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第267話 神の乱立

「ご、五万人だぁっ!?」


「…ああ、キリよくピッタリじゃないだろうが、ほぼそれで間違いないはずだ。犠牲になったのは、ちょうど街の人口と同数だったからな」


 コーヒーを飲みながら、京介は淡々と語っている。しかし、その言葉の端々には苦々しさが垣間見えるようだ。一方、その数を聞かされた猫田と狛は、その途轍もない数字に驚愕し、言葉を失っていた。一体何の数字なのか?それは一時間程前に遡る。





 狛の元に京介から連絡が来て数十分後、京介が手土産を片手にやってきた。都合よく近くにいたのかと思えば、空間転移術を使ってきたらしい。そんなに急いで来る理由は解らなかったが、到着して早々に京介はルルドゥをつぶさに、かつ丹念に調べ観察していた。


「なんだ?お前ってそんなに人形好きだったか?」


「ああ、いや、そう言う訳じゃないんだが。神が生まれたと聞いて、正直ちょっと居ても立っても居られなくてね。……うん、この子は大丈夫だろう。悪神の類いじゃないのは間違いなさそうだ」


「このよく解らん男まで、我をって……お主達、絶対我のこと神だと思ってないだろ…?」


 京介はよほど何かが気がかりだったらしく、ルルドゥを調べ尽くした後はホッと胸を撫で下ろした様子だ。当のルルドゥは何がなんだか解らない内に全身を隈なく調べられて不満そうである。狛がお茶請けとコーヒーを京介の前に差し出すと、京介は軽く微笑んで礼を言い、コーヒーを一口、口に含んだ。


「ああ、美味いな。狛ちゃんはコーヒーを淹れるの上手だね」


「えっ!?あ、ありがとうございますっ。褒められちゃった、えへへ…えへへへぇ!」


 狛はニヤケながら、解りやすく身体をモジモジさせている。実はコーヒーの淹れ方に関しては、蛤女房のハマから何度か手ほどきを受けているので、それなりに自信があった。しかし、肝心のコーヒーを飲むのは、今のところ狛自身だけである。猫田は甘味好きなので専らジュースだし、桔梗はコーヒーよりも紅茶や日本茶を好む性質だからだ。自分で飲む為に会得したような技術が、京介に褒められるという予想外に嬉しい結果を招いて、狛は有頂天になっている。

 そんな挙動不審な狛が自分の分のコーヒーを持って席に着くと、猫田はそれを見計らったように話の続きを催促してみせた。


「どういうことだ?お前はなんだかんだ神に所縁がありそうだが、神絡みで何かあったのか?」


「何かあったかも何も大有りさ。ちょっと仕事がうまく行かなくて、ようやく自分の中で落ち着いた所だよ」


 京介にしては珍しく、苛立ち紛れな口振りである。付き合いの長い猫田は、そう言う所も何度か見た事はあるが、狛はそうでもない。初めて見る京介の態度に、少々驚いているようだ。


「お前がそんなになるなんて珍しいじゃねーか。どんな失敗やらかしたんだ?」


「俺だって人間なんだ…失敗もするし、腹も立つよ。今一番許せないのは、自分の未熟さとタイミングの悪さだけどね」


「い、一体何があったんですか……?」


 京介が苛立つなどよほどのことだったのだろうと思い、狛は恐る恐る問いかけてみた。京介は狛が怯えている事に気付いて、また自分の不甲斐無さを嫌って溜め息のように深く息を吐いて頭を下げてみせた。


「狛ちゃんごめん、怖がらせてしまったね。はぁ…俺は本当にまだまだだな。さて、どこから話そうか……少し前、とある地方都市で集団失神事件が起きたのを知ってるかい?」


「ああ、ついさっきもテレビのニュースで見たぜ。人間が何人もぶっ倒れて死んじまったって話だろ?それがどうしたんだ?」


「何人も、なんて数じゃないんだよ、本当は。……街一つに住んでる住人が、丸々犠牲になってしまったからね」


「街ひと、つ……?」


 突然告げられた規模の大きさに、狛は不思議そうな声で答えた。そうしてその後に聞いたのが冒頭の会話である。


「ああ、あの街、維美統いみすまる市の総人口に匹敵する人数…およそ五万人が犠牲になったのさ。人造の神を作るという、実に馬鹿げた、とんでもない愚行のせいで、ね……」




 そして現在、あまりの衝撃から再起動した猫田と狛は、想像以上の事態に理解が追い付かないようだ。それでもなんとか、必死にそれを飲み込もうとしている。


「ご、五万人って…テレビのニュースじゃ、そんなこと一言も……」


「報道規制がかかったんだろうな。元々この仕事を引き受けた仲間は、公安関係から回ってきた仕事だと言っていたからね」


「訳が分からねぇ…なんでそんなにたくさんの人間が死んだんだ?そもそも、よくそんな人数が田舎にいたな」


「元々、あの街はとある新興宗教が作り上げた街だったみたいなんだ。日本中から信徒を集めて街づくりをしていたらしい…もっとも、ここまで急速に宗教団体としての規模が拡大したのは、あの光の龍が現れて心霊現象が当たり前になってからの、ここ一ヵ月ほどのことらしいが」


「なるほどな…国中から人を集めてたんなら、まぁそれくらいになってもおかしくねぇか。しかし、その…人造の神ってのはなんなんだ?」


 そう猫田が質問すると、京介はあまり思い出したくもないのか、酷く顔を歪めてしまった。そこから読み取れる感情は様々である。主に怒りや、止められなかった自分への悔しさが滲み出ている。だが、そんな中で、狛は京介から強い悲しみの感情を感じ取っていた。


(なんだろうこれ、合ってるか解らないけど凄く、悲しい…匂い?んん、なんとなくそんな感じがする。…でも、どうして?)


 狛は知らない。この時、京介はかつて自分を殺そうとした相手と再会していたことを。そしてその相手は、京介を想う余りに悪魔へと身をやつした、愛憎渦巻く相手であることを。何よりも、京介自身が、その相手を決して憎く思っていた訳ではないということも…全て、知る由もなかったのだ。

 対する京介もまた、狛がその凄まじい嗅覚をもって自身の複雑な思いを感じ取っていることなど気付くはずもなく、本心を隠したまま事実だけを述べようと努めているようだった。


「その宗教は色々な宗教の終末思想をベースにした…まぁ、ありふれた末法を説く宗教だったらしい。教祖の名は芦原泰全と言って、宗教団体の教祖にしては若い、中年の男だった。芦原は、人の祈りを束ねて神を生み出すという考えを持っていたようだ。滅亡を余儀なくされる終末から人々を救う、自分達だけの神を作ろうってね。普通ならば、そう簡単に神が生まれるわけじゃない。いくら五万人もの人を集めた所で結果は同じだ、うまく行くはずがない…だが、実験は成功した。。俺達は何とか止めようとしたんだが…間に合わなかったよ。みすみすあれほど多くの人々を犠牲にしてしまった、情けない…こんなに無力感を味わったのは久し振りだな…」


「京介さん……」


 落ち込む京介の手を、アスラが近づいてペロペロと舐めた。京介を慰めたいと思う狛の気持ちを代わりに示しているようである。京介は優しい笑顔を見せて、アスラの頭をゆっくりと撫でた。アニマルセラピーとまではいかないが、アスラと接する事で少しでもストレスが軽減されてくれればいいと狛は思っている。


「それで、結局どうなったんだ?その神とやらは…」


「三人がかりだったからね、その神自体は倒す事が出来たよ。神と言っても、人の命を強引にかき集めて作ったような紛い物だ。強敵ではあったけど、厄介な神話も作られる前だったから助かった。ニュースで国が調査に乗り出すと言っていたのは、恐らくその残骸を回収して調べるつもりだろうな。実は幻場まほろばさんからそう言う連絡が入っている…国はその辺り、抜け目がないな」


 京介は苦笑しつつ、アスラを片手で撫でたままだ。狛はほんのちょっとだけ、アスラが羨ましいと思ってしまったが、それを口に出すのは色々マズい気がする。しかし、幻場まほろばが動いているということは、自衛隊が動くと言うことだ。五万人もの死者を出したとなれば、相当大規模な後処理になるだろう。それを考えれば、おかしいことではないのかもしれない。


「……しかし、とんでもねぇ話だな。こりゃあマジで、早くどうにかしねぇと手が付けられなくなるぜ」


「同感だ。神じゃなくても、人を襲う妖怪程度なら、もう次々に新しく生み出されているかもしれない。それに、アイツも……」


「…京介さん?今、なんて?」


「いや、何でもないよ。とにかく、二人共くれぐれも気をつけてくれ。これからどんな強敵が現れるか、解ったものじゃないからな」


 京介の言葉は狛と猫田の心に深く差し込まれた。そして、それがすぐに現実のものになるとは、この時まだ誰も予想していなかったのだ。

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