常階段のような造りであった。ただ、妖怪が使う事を考慮してか、かなり広めに作られているようだ。狛達は一気に駆け下りて、遂に降魔宮へと足を踏み入れた。
「ここが降魔宮…」
辿り着いた先は、上の居住区とはまるで別物の場所である。明るさは変わらないが、所々の壁は洞窟のような岩肌になっていて、立ち込める血の匂いと死臭は生きている者を拒絶しているかのようだ。骸の両親がここには近づくなと言った理由が解る気がした。
「上とはずいぶん雰囲気が違うな、ここに猫田さん達がいるといいが…」
京介が猫田の気配を探ろうとしたちょうどその時、正面方向から、ずるずると何かを引きずる音が聞こえてきた。音のする方を睨みつけ、アスラが唸り声を上げる。
「ウウウウゥ…!ォンッ!」
「何…?何か来る」
ゆっくりと近づいてきたそれは、複数の人間の死体であった。一目でそれと解るほどに傷があり、血の気を全く感じさせない肌の色が不気味さを醸し出している。まさにゾンビそのものだ。
「こ、こいつら…!?こいつらだ、こいつらがお爺ちゃん達を襲ってきた連中だ!」
「え?じゃあ、これが…」
狛は音霧から、猫田達が戦った状況を聞いている。その話の通りなら、このゾンビ達は身体を変化させ恐ろしい力を発揮する怪物であるはずだ。そして、これを操っているのは……
「フフフ、上が騒がしいと思ったら、まさかこんな所に直接乗り込んでくるなんて…流石ね、狛」
「レディちゃん…!」
並み居るゾンビ達のその奥から、レディの声がする。しかし、その姿は見えず、聞こえてくるのは声だけだ。だが、顔が見えなくとも楽し気に笑っているのが解るほど、レディの声は弾んでいた。狛との再会は、誰よりもレディ自身の望みである。それが叶ったことを心から喜んでいるようだった。
「ここへ来たと言う事は、目的はあの
レディがそう言い終えた瞬間、ゾンビ達は一斉に金切り声を上げて、次々に身体を変質させていった。これが音霧や
「数が多いが…突破するしかないな」
「ふん、儂に任せろ!狼煙を上げるにゃあ、ちょうどいい。……臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!破ぁっ!!」
ずいとナツ婆が前に出て、錫杖を地面に突き立てた。この状況を見越していたかのように、既に錫杖には霊力が大量に溜め込まれていて、ナツ婆が九字印を切って叫ぶと大量の霊力が無数の光の槍となって前方に発射された。光の槍は怪物の身体を貫通し、一度に何体もの身体に突き刺さっている。そして、槍の放つ輝きが高まった瞬間、次々に激しい爆発を起こしていった。
「…ふん、他愛無いわ。行くぞ」
「凄いな、ミサイルみたいだ…」
「ホントに凄いけど…ナツ婆、無理しないでね?」
狛が心配そうに声をかけると、ナツ婆はニヤリと笑みを浮かべてみせた。まだまだ若い者には負けんと言いたげな表情で笑うその顔は、ベテラン戦士そのものといった貫禄だ。そして、狛の背中を叩いて言った。
「お