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第266話 交錯する事態

 その日、猫田が桔梗の家に帰ってきたのは、夜遅くになってからだった。詳しい話を聞きたいと、山本さんもとの屋敷に招かれてずいぶんと話し込んでしまった。山本さんもとは酒が入ると饒舌になり、ずいぶんと気のいい性格になるようだ。とはいえ、妖怪達の元締めと自負する天下の魔王と言えど気苦労は多いらしく、最終的には神野や孫である音霧の愚痴ばかりになってしまっていたのだが。ただ、出された食事はどれも美味く、人間の社会では珍しい物ばかりで、そこは大変満足できた。


「魔王ってのも苦労してんだなぁ……神野の奴見てると、全然そんな事解らなかったけどよ」


 人の姿で独り言ちて、コップに水を汲んで一気に飲み干す。この時間ではもう狛も眠っているので起こさないように気をつけねばならないが、付き合いとはいえ、酒の匂いを漂わせて帰ってきた手前、何だか少し気まずい。狛が眠っていてくれるのは助かるというものだ。


 ふう、と一息吐いて時計を見れば、丑三つ時――深夜の二時を回った所である。気配からして狛だけでなく、桔梗も眠っているようなので静かにリビングのソファに座ってテレビの電源を入れた。今日は一日外にいたし、ほとんど山本さんもとの屋敷に居たので、ニュースを見ていない。何か大変な事態は起こっていないか確認したかった。


「おい、駄猫だびょう


「ああ?……って、お前、ルルドゥ?何でお前がここにいる?」


 突然声をかけられたと思ったら、ソファの端に座っていたのはルルドゥであった。相変わらず、木とも布ともつかない独特の身体だが、何故か頭のたてがみが減っている。ライオンのようにぐるっと一周していたはずだが、今は馬のたてがみのように直線で一筋あるだけだ。所謂、モヒカン状態である。一体何があったのだろう?


「狛という娘に連れて来られたのだ。店に新しい妖怪とやらが来たのだが、神の力を恐れていたのでな。我がいると困るらしい。なので、しばらく厄介になるぞ。しかし、ここは良いな、神の気に溢れている。我が間借りさせてもらうにはうってつけだ」


「…あ~、またぞろ厄介なヤツでも連れ込んだのか。ったく、土敷の奴、節操なしに抱え込みやがって…いくらなんでも大丈夫なのかよ。明日様子見に行って来るかな。……っていうか、誰が駄猫だ、コラ」


「あだだだだだ!?顔を引っ張るなぁ!わ、割れるっ!裂けるぅ!!」


 少々酒が入っているせいか、猫田は若干力の加減が効いていないようだ。「おお、意外と伸びるな」と微笑みながら、ルルドゥの頭をぐいぐいと引っ張っているが、噛みついたり叩いたりしないだけマシである。酔っていてもそこまで猫に戻ってはいないのだろう。一応夜中なので、声の大きさには気をつけているようだが、それでも少し響く声であった。そんな二人のじゃれ合いは明け方近くまで続いた。


 その翌朝の事だ。いつの間にかルルドゥを抱いたままソファで眠っていた猫田は、狛にデコピンをされて目が覚めた。


「いてっ!?な、なんだ!?」


「…猫田さん、おはよっ!全く、そんな所で寝てたら風邪ひくよ?ちゃんと起きて顔洗ってきてね。ご飯にするから」


「ああ…もうそんな時間か?しまったな、人型で寝ると身体が硬くなるんだよな…ふぁ、んん~~~!」


 猫田が立ち上がってあくびと共に伸びをすると、腹の上から何かがコロンと落ちた。よく見ると、それはずいぶんボロボロな姿になったルルドゥである。


「あれ?ルルドゥ、何やってんだ?お前」


「う、うううぅ…お前、神に向かってこんな……罰が当たる、ぞ…!」


 どうやら、猫田は昨晩ルルドゥ遊んだことなど覚えていないらしい。元々ライオンのようだった顔はすっかり変形してしまって、漫画のようなコミカルな見た目になってしまっていた。ルルドゥの身体は元々木彫りの人形だったはずだが、神になる際に変異して、元の材質とは違う未知の材質に変わっている。その為だろうか、猫田が力を入れて遊んでも壊れたりせず、自己修復して別の形になってしまったようだ。


「あれ?それルルドゥだったの?……なんか、ぷふっ!か、かわいくなっちゃったね。くふっ…!」


「笑うなぁ!狛、お前はこの駄猫の飼い主だろ!少しは責任を持てっ!」


 笑いを噛み殺す狛に、ルルドゥは精一杯の抗議をしてみせた。よく見ると体の部分も、しっかりと鍛えられていた筋肉の造形は見る影もなく、ポヨンとしたお腹は完全にぬいぐるみそのものだ。一体猫田は何をしたのかと思ったが、ルルドゥの余りの変化に狛はどうしても笑いが我慢できずに噴き出してしまった。朝食までの間、そんな笑い声が家中に響いていて、この日、朝のお参りにきた近所の老人は大層驚いたという。


「それで、猫田さんどこ行ってたの?昨日は結構大変だったんだよー」


「ああ、悪いな。ちょいとコイツルルドゥの事で野暮用でな。そういや、またくりぃちゃぁに新しい妖怪が来たらしいじゃねーか。どんな奴だ?」


 朝食は一時ひとときの団欒である。ただ、今日は祝日で休みのせいか、桔梗はまだ起きて来ない。サハルがもたらした豪雨被害の爪痕は予想以上に甚大で、最近まで桔梗は外部アドバイザーとして付きっ切りだったという。それが終わったら今度は全国的に幽霊や妖怪の目撃が相次ぐという騒ぎである。厳密には公務員ではないものの、市の嘱託職員として働く桔梗は連日深夜まで大忙しであった。超人的な才覚と能力を持つ桔梗も人の子である故か、五十を超えた頃から、疲れが取れにくくなった。そう言う事情で、休日はとことん寝て過ごすのである。


「あのね、天眼様っていう怪異だったんだけど、土敷さんが言うには目目連って妖怪の一種なんだって。逸話が歪められちゃってるから、少し店で休眠させておかしくなった逸話が薄れるのを待たせるんだって言ってたよ」


「目目連だぁ?そりゃあずいぶん珍しいな。俺も一度だけ出会ったことがあるが、滅多に見かけねぇんだよな、アイツ。懐かしいなぁ、当時俺が厄介になってた家に出てきて家主を驚かそうとしたんで、目玉を一つとっ捕まえてやったんだ。転がすと割合楽しいんだよな、アレ」


 はははと笑っているが、何が楽しいのかは狛にもルルドゥにもよく解らない。むしろ、目玉を転がすと聞いて何だか少し同情したくなるほどだ。この辺りはやはり、猫田の猫たる所以だろう。そんな時、点けっぱなしになっていたテレビのニュースに、ルルドゥが反応した。テーブルの上でぐったりしていたはずが、急に起き出してニュースに釘付けになっている。それに気付いた狛は、食事の手を止めてルルドゥに問いかけた。


「ルルドゥ?どうしたの?あのニュースに興味があるみたいだけど」


「いや、先日とても強い神気が生まれるのを感じたのだが、すぐに消えてしまったのだ。あれは何だったのかと思ったが、どうやら我同様に新しく産まれた神がいるようだな。でも、どうしてもう気配を感じないのだろうか……」


「…え?」


 慌ててニュースを確認すると、それは数日前、東北地方の中規模都市で、住民達が一斉に倒れて意識を失ったというニュースであった。このニュースなら覚えがある、倒れた住人の大半が命を落としたが、未だに具体的な原因が不明なので、いよいよ国が調査に乗り出すという話だった。だが、これがどうして神と関係があるのだろう。狛と猫田が神妙な面持ちでテレビを見ているちょうどその時、狛のスマホから通知音が鳴った。


「あ、京介さんからWINEだ!ここの所すごく忙しそうだったけど、仕事が終わったのかな?」


「おう、ちょうどいいじゃねーか、ちょっと顔出せって言えよ。コイツルルドゥの事も話しておきてぇしよ」


 嬉しそうにチャットを打つ狛を横目に、猫田はルルドゥを突っついている。その後、京介と合流した二人は、意外な真相を聞く事になるのだった。

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