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第295話 旅は道連れ世は情け

 小鬼の少年が大人しくなったので、狛達はひとまず、近くの空いている倉庫らしき部屋に移動することにした。根付にかけられた隠形術はまだ生きていて、あのまま通路で話をしていると少年が一人で誰かと喋っているように見えてしまうので、怪しすぎるからだ。

 ちょうどこの通路には、空いている部屋がたくさんあったので都合がいい。部屋の外には佐那が立って、安全に出入りできる状況かを確認してくれるというから安心して話が出来るというものだ。


「それで、君の名前は何て言うの?どうしてここにいるのかな?」


 狛が目線を合わせニッコリ笑って少年に話しかけると、何故か神奈が「んんっ!!」と妙な声を上げて天井を見上げてしまった。狛とアスラを除いた全員が怪訝な顔をして神奈を見ているが、神奈は気にしていないようである。


「……俺はがいだ、苗字はねぇ。お前らこそ一体何者なんだ?なんでここに居る?」


「質問してんのはこっちだ、聞いたことに答えろ、坊主」


 そうナツ婆が凄むと、骸はビクっと身体を震わせてしまった。正直に話してくれるのならいいが、これでは埒が明かないのでまぁまぁと京介が仲裁に入る。


「ナツさん、ちょっと落ち着いてくれ。脅すのは最後の手段で……えーと、骸君か。俺達は探してる人…いや、妖怪がいるんだ。何か知ってる事があったら話してくれないか?」


「探してる…?……無駄だ、そんなヤツ、きっともういねぇよ」


「どういうこと?」


 目に見えて落ち込んでしまった骸に、狛が宥めるように声をかけると、骸は悔しそうに身体を震わせて絞り出すように話し始めた。


「俺は、とーちゃんとかーちゃんが、ここに来れば食いっぱぐれがねぇからって言うからここに来た。槐様の考えに賛同してりゃ、退魔士に狙われることもねぇって、そう聞いてた。俺達は山に住んでた鬼だけど、別に人間に悪さをしようとしたことなんてねぇんだ。……それでも、俺達の住む場所なんて、どんどんどんどん減ってく一方で…仕方がなかったんだ」


 骸は涙を堪えて、言葉を続けていく。それを聞いている狛も胸が締め付けられるような感覚に陥っていた。


「初めは良かった。確かに食いっぱぐれることもねぇし、ここには色んな妖怪がいるから、中にはちょっかいかけてくるヤツもいたけど、そんなのはどこにでもいるし……落ち着いてるヤツの方が多かったんだ。でも、最近は…」


「何かあったの?」


「前は緋猩ひしょうっていう猿の妖怪がいたんだけど、そいつが死んじまってから、段々皆がおかしくなっていったんだ。正気じゃねぇヤツが増えてきて、中には身体を弄られたヤツもいる。最近じゃあ、とーちゃんとかーちゃんも……!」


「…っ!」


 緋猩の名前が出て、狛はドキッとした。緋猩は以前、先技研を襲撃してきた猿妖怪達の親玉だ。自衛官で元支隊のメンバーだったという幻場や京介達と共に戦い、撃破した相手である。彼を倒したのはやむを得ない事だったと解っているが、それがきっかけで骸やその家族に累が及んでしまったのだとしたら、それは自分の責任かもしれない…そう思ったからだ。

 そんな狛の内心を察したのか、京介は黙って、狛の肩に手を置いた。狛が驚いて京介の顔を見上げると、京介は優しく微笑んでくれたので、少し安心する事が出来たようだ。


「それで…何故私達が探してる妖怪がいないと?」


「言ったろ、正気じゃねぇヤツが増えたって。今じゃまともなヤツなんてごく僅かだ、後は皆おかしくなって、身体を弄られちまったんだよ……お前らが捜してるヤツも、きっと…」


 自分の両親の事を思い出したのだろう。骸はその瞳に溢れんばかりの涙を溜めて、言葉を詰まらせていた。流石に言葉を失くした狛達だったが、ただ一人、音霧だけは違った。どこか思い詰めた顔をした後、思いきり骸の手を強く握って大声を張ってみせた。


「骸、大丈夫だ!お爺ちゃんなら何とかしてくれる!なんたって、お爺ちゃんは妖怪を統べる長だからな!お前みたいに困った妖怪を見捨てたりしないぞ!」


「妖怪の…長。お前らが捜してるって、アイツか……?無理だろ…アイツだってもうとっくに…」


「え…お爺ちゃんを知ってるのか!?」


「知ってるよ。神野悪五郎だろ?ここで見た事あるよ、元々俺達なんか相手にしねぇヤツだったけど、この間見た時はもう…」


「違う!そっちじゃない、山本さんもとだ!私のお爺ちゃんは山本五郎左衛門さんもとごろうざえもん!」


 骸の話を聞いて、一瞬だけ音霧は絶望しかけてしまったが、どうやら人違いならぬ妖怪違いであったらしい。ただ、その口振りからすると、ここに神野がいるのは間違いないだろう。彼を正気に戻せれば、狛達にとっても大きなプラスになるが戦って勝つのは相当厳しい相手である。


山本さんもと……」


「それともう一人、猫田っていう猫又を探しているんだ。そっちはどうだい?何か聞いた事や知ってる事があれば、教えて欲しいんだが」


 京介が横から口を挟むと、骸は俯いて押し黙ってしまった。何か思い当たる事があるのだろうか。しばらく待っていると、骸は何かを逡巡するかのように、躊躇いがちに口を開く。


「ど、どっちも聞いたことがねぇ。…でももし、居るとしたら、たぶん……あそこだ。ここの一番下の階にあるところ……とーちゃんとかーちゃんは降魔宮こうまきゅうって呼んでた。絶対に近づいちゃいけねぇって」


「降魔宮?そこは、どうして近づいちゃいけないんだ?」


「何をやってるかは知らねぇけど、あんまり言う事を聞かなくて暴れるヤツとかをそこに連れてくんだ。そうすると、皆、様子がおかしくなって帰ってくる。…その代わり、暴れたり逆らったりしなくなるんだけど……」


「…なるほど」


 洗脳か…と京介は察したが、流石に子どもの前という事で口に出す事はしなかった。恐らくそこで、狛達の言う狂華種による精神操作が行われているのだろう。だとすれば、一番危惧していた事態が濃厚になってくる。一刻も早く、猫田を見つけて助け出さなくてはならない。

 狛達も同じ事を考えていたようで、特に狛と神奈、それにルルドゥは思い浮かんだ恐ろしい想像に冷や汗を流している。一同がしんと静まり返る中、おずおずと骸が口を開く。


「な、なぁ。お前ら、地下に行くのか?そこに探してるヤツがいたらどうするんだ?」


「もちろん連れて帰る!私達はその為に来たんだ!」


「なら、お、俺も連れてってくれよ!とーちゃんとかーちゃんはもうダメだ…話しかけても何も返事がねぇし、何か、凄くイヤな気配がする……俺はもう、ここには居たくねぇ。頼むよ!」


「うーん…」


 骸の気持ちは痛いほどわかるが、連れていくにはかなり危険が伴うのも事実だ。出来るだけ敵に見つからないよう警戒するつもりだが、猫田達が捕まっている場所には、逃亡を防ぐ為にも十中八九、番人がいるだろう。それはレディの操る死体達か、最悪の場合、神野である可能性も否定は出来ない。もし神野であった場合は、まだ小鬼である骸が戦いに巻き込まれれば命の危険すらある相手なのだ。連れて行って大丈夫なのか?という思いは残るのも当然だろう。

 しかし一方で、骸をこのまま放っておく事が出来ないのも事実である。万が一、狛達の事を誰かに話されたら猫田達を助けるどころではなくなってしまうし、数の差から言って総力戦になれば勝ち目はない。狛はすぐに頷けずにいたが、京介とナツ婆は反対ではないようだった。


「いいんでねぇか?どうせ放っておくわけにもいかんだろ、目の届くとこに置いとくのが一番だ」


「そうかもしれないな。近くにいれば守ってやることも出来る訳だしね。狛ちゃんは戦いに巻き込むのが嫌なんだろう?」


「あ、うん。そう、なんですけど……」


「大丈夫!骸は私が守ってやる!」


「はぁ!?お、お前が?お前俺より年下だろ…だ、大丈夫かよ」


「なにー!?私だって本気出せば強いんだぞ!」


 どうやら音霧は歳の近い骸が気に入ったようだ。子どもらしいやり取りではあるが、実際の所、戦闘能力では音霧の方が圧倒的に上である。彼女には霧の鬼という強力な守護が憑いていて、それは猫田でさえ手を焼くほどの力があった。相手次第だが、身を守るくらいなら十分な実力と言えるだろう。


「なら、決まりだ。どの道、あれこれ考えている時間も惜しい。話を聞く限り急いだ方が良さそうだ」


 京介がそう言うと、渋っていた狛も覚悟を決めて力強く頷いている。こうして骸のお陰で目的地も定まり、いよいよ狛達は拠点の奥地へ足を踏み入れる事になったのだった。

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