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第294話 前途多難

「行き止まり…?」


「いや、あそこに扉がある。行ってみよう」


 緩やかな下り坂を抜けて、駐車スペースに入った狛達は、その一番奥で大きなドアを見つけた。扉は一つきりで、あとはだだっ広い駐車スペースがあるだけという、いかにも普通の駐車場である…そこに車ではなく、怪物が居る事を除けば。

 先程通り過ぎて行った怪物は、駐車スペースの奥で丸くなり、眠っているようだった。京介のくれた根付の効果は絶大で、それが無ければこの怪物と一戦やらかす羽目になっていただろう。怪物の見た目はちょっとした恐竜のようにも見えるが、感じられる禍々しさは恐竜の比ではない。これが妖怪と何かを掛け合わせた存在であるのは明白だ。正直、戦わずに済んでよかったと狛は胸を撫で下ろしている。


「これは……」


 怪物の横を通り、ドアを抜けた先は思っていたよりもずっと近代的な通路であった。人間三人が余裕を持って並んで歩ける横幅に、天井までの高さも5メートルほどはある。足元にはLEDのランプが等間隔に設置されており、壁や床もずっと清潔感のある趣だ。

 槐の軍勢は妖怪揃いというイメージがあったせいか、かなり意外な印象だ。もっとおどろおどろしい物を想像していた神奈は少々困惑気味である。


「ずいぶんと……その、普通なんだな。いや、むしろ一般的な建物より未来的というか…」


 神奈は正直な感想を漏らしているが、各々には見えたり感じている風景が違っていた。この中では最も霊感や霊視能力に優れている佐那は壁や床にこびりついた妖怪達の気配を感じ取っているし、鼻の利く狛やアスラ、それにナツ婆は、通路の奥から漂ってくる血と腐肉の臭いに顔をしかめている。


「逆に言えばそれが不気味でもある、かな。俺が今までに見てきた妖怪達の巣は、もっとものだったよ。よほど統率が取れているのか……?」


 京介はこれまでの経験上、様々な妖怪や悪魔の根城を見てきたが、この場所はそのどれとも違うものであるようだ。例えば人を喰らう魔物の棲み処であれば、無造作に骸が討ち棄てられている事もあるし、そもそも彼らは獲物を食らった跡を掃除などしないので、もっと血に塗れた凄惨な様相を呈していることもしばしばだ。

 しかし、ここは見た目にはそう言った要素がない。まるで綺麗に整頓された軍隊の基地のような空間である。そのアンバランスさが不気味な雰囲気を醸し出しているのだろう。


「…お爺ちゃんの家も綺麗だったけど、ここは何かイヤだ」


 音霧はそう呟いて、ルルドゥをギュッと抱き締めた。すっかり見た目通りの子どもっぽさを隠さなくなっているが、それはそれとして曲がりなりにも神であるルルドゥを身近に置いて平気なのだろうか?ルルドゥ自身は居心地が良さそうな悪そうな、なんとも微妙な表情をしている。どちらかというと、抱きしめる力が強すぎて苦しいという方が正しいのかもしれない。


「とにかく進もう。早く猫田さん達を助けなきゃ…!」


 狛の言葉に促され、一行は更に施設の奥へと進んでいく。何度か妖怪達をスルーして順調な道のりに思えたが、問題が起こったのはしばらく進んだ時だった。


「……あ!」


「音霧ちゃん、どうしたの?」


 突然、音霧が大声を出して立ち止まる。何かあったのかと狛達に緊張が走り、全員が動きを止めた時、音霧は嬉しそうに走り出してしまった。


「お爺ちゃんのニオイだ!近くにお爺ちゃんがいる!」


「あ、待って!」


 狛の制止も空しく、音霧はかなりの速さで駆けて行くと通路の曲がり角で、何かにぶつかった。


「きゃっ!?」


「ぎゃあっ!?」


 ぶつかった相手は、やはり子どもで、音霧と歳がそう変わらなさそうな少年だ。ただ、音霧の方が力が強いのか、少年はぶつかった拍子に壁まで吹き飛ばされている。


「痛ぇ…っ!な、なんだよお前…!?って、誰だお前ら!?」


(まずい!)


 少年が音霧に触れたせいか、根付の効果が切れてしまい、後ろに続く狛達の姿も少年に認識されてしまったようだ。だが、その一瞬の内に佐那が動き出していて、素早くロープで少年を縛り上げていた。口元には粘着テープのように霊符を張りつけ、声を封じるのも忘れていない。誰もが思わず見惚れるほどの手際だった。


「…危なかったわ。こんな所で大声を出されたら大変だものね」


「佐那姉、凄い…」


「確かに随分と手慣れて……いや、それはいいんだが、しかし困ったな。この子にはもう根付が利かないぞ」


 京介はポリポリと頭を搔いて、縛られた少年に目を向けた。どうやら彼は小鬼のようで、人間に似た格好をしているが、額には小さな角が二本生えている。それでも子どもといえど鬼なので、その力はかなり強いはずだが、佐那の縛り上げた霊糸ロープを引き千切る事は難しいようだ。どうにかして抜け出そうと藻掻いている姿は少々痛々しい。


「んー!んん-!!!」


「君、ごめんね。大人しくしてて。…音霧ちゃん大丈夫?怪我とかなさそうだね」


「ご、ごめん……」


 音霧はすっかり委縮してしまっている。どうも根付の効果が完全に無くなってしまったと思っているらしい。ここまで何度か妖怪達をやり過ごしてこれたのは、間違いなく根付のお陰である。敵地のど真ん中でそれが機能しなくなると言う事は、死活問題だからだ。

 京介は苦笑しつつ、音霧の頭を撫でて慰めてやった。


「気にしなくていいさ、根付が利かないのはこの小鬼にだけだから」


「え、でも、さっき……」


「隠形術の効果自体が切れたわけじゃないんだ。ただ、触れた相手には術が利かなくなるだけさ。…だから、この小鬼を放っておくわけにはいかないって話になるんだが……」


 ちらりと小鬼の方を流し見て、京介は溜息を吐いた。放っておくわけにはいかないとは言え、何もしていない小鬼を始末しようとは思えないらしい。仮にそうしようと言った所で、恐らく狛が許さないだろうが。

 佐那や神奈もそれを解っているのか、それについては何も言わずに辺りを見回している。近くに他の妖怪の姿は無さそうなので、あくまで問題はこの小鬼だけだ。佐那は縛り上げた小鬼と通り過ぎたいくつかの小部屋を交互に見ていた。


「…どこかの部屋にでも放り込んでおく?」


「そうするしかないが、それでもどのくらい見つからずに済むか……思ったよりこの施設が広いのも厄介だな」


「んんんんー!!」


 それを聞いていた小鬼は、何とかロープから逃れようと更に暴れ出していた。この様子では適当な部屋に入れておいても、すぐに見つかってしまいそうである。狛は小鬼の傍にしゃがみ込んで優しく声をかけた。


「ごめんね、ちょっとだけ静かにしてくれる…?ダメかな?」


「んー…!んんん!モゴモゴ!」


 小鬼は暴れるのを止めたがその代わり、口に張られた霊符を取れと言いたいらしい。口元を動かしてアピールをしている。すると、黙って様子を見ていたナツ婆が、ずいっと顔を出して、小鬼を睨みつけた。


「…取ってやってもええが、騒いだら殺すぞ?ええか?」


「んん…!」


 小鬼はナツ婆の凄みにも負けず、首を縦に振ってみせた。子どもといえど流石は鬼、かなり肝が据わっているようだ。すると、ナツ婆はふんと鼻を鳴らして、一気に霊符を引き剥がした。


いってぇ!もっと優しく剥がせよ、ババア!」


「……よし、殺すか」


「ちょ、ちょっとナツ婆、落ち着いて!」


 錫杖を振り上げたナツ婆を、慌てて狛が止めた。ナツ婆が本気だと察した小鬼は震えながら口を閉じ、懸命に声を殺しているようだ。京介達はその様子に顔を見合わせて溜息を吐いている。狛とナツ婆の押し問答は数分の間続き、小鬼とぶつかった拍子に頭が歪んでしまったルルドゥは、一人涙を流すのだった。

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