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第269話 皆でお出掛け

「狛、少しいいかい?」


 朝、出勤前の桔梗に呼び止められ、学校へ行く支度をしていた狛は手を止めてそちらを向いた。狛も桔梗も今日は比較的、朝の時間に余裕があるようだ。桔梗の場合は直接対策をしなければならない課題が落ち着いた為だが、狛の場合は、学内のオカルト関連の問題が少し落ち着いたからである。本来、コッソリ隠れて受け付けるはずの相談が余りにも多かった為に、狛は少し間口を広げる作戦をとることにした。霊験あらたかな僧侶の親戚から貰ったと言って、お守りと魑魅魍魎除けの霊符を無料で配布したのである。


 幸い、換毛期だった猫田の毛はかなりの量があったし、お守りに使うのは微々たるものだ。一々せせこましくお守りを作るよりも、一度にたくさん作っておいて、拡散した方が効率がいい。それに加えて狛が手ずから作った霊符である。正直に言えば、お守りを作るよりも余程こちらの方が手間だった。一枚一枚に霊力を込める必要がある為、印刷というわけにもいかず丁寧に手書きで作らなくてはならない。それでも、狛は割と幼い頃からやっていた作業である。常人が行うよりも遥かに早く、何より正確に仕上げる事ができた。

 その努力の甲斐あって、今では学校の生徒ほぼ全員が、霊符とお守りを一つずつ所持出来ているようだ。それでも足りないような危険なものは、裏で狛と猫田が対処している。今のところ、狛に出来る最大の対策がこれであった。


「うん、桔梗さんどうしたの?」


「実は、私の知り合いにどうしても心霊絡みで相談したいと言う人がいてね。少し前から要請されていたんだが、はぐらかしていたんだ。その人は仕事こそ出来るんだが、黒い噂が絶えず…人間的に少々、問題のある人なのでね」


「はぁ……」


「それで本人曰く、この所被害が大きくなっているらしくて、どうしてもと懇願されてしまったんだ。散々後回しにしてきたせいか、向こうも引き下がらないし、周囲からもいい加減見てやってはどうかと詰められてしまった。ただ残念ながら、私には彼の言葉が事実かを見極める能力がない…そこで大変不本意ではあるが、狛にその人を見て貰いたいんだ。狛から見て心配要らない様なら、今後は私も遠慮なく突っぱねられる。心苦しいが、会いに行ってもらえるだろうか?」


(桔梗さんがこんなに悪く言うなんて珍しいなぁ…よっぽど嫌な人、なのかな?)


「私は別にいいけど、私でいいの?そういう人なら、私みたいな子どもが何か言っても聞かないんじゃない?」


 狛の心配は非常によくあることだ。心霊現象が日常化し始めている昨今であっても、未だ多くの人々はそれらに懐疑的で、オカルトを眉唾物と言い切る者もいる。ましてや、一過言あるような有名な霊能者ならともかく、狛のような女子高生の言う事を鵜呑みにする人間は少ないのである。犬神家の退魔士に年齢制限があるのは、対外的に納得させる意味も込められているのだ。しかし、桔梗から返って来た言葉はそれを完全に否定していた。


「いや、彼は犬神家の先代当主、君のお祖父さんである阿形さんとも古い知り合いだった人でね。犬神家の事もよく知っているんだ、多分、拍なら面識もあるだろう。そういう人だから、狛の事もよく解っているし、狛が若いからと言って侮るような事はしないはずだ」


「なるほど、そうなんだ。うん、なら私はいいよ。断ったら桔梗さんが大変なんでしょ?私、頑張るよ」


「本当にすまない…!本来なら私が同席するんだが、今日はどうしても外せない会議があって抜けられないんだ……そこも見越して、先方も今日を指定してきたんだろう。全く…とにかくちょっとでも嫌なことがあったら、即打ち切って帰ってきて構わないからね?仮に本当に被害を受けているのだとしても、あの人は多少痛い目に遭った方がいいだろうし……」


 桔梗がここまで言うのは相当な事である。よほど、その頼んできた相手が嫌いなようだ。裏を返せば、それだけ嫌っていても関係を断つことが出来ない有力者であるということだろう。狛達の祖父阿形は、生前は街の顔役として、中津洲市内の問題を解消すべく奮闘していた人物であった。犬神ヒイフウを操り、退魔士としても活躍しながら中津洲市の発展に寄与してきたという。今でもお年寄りの世代には名の知れた人物なのである。

 そんな阿形と付き合いがあったのであれば、狛の事を知っていてもおかしくはない。それなりに高齢だろうから、桔梗が頭の上がらない相手だとしても不思議ではないのだ。


「桔梗、俺が一緒でもいいんだろ?なら、何も心配いらねーよ」


 その話を、ソファでアスラやルルドゥと一緒に聞いていた猫田が話に割り込んできた。確かに、猫田は狛の護衛役としては理想的だ。桔梗は途端にパァっと明るい顔になって、うんうんと頷きながらそれに同意した。


「ああ、確かにそうだな!猫田君と、アスラも一緒に連れて行くといい。それなら安心だ。それじゃ、悪いけど放課後に頼むよ。向かう場所は後でスマホに送っておくからね、じゃあ、くれぐれも気をつけて。行ってくるよ」


「はい、任せて!桔梗さんもいってらっしゃい」


 流石に少し長話が過ぎたのか、桔梗は時計を確認しつつバタバタと足早に家を出て行った。余りにも桔梗が相手方を悪く言うので少し不安な所もあるが、居候させて貰っている身としては断るわけにはいかない。それに何より、猫田やアスラが一緒に居てくれるなら何も問題はないだろう。そう考えて、狛は再び登校の準備に取り掛かる。そんな中、黙って話を聞いていた彼が、不満そうな声を上げた。


「……ズルい」


「へ?」


「ズルいぞ、ズルいズルい!駄猫だびょうとアスラばっかり!我だって出かけたい!一緒に行きたいー!」


「はぁ!?…いや、ルルドゥ、別に遊びに行くわけじゃないんだよ?」


「解ってる!解ってるけど、我だけ留守番はつまらんのだ!我は神だぞ!?役に立つぞ!一緒に行きたいぃぃぃっ!」


 ジタバタと全身を使って、ルルドゥが暴れている。抗議のつもりなのだろうが、傍目にはぬいぐるみが苦しんでいるようにしか見えない。呆れた猫田は、ヒョイとルルドゥの首を摘まんで持ち上げると、ギロリと睨みつけていた。


「バカ言ってんじゃねー。喋る人形なんか誰が連れて歩けるか、大人しく留守番してろ」


「イヤだ、イヤだ!我も一緒に行くんだ!喋るのがダメなら大人しくしてるから、我も連れてってくれぇぇ!」


(コイツ…神の威厳がどうこう言う割に、まるで威厳のある行動してねーじゃねぇか。そういうトコだぞ、ホント)


 宙ぶらりんになっても、なおバタバタと手足を動かしてルルドゥは必死にアピールしている。こんなに必死になる理由はさっぱり解らないが、一人で残しておいて、勝手に出歩かれるのも問題だ。ルルドゥがその気になれば、窓や玄関を壊して外へ出る事も可能だし、あの槍がある以上、結界で閉じ込めるのも難しい。余談だが、ルルドゥは普段、槍を自前の異空間に収めてあって、自由自在に出し入れ出来るらしい。腐っても神と神の武器だけあって、無駄に高性能である。


 そのあまりの騒ぎっぷりに、狛と猫田は顔を見合わせてしまった。家の中に押し込めておけないのならば、いっそのこと連れ出して、目の届く所に置いておく方がいいのかもしれない。

猫田はそっと狛に耳打ちをしてみた。


「どうするよ?」


「うーん、とりあえず連れて行くしかないかなぁ…放っておくと黙ってついてきたりしそうだし。猫田さんよろしくね?」


「結局俺かよ……しょうがねーなぁ」


 狛はまず学校があるので、ルルドゥを連れて行くわけにはいかない。必然的に猫田が後からアスラと一緒に合流することになるのだ。そうこうしている内に、狛のスマホの通知が鳴った。確認してみると、それは桔梗からである。待ち合わせ相手の名前と、向かうべき場所が、そこに記されていた。


「あ、桔梗さんからだ。…えーっと、相手の人は…何て読むのかな?これ、鍋…あ、しまか。鍋縞なべしまさんだって、場所は駅前だね」


「鍋縞…?そうか」


 猫田にとって、いや、全ての猫妖怪にとって『なべしま』という名は特別である。字こそ違うが、かの有名な化け猫物語に登場する人物の名が、鍋島であるからだ。なんとなしにかの物語を思い出し、猫田は奇妙な縁を感じて胸騒ぎを覚えるのだった。

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