目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第290話 敗北の轍

「ずいぶんとスゲー数集めてきやがったじゃねぇか。…大したもんだぜ、槐の野郎、どこからこんな大量の妖怪を集めやがったんだ?」


 猫田はぐるっと周囲を見回して呟いた。確かに、屋敷を囲むほどの妖怪達がこの場に集結している。その大半が、猫田の知らぬ未知の妖怪ばかりなのが気になる所だが。


(つっても、半分くらいは人間の死体、か?コイツらを集めてきたのは……)


 ちらりと視線を向けたその先に居るのはレディである。レディはいつもの紙タバコの煙と共に、霊気と妖気が入り混じった禍々しい力を纏っていて、およそ人間とは思えない気配をしていた。その隣に立つ八雲にも気付いたが、八雲の方は何が可笑しいのかニヤニヤとしていて少々気味が悪い。出来れば相手をしたくない所だ。


(あれは…確かレディとかいう、狛を狙ってやがった女か?あの女は死霊使いだったはず…ってことは、死体の方はアイツの手駒か。あとは八雲だが、あっちはどうでもいいな)


 妖怪達に混じって、見るからに死体そのものといった風貌の、所謂、ゾンビ達も立ち尽くしていた。死体である彼らから意志を感じるわけではないが、一度ひとたびレディの号令が入れば、ゾンビ共は一気に押し寄せて来るだろう。それは容易に想像出来た。

 流石にこれほど圧倒的な数の差を見せつけられると、猫田も少し気が滅入って来る。神野と八雲という、確実に厄介な相手を前にして、更に邪魔な雑魚がこれだけいるのは面倒以外の何物でもない。一気に蹴散らす算段を付けようとしたところで、山本さんもとが一歩前に出て、大声を上げた。


「ようも下らぬ者達で我が空間を汚してくれたものよ。しかし、この程度で勝った気になっているなら、ちゃんちゃらおかしいぞ。…者共、出合え出合え!この不届き者共を蹴散らせぃッ!」


 山本さんもとがそう叫ぶと、瞬く間に屋敷や空間のあちこちから、数十体の屈強な妖怪達が姿を現した。本来、この山本さんもとが棲む異界には他の妖怪達が立ち入る事を許されていない。ここにいるのは、言わば山本さんもとの護衛や親衛隊のような者達であり、一体一体が相当な力を持つ妖怪達だ。狛が戦った鴉天狗の頭領、白眉クラスの妖怪達である。これでもまだ数の差はまだ覆せないが、実力の程から言えば、何ら申し分ないだろう。これには猫田も感嘆し、思わず息を呑むほどであった。


「おお…!すっげぇな。壮観だぜ、こんな連中を忍ばせてたのかよ。やるなぁ」


 これほどの味方がいるなら、猫田も山本さんもとも、最も厄介な神野に集中できるはずだ。そして神野と山本さんもとは互角である。まずは山本さんもとと一緒に神野を制圧してしまえば、余裕の相手だと猫田は考えた。それは山本さんもとも同じ考えらしく、横目で猫田に合図を送っている。


「さぁて、身の程を知らぬ愚かな人間共に思い知らせてやろうではないか。魔王と呼ばれし我が力と、その儂が見出せし配下の実力をな!……行くぞッ!」


 そして、戦いの火蓋ひぶたが切って落とされた。山本さんもとの親衛隊達は全方位に散って、取り囲んでいる妖怪やゾンビ達を次々に薙ぎ倒していく。元より彼らは地力が違うので、それは一方的な蹂躙である。しかし、レディも八雲も、まるでこの結果を予想していたかのように、眉一つ動かさずに余裕の態度を崩していない。猫田は一瞬妙だと感じはしたが、優先すべきは神野であるとすぐに気持ちを切り替えていた。


「神野ッ!覚悟!!」


 山本さんもとは凄まじい妖気を放って神野に飛び掛かる。その手に収められているのは、通常の刀よりも倍以上の刃幅と厚みがある大きな太刀だ。妖怪の刀匠が精魂込めて打ち上げたという強力な妖刀であり、使い手である山本さんもとの妖力を大量に浴びて、刀身が黒紅梅くろべにうめ色の輝きを放っている。ちなみに、その輝く姿から刀自体の銘も黒紅梅という。


 無手で己の肉体を武器として戦う神野に対し、山本さんもとはその黒紅梅を使った一撃必殺の闘法が主なスタイルだ。如何に神野が操られていようとも、そこで手加減をするつもりは一切ない。二人は元々ライバル関係にあり、若い頃には何度も命懸けで戦った仲である。故に、山本さんもとは躊躇なく神野の首を狙っていた。


「ヒヒヒ…ヒャハハハハッ!」


 対する神野は正気を失った状態で、狂気を孕んだ笑い声をあげながら、山本さんもとの一撃をエビ反りにして躱してみせた。同時に、バク転の要領で両足を使い、懐に飛び込んできた山本さんもとの横腹を蹴り上げる。


「ぐぅッ!?」


 メリメリと音を立てて、山本さんもとの身体が浮き上がっていた。狂気に操られた神野が回避と反撃を同時に行うとは思っても見なかったのだろう。それは手痛い反撃であり、強烈なダメージである。並の妖怪ならば、その蹴りだけで上半身が吹き飛んでいてもおかしくない程だ。


「神野っ!テメェ!!」


 即座に大型の猫に変わった猫田が追い付き、隙だらけな神野の身体へ、右の前足で殴りかかろうとした。


「おっと、猫又。お前の相手は俺だ」


 しかし、それを邪魔したのは八雲である。彼が穿刺霊弾せんしれいだんと名付けて呼ぶ、高速で撃ち放たれる霊力の弾を巧みに打ち込んで、猫田の進路を妨害していた。


「ちっ!?八雲か!」


 猫田は瞬時に氷で盾を作り、穿刺霊弾せんしれいだんを防いでいる。以前は目くらましで勝った相手だが、同じ手が通じるとは思えない。だが、一度は勝った相手なのだ、今回も勝てるという確信が猫田の中に強く存在しているようだった。


「久し振りだな、覚えていてくれて嬉しいよ。女房も喜ぶだろう…お前を討ち取ればな」


「へっ!猫好きの女じゃなかったか?だったら、俺が無傷で勝つ方を喜ぶだろうよ!」


 軽口を叩きながら、二人が睨み合う。猫田は氷雨の力で氷を操る術がパワーアップしており、それによって今の穿刺霊弾せんしれいだんも余裕を持って防ぐ事が出来た。しかし、それを目の当たりにした八雲は、全く動じていない。以前負けた相手が強くなっていれば、もっと恐れをなしてもいいはずなのだが、神野と山本さんもとの戦いに気を取られていた猫田にはその余裕が気付けていなかった。


「ククッ!悪いが女房は猫よりも更に俺を愛してくれているのさ。お前の首は手土産にするだけで十分だ!」


「ああ、そうかい!」


 猫田の頭上から、幾重もの穿刺霊弾せんしれいだん雨霰あめあられのように降り注ぐ。猫田は大きな氷の盾でそれらを防ぎきり、八雲へと肉薄していった。そして、がら空きの八雲の身体に、魂炎玉の炎を纏わせた爪で強烈な一撃を叩き込む。


「もらったっ!」


「さぁ…それは、どうだろうな?」


 猫田の爪が八雲に当たった瞬間、猫田の左前足に大きな風穴かざあなが開いていた。足が吹き飛んでいなかっただけマシだろう。大量の血が溢れ、猫田は咄嗟に後ろへ跳ぶ。


「なっ、なに!?なんだ、今のは…っ!?」


「クククク…!黒死檀の枝か、大したものだ。もっと早く使うべきだったな…!」


 黒死檀の枝……それはかつて、レディが黒萩こはぎから渡された、一種の強化アイテムである。同じように黒萩こはぎからもたらされ、蜂起の際まで使うなと厳命されていたそれを、八雲は猫田に敗北した後で自らに使用したのだ。そしてそれは、レディも同様であった。


「フー…ここに狛がいなくてよかったわ。これで今度こそ私が勝つ。けれどそれは、もっとdramaticな場所でなくちゃあ…ね」


 そう呟くと、レディは指先をパチンと鳴らしてみせた。すると、山本さんもとの部下達に倒されたはずのゾンビ達が次々に起き上がり、身体が膨れ上がっていく。ゾンビ達だけではなく、未知の妖怪達も同様である。


「なんだ…?何が起きてやがる?!」


 それは、人間の死体と妖怪の死体を掛け合わせ、レディの霊力で強化して新たな怪物へと造り替えた恐るべき兵士達であった。妖怪の死体だけでなく、敢えて人間の死体も使用しているのは、人の武器を使うためだ。それは技術であったり道具であったりと様々だが、鍛え上げられた2万体の戦士のミイラには、そうした戦う為の技術が染み込んでいた。


 妖怪達の世界においてその大半は、元々持っている力の優劣で全てが決まるものだ。それゆえに、元が人間である天狗達のような一部の妖怪を除けば、鍛錬をして自らの力を高めることなどしない。

 妖怪に比べて生物として非力な人間達が妖怪に対抗し、彼らに勝利できるのは、人が自らを鍛え成長する存在だからである。成長することで弱点を無くし、人の知恵と時に和をもって力を併せ、強くなる。それは妖怪達には真似できない性質なのだ。


 既に死体であるゾンビ達が成長する事はないが、生前に鍛え上げられた戦士達であれば、その力は常人の死体よりも遥かに強い。レディは黒死檀の枝を使い、自らの力を強化して、戦士達のミイラからその全てを引き出す事が出来るようになった。その上で、妖怪の死体を混ぜ合わせることで更なる基本性能の底上げをして、強力な兵士に生まれ変わらせたのである。


「バカなっ…!?」


 猫田が周囲を見渡した時、戦況は圧倒的にレディ達へと傾いていた。倒したはずのゾンビや妖怪達が起き上がり、より強くなって襲い掛かって来る…その驚くべき事態に、山本さんもとの部下である妖怪達は動揺して隙を突かれてしまったのだ。そして、そのままあっという間に当初とは真逆の結果となって、絶望的な戦局は、もはや取り返しがつかない段階になろうとしていた。


「お、お爺ちゃん…っ!?」


「音霧……!?逃げよ!」


 配下の妖怪達に混じって戦っていた音霧は、傷つきながらも山本さんもとを救おうと駆け出そうとしていた。しかし、既に取り囲まれてしまっていて、どうする事も出来そうにない。


「ちぃっ!!」


 猫田は氷嵐を呼んで八雲の動きを抑えると、その間に音霧の元へ飛んで彼女を捕まえようとしている妖怪達から庇い、蹴散らしていった。だが、もはやまともに戦えるのは猫田だけである。神野と相対して余裕のない山本さんもとも含めて、敗色は濃厚であった。


「おい、音霧!お前は逃げて、助けを…狛を呼んで来い!」


「え?こ、狛って…人間?そんなヤツ……!」


「いいから行け!こうなったらアイツに頼るしかねーんだ!俺が時間を稼いでやる!俺の名を出せば必ず力を貸してくれるはずだ、行けっ!」


「う、うん…解った!」


 猫田が炎で道を作ると、その先にはぽっかりと空間に穴が開いていた。山本さんもとの孫である音霧だけは、この空間から自在に出入りできるのだ。妖怪兵士達を遮る炎の道を走ろうとする音霧の背中に、レディは素早く何かを投げつける。


「ふん、あの子は狛へのMessengerにしましょうか。きっと、気に入ってくれるはずね……フフフ、精々しっかりお逃げなさいな」


 猫田にそれを取り除く余裕はなく、音霧が逃げ去った後、猫田は抵抗空しく捕まってしまった。こうして、猫田と山本さんもと率いる妖怪群は、敗北の一途を辿ったのである。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?