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第280話 狙われた神奈

 猫田が山本さんもとの元に出向いているその頃、昼食を摂りながら、狛は生徒達の相談を受けていた。


 狛の用意したお守りと霊符により、それらのほとんどが大した事の無い内容であるが、一人一人の話をまともに聞いていると満足に食事も出来ない。そんな狛の負担を減らそうと、メイリーと神奈がサポートしてくれているのだった。


蘿蔔すずしろ先輩、この間はありがとうございました!」


 学食に向かう神奈の元に、男子生徒が声をかけた。彼は剣道部の後輩で、他の生徒達と同じく心霊現象で悩みを抱えていた一人である。ただ一点、他の生徒と違うのは、彼が本当に抜き差しならない状況に追い込まれていたことだ。


「ああ、君か。礼は要らないさ。それより、もう悪い事は起きていないか?」


「はい、先輩に視て貰ってからは何も……姉さんも安心したようです」


 彼の名は総元灰斗そうもとはいとと言って、幼馴染の生霊に憑りつかれていた。その幼馴染の少女は灰斗に恋をしていたのだが、告白する勇気が持てずに想いだけを募らせて、それが彼を蝕む生霊に変わってしまったのだそうだ。思春期の少年少女の想いは非常に強く、形になりやすい。ましてや、ここ最近の心霊現象の多発並びに現実化は、それらに大きな影響を与えているのだった。


 灰斗に憑りついていた生霊は悪霊になる寸前で、彼に近づくもの――特に女性に対して強い悪影響を及ぼしていた。クラスメイトはもちろんのこと、路上で偶然肩がぶつかった女性やよく行く店の従業員、果ては家族に至るまで……彼に接触するありとあらゆる女性を憎み、遠ざけるように仕向けていたのだ。当初は嫌な感じがする程度のものだったらしいが、神奈達が相談を受けた頃には、灰斗と話をした女性が階段から突き落とされたり、頭上から物が落ちてくるなど身体的に怪我を負わせるものもあったという。そこまで行くと日常生活すらままならない為、急いで対処したのである。

 なお、その対処を担当したのは灰斗の言う通り神奈である。狛が忙しいというのもあったが、神奈も最近は鬼の力をコントロールする術を身につけており、それに伴って霊感も発達してきているので、神奈一人での対応が可能だったのだ。


「あの後、件の幼馴染の子とは…その、付き合うことになったんだろう?ならもう生霊の心配は要らないだろうが、君が浮気でもすると再燃するかもしれない。気をつけろよ?」


「イヤだなぁ先輩、僕は浮気なんかしませんよ。彼女を愛してますから!」


 浮気するかしないかはさておき、男は皆必ずそう言うのだ…と神奈は思ったが、それは男女問わず当たり前である。浮気をすると言って浮気する人間は、特殊な性癖を除けばまずいないだろう。結局の所、灰斗を信用するしか神奈に出来る事は無いのである。


 灰斗はとにかく礼を伝えたかっただけのようで、そんなやり取りの後、二人は別れた。そして、その日の放課後。


「――ということで、後輩の件は片付いたよ。狛が教えてくれた通り、霊符も正しく使えるようになってきた。これからは私ももう少し受け持てる幅が広がりそうだな」


「そっか。うまく行ったんだね、良かったぁ。ごめんね、私ももう少し余裕があればいいんだけど…」


 狛とメイリー、そして神奈は、こうして放課後に集まって事件の報告会をするようになっていた。生徒達の相談を受けるようになったのは、事情を知り、あまりにも忙しそうな狛を見かねてメイリーが考案したものだが、予想以上に効果を発揮していてうまく機能しているようだ。そのお陰で神奈は自信と実力が身についているようだし、悪くない状況である。

 そんな二人を目にして、メイリーは机に身体を投げ出してつまらなさそうに言った。


「いいな~!二人共トクベツな力があってさぁ。ワタシもレーカンがあればよかったのに~!」


「こういう力があっても、あまり良い事ばかりじゃないぞ、メイリー。私だって、自分が普通の人間じゃないと知った時は大変だったんだ」


 ぶー垂れているメイリーの頭を、神奈は軽く突いている。神奈は幼い頃に、自分の中に眠る鬼の血が暴走しかけた事があった。それの対処をするべく犬神家を頼った時、狛と出会ったのだ。それ自体は幸運だったと胸を張って言えることだが、幼い子どもが自分の異常を突き付けられれば溜まったものではないだろう。


「そりゃあ、そうかもしれないケドさ~。でも、今みたいな世の中になっちゃったら、そういう力があった方がおトクじゃん。やっぱアコガレるよぉ」


「まぁまぁ。でも、メイリーちゃんだって立派に私達の力になれてるよ。メイリーちゃんが居なかったら、こんな風に力を併せて行こうなんて思えなかったもん。私達、凄く助かってるんだよ?ありがとね」


「そうだぞ。メイリーがきっちり話を集めて仕分けてくれてるお陰で、私達が十全に動けているんだ。自分を卑下する事はないさ」


 二人の慰めと感謝を受けて、メイリーは「それほどでも~」と言いつつにへらと笑って身悶えている。人の感謝を素直に受け取れるのが、メイリーの好い所だ。と言っても、狛達はお世辞で心にもない事を言っているわけではない、本当に心からメイリーの活躍に助けられているのである。

 そもそも、情報収集にかけては右に出る者のいないメイリーは、情報に対するアンテナも人より優れている性質だ。危険そうな相談は速やかに、そうでもなさそうなもの、全くの勘違いなどは驚くほど明確に分けて話を持ってくる。霊視の才能でもあるのかと狛が驚くほどにその感覚が冴えているのだから、大したものだ。そう言ったマネージメントの才能が、メイリーにはあるようだった。


「それにしても…何というか、恋愛絡みの問題が多いな。よくニュースで痴情の縺れなんて言葉を聞いたが、片思いだの嫉妬心だのがきっかけになる事がここまで多いとは思わなかったよ。人を好きになるって言うのは大変なんだな…私も気をつけねば」


「まぁ、私達くらいの年頃だと、特にそうだよね~」


「気をつけるって…神奈ってコマチガチ勢じゃん。揉めることなんてナイでしょ」


「いやいや、私だってその内結婚して子どもが欲しいとは思っているんだぞ?」


(そうでなければ、私の子どもと狛の子どもが結ばれて、私達の血が永遠に一つになれないからな…!)


 神奈が以前、玖歌に語った危ない妄想は、流石に狛の前では言い出せず胸の内にしまい込んでいる。そうとは知らず、狛は神奈が妙な執着を止めたと思っているようだ。しかし、メイリーは神奈に別の思惑があると察しているようで、何とも言えない表情をしていたのだった。



 そんなこんなで報告会も終わり、それぞれが家路に着く中、一人で歩く神奈は自身に宿る鬼の力について、改めて考えていた。


「だいぶ力がついてきたと思うが、まだまだこんなものじゃダメだ。私にもっと力があれば、龍点穴の騒動でも狛の力になれたはず…顕明連を使いこなせなければ……っ!?」


 突如として、神奈の背後から鋭い殺気が放たれた。神奈が咄嗟に跳び避けると、さっきまで立っていた場所の地面に、鋭い何かが三つ、突き刺さっている。明らかに人の気配ではないは、神奈が自分の攻撃を躱した事に苛立ちを隠していない。


「誰だ!?」


「ちっ…ただの人間の小娘ではないか。だが、まだ未熟だな」


 物陰から現れたそれは2メートルを優に超える高い身長を持ち、神奈を見下している。全身に分厚い筋肉の鎧をまとったその男は、まさしく鬼そのものであった。


「お、鬼…だって!?」


「ふん。我が姿を見ても意識を保てるか、我らが御前の血を引いているだけのことはあるな。だが、そのは我らの宝だ。返してもらうぞ」


 男の鬼はそう言って、鋭い爪を伸ばして神奈を狙っている。夕暮れ時に遠くの田んぼで鳴く蛙の声をバックに、神奈は得体の知れぬ鬼と対峙するのであった。

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