女に無造作に捕まれたまま、ルルドゥはビル内を移動していた。逃げ出したい所ではあるが、何故かこの女は自分の隠形の術を見破っている。となると、そう簡単に逃がしてはくれないだろう。狛や猫田すら欺く術を看破されたことで、ルルドゥは恐れを抱いているようだ。
(ど、どうやって逃げれば…最悪の場合は槍を使って戦うか……?)
ルルドゥ最大の武器である槍は、いつでも出し入れ可能なので、今この場でも使う事は出来る。だが、それを使えば
しばらくどこかを移動した後、やがて女の足が止まった。コンコンコンと三回ノックをすると中から男性の返事が聞こえる。そうして、女はゆっくりとドアを開けた。
「失礼します。こんにちは、鍋縞さん」
「おお!これは
「仕事で近くまで立ち寄る機会がありましたので、せっかくなので
ルルドゥを持った女――
実のところ、これまで鍋縞商事や直繁、光重が安泰でいられたのは、そういった力添えがあったからこそである。元々、直繁は狛達の祖父、阿形の知人であったのだが、その縁で槐とも懇意であった。犬神家と離れても槐達に資金面での問題が無かったのは、彼らのようなパトロンの存在があった為だ。
「お恥ずかしい限りで……
「そうですか、それは何より。まぁ、あの子は頑丈ですから、いざとなれば
そう言って、
(なんだ…今、狛と言ったか?コイツら、狛に何かしでかそうというのか?…ぬぬぬ、許せん!)
ルルドゥは
そんなルルドゥの怒りは、
「おや?その人形は……」
「これがどうかなさいましたか?」
「いえ、流行っておるのですかな。その人形と同じものを、狛さんの連れた犬が背負っていたような気がしまして」
「これを……狛が?…なるほど」
(し、しまった…!隠形の術が!?)
ルルドゥは慌てて怒りを鎮めようとしたが、既に遅かった。彼の隠形の術はあくまで認識を阻害する程度のものだ。ある程度の注意を向けられていない相手でなければ正しい効果は発揮できない。今のように注目されていては意味が無いのである。
今の会話で、
(ずいぶん拙いけれど、スパイのつもりかしら?あの子もそんな搦め手を使うようになったのね。…となると、狛は鍋縞一家を疑っている?やはり、そろそろ縁を切る頃のようね)
(なっ…なんだ、アレは!?禍々しい……うう、神である我を圧倒するなんてっ…き、気分が悪くなってきた…!)
しかし、ルルドゥから見たそれは、毒そのものを纏った陰鬱な闇の結晶である。これこそ妖怪達を狂わせる石、狂華種…その派生品であった。
「ほほう、これはまた美しい宝石ですなぁ。
「ふふ、ありがとうございます。これは私達の新しい商品…有り体に言えばパワーストーンのようなものです。生憎とまだ試作品なので、これ一つきりですが、お守りとしては十分過ぎる効果があるでしょう。これを息子さんにお渡しください。きっと役に立つと思いますわ」
(うっ!?か、身体が動かない?!声も…ど、どうなっているのだ!?)
焦るルルドゥの内心を見透かしたように、
「それと、これを狛に…実はこれ、狛の持ち物なのです。どうやらここに落としていったようで……鍋縞さんの方で返しておいて下さい」
「おお、そうだったのですか。解りました、そのように致しましょう。ありがとうございます、このようなお守りまで譲って頂いて…これで狛さんと
直繁が、桔梗に渡りをつけて狛と接触しようとした最大の理由――それは息子光重と狛を引き合わせること、つまり、見合いが目的であった。表の犬神家は、いくつもの会社や病院を経営する大企業だ。直繁は先代の阿形の頃から、その財産と地位を狙っていた。阿形の娘、
見合いと言っても、光重は既に30を過ぎている。16歳の狛の相手としてはあまりにもトウが立ちすぎているのだが…直繁のような年代の男性には、男女など無理矢理にくっつけてしまえばどうとでもなるという、古い価値観が生きていた。女という生き物は、一度抱いてしまえばもうその男から離れられなくなる…そんな考えだ。現代的価値観からはかけ離れた思考だが、かつての時代にはそれが当たり前のように根付いていた考えでもある。確かに、女が若く未熟であるほど通じた情は強くなるが、多くの場合、一度抱いた女に執着するのは男の方だろう。結局の所、男と女はコインの表と裏、似たり寄ったりなのだ。
そんな直繁の思考を、
「狛をどうにかするなら、明日が良いでしょう。何しろ、明日は
そう言って笑った