「さて、それじゃ骸。一つ聞いておきたいんだが、降魔宮に行く手段は何がある?連れて行かれる方法はなんだい?」
骸の身体を拘束していたロープを消して、京介が尋ねた。実の所、京介が骸を連れて行く事を薦めたのはこれが理由だった。骸は子どもとはいえ、この拠点に住んでいるリアルな住人である。内部の情報に関して言えば、確実にこの場の誰よりも詳しいはずだ。つまり、骸は貴重な情報源なのである。
「え?地下に行くときはエレベータがあるけど…じゃなきゃ階段かな」
「へっ?!エレベータがあるの!?」
「…えれべーたって何?」
横で聞いていた狛が驚く一方、人間社会に詳しくない音霧はチンプンカンプンのようである。だが、妖怪ならば本来は音霧のような反応が一般的だ。大体、まるで人間のように、たくさんの妖怪が狭いエレベータ内に押し込まれて移動するなんて、あまり想像できない姿だろう。しかし逆に、京介はある程度納得しているようだった。
「今は人の世に潜む妖怪も多いから、文明の利器を使ってもおかしくないが…それにしてもこの施設は設備が整い過ぎているな。一体どれほど前から用意していたんだか……」
「あ、外に出る時は直通の通路があるって聞いた事があるよ。俺は使ったことないけどさ」
「なるほど。それはまぁ、当然と言えば当然かな。しかし、エレベータはまずいな、鉢合わせしたら逃げ場がない。やっぱり階段を使うしかないか…その階段はどこに?」
「案内するよ、こっちだ」
骸は少嬉しそうに先を歩く、よほどここを出られるかもしれないのが嬉しいらしい。その様子に、神奈は疑問を感じているようである。
「なぁ…骸君。普通は、お父さんとお母さんを助けてくれじゃないのか?一人だけで逃げるなんて、いいのか?」
「そりゃあ、俺だってとーちゃんとかーちゃんが元に戻ったらいいなって思うけど…今までおかしくなっちまったやつは、誰も元に戻ったヤツなんかいねぇんだ。それに……」
「それに?」
さっきまで嬉しそうだった骸の足取りは急に重くなり俯いてしまった。その横顔には強い悲壮感が漂っている。
「…もしも、とーちゃんとかーちゃんがおかしくなっちまったら、その時は一人でここから逃げろって言われてる。でも、俺はここを出ても行く所なんて無かったから、仕方なくここにいただけなんだ。だから、あんたらと出会えて嬉しかったんだよ……」
「そう、だったのか…すまない」
事情を知らなかったとはいえ、子ども相手に酷な事を聞いてしまったと神奈は心を痛めて、素直に謝っている。話を聞いていた狛も胸が苦しくなってつい横から口を挟んでしまった。。
「その、狂華種で操られてるだけなら、気絶させるくらいのダメージを受けたら元に戻るはずだけど…」
「えっ?ほ、ホントか!?とーちゃんとかーちゃんを元に戻せるのか?!」
「う、うん。そのはず…」
そう、狛は何度も狂華種で操られた妖怪から、その影響が抜け出る瞬間を目撃している。人狼の里で天狗達を解放した時もそうだし、鎌鼬を解放した時もそうだった。そして、京介もまた、緋猩との戦いの時にそれを見ている。なので、元に戻せる可能性は十分にあると考えていた。
「後で骸の両親も探す必要があるな」
「とーちゃんとかーちゃんなら、俺達の部屋にいるよ!おかしくなってから出歩かなくなったんで、絶対そこにいるはずだ。やった…!とーちゃんとかーちゃんも助かるんだ!なぁ、音霧、とーちゃんとかーちゃんも一緒に逃げてもいいか?」
「え、ああ、うん。平気だ」
強がっていても、骸は両親と一緒にいられる可能性が出てきて嬉しいのだろう。その時、すっかり機嫌を取り戻して浮かれている骸を呼び止める声がした。
「おい、鬼のガキ。そこで何してる?」
「えっ!?あ、いや……別に…」
(お、男の人…人間!?)
(いや、
通常、
「お前、今誰かと喋ってなかったか?」
「え?あ、いや…ひ、独り言だよ…」
「独り言にしちゃ、随分舞い上がってたようだがなぁ。……んん?」
「妙だな……どうも人間の匂いがするような…」
「に、人間っ!?そんなの、いるわけねぇよ…あ、槐様の匂いとかじゃ?」
「槐様がこの区画に来るわけないだろう。
(ど、どういうこと…?この人、私達の匂いに気付いてるの?)
(
流石に声までは聞こえていないようで、狛達がかすかな小声で会話をしていても気付かれてはいない。しかし、それもあまりに度が過ぎればバレてしまうだろう。狛達に緊張が走る。
「うぅむ。やはり臭うぞ!ここしばらく人間を食っていないせいか、酷く気になる!腹が減ってきたし、こうなったら外へ調達に行ってくるか」
「え?に、人間を、食うの…か?」
「ふっ、バレなければ構わんだろう。
その瞬間、
「な、あ……ぎ、ざま、らは……」
「……ごめん。我慢出来なくて」
「いいさ。皆気持ちは同じだ」
妖怪にとって、人は食糧でしかない者達がいるのは知っている。狛は妖怪に友人も多いが、それでも人に仇なすものであれば決して許すことは出来ない。幸い、狛の周囲にそういう妖怪がいない事は、狛にとって救いなのかどうかは複雑な所だが。
「今のおっさん。
「顔役か…仕方ない。急ごう!」
面倒な事になってしまったが、狛がやらなければ他の誰かがやっていただろう。子どもを手にかけるような輩を許す人間は、ここには一人もいないのだから。狛達は今までよりも更に急いで降魔宮に向かうべく、駆け出すのだった。