猫田は、
「孫……娘?じゃあ、そいつは…」
「そうだ。名を
(音霧…なるほど、さっき俺の足を掴んだ霧みたいな妖気の正体はそれか。名は体を表すって言うが、解りやすいな)
「い、痛いいいっ!お爺ちゃんがぶった!私悪い事してないのにいっ!痛いよお!」
「…馬鹿者め。お前が儂の取次ぎ役を称して、不当に他の妖怪達を締め上げていたのは知っておるぞ。お陰で儂が受け取るべき情報がちっとも上がって来なかったではないか。今日もお前が先走った所を見ていたものが連絡してきたから良かったものの……孫でなければその首を刎ねておる所だ、まったく」
「だって、お爺ちゃんいつも忙しくて遊んでくれないじゃん…お爺ちゃんを呼び出すヤツが少なくなればいいと思ったのに……」
「この馬鹿者が!儂は妖怪達を統べる元締めの一人なのだぞ!話を聞いてやらなくてどうするというのだ?嘆かわしい、これが儂の孫とは……」
目の前で
(そういや、狛がこんな風にハル爺を困らせたとこはあんまり見なかったな。狛の奴は聞き分けが良すぎるんだろうなぁ…)
狛の笑った顔を思い出すと、凍らせていた猫田の心が少し軽くなり、また温かくなった気がする。先程まで見せていた険のある顔は、いつもの人好きそうな表情に戻っていた。それに気付いた
「…何だよ?」
「いや、良い顔をするものだと思ってな。お主はそうしている方が猫らしくてよい」
「猫相手に何言ってやがる。……まぁ、今更化け猫にゃあ戻れねーがよ」
そうだ。どんなに心を殺し凍らせたとしても、猫田はもう猫又だ、怨みと憎しみで身を形作る化け猫には戻れない。化け猫から猫又に変わる事は出来ても、その逆には出来ないだろう。何故なら心の在り様が変わったから……あの時のように全てを憎んで世を燃やし尽くすような激しい怨嗟を抱く事は、もうないだろう。今の猫田にはくりぃちゃぁの面々を始めとした友がいて、かつては妖怪である自分を救う為に命を張ってくれた
そう思いついて、猫田は改めて笑った。今は大型の猫の姿なので解りにくいが、晴れ晴れとした気分が見て取れるいい笑顔である。
「それで、お主は何の用事だったのだ?儂を呼び出そうとしていたのだろう?」
そう言われて、ハッとした。そうだ、わざわざしたくもない喧嘩をしていたのは、
「あ、ああ…そうだった。実は神野の奴に話しておきたい事があったんだが、あの野郎出てこねーんだ。どこで何してんだか知らねーが、ちょっと早めに相談しときたくてよ。そんでどうせなら、アンタにも話しておくべきかと思ってな。実は――」
猫田が話し終えると、
「そうか、異国の神がこの国で……な。それは確かに由々しき事態よ。神共が増えることもそうだが、儂らの管理の届かぬ妖共が増えるのもまた厄介だ。しかし、こう言う話は神野にしても意味は薄かろう。あ奴でなくて、先に儂の方に話をしてくれて正解だったやもしれぬ。全くこの愚かな孫めが、こんな調子で儂の後など継がせられるのか……とにかく、礼を言うぞ、猫又よ」
「お、おいおい、止してくれ。アンタに頭を下げさせたなんて知られたら、アンタの子分共に何を言われるか解ったもんじゃねぇ…!俺は神野に話をしておけば、アンタの耳にも入るだろうと思ってただけなんだ」
そこで改めて、音霧を殺さなくてよかったと猫田は思った。人間のように猫可愛がりはしないが、妖怪とて血筋は気にするものだ。その場合、特に我が子や孫は大事にするし、血統を何よりも重んじるタイプも存在する。
いくら猫田であっても、
そこらの妖怪と違って、一方的に嬲られるだけの戦いにはならない自負こそあるが、勝ち負けを考えれば、まず勝てないというのが猫田の見込みであった。
「あー…改めて言うが、悪かったよ。まさか、アンタに孫がいるなんて思ってなくてな…」
「ああ、気にしなくてよい。一度しっかり痛い目を見なければ解らんのだ。我らは人間ほど、物分かりが良くないからな」
「そ、そうか……」
「お爺ちゃん、そいつ私の事殺そうとしたっ!悪い奴だ!」
半べそで黙って話を聞いていた音霧が、猫田を指差して猛抗議している。猫田は一瞬冷や汗を搔いたが、流石は
「いい加減にせい。そもそもお前のろくでもない行動が原因であろう、もう一度雷を落とされたいか?」
「ひぃっ!?ご、ごめんなさいーーー!」
「はは…今時にゃ厳しい躾けだな。妖怪らしいが。しかし、こいつ、何かルルドゥに似てんな」
猫田はテレビをよく見ているので、人間の世相にもそれなりに厳しい。どちらかと言えば甘やかすタイプな猫田にしてみれば、今の人間達の考えも嫌いではないのだが、猫という動物的に言えば、実力行使は当たり前の躾でもある。そして、妖怪は動物寄りの生物だ。言って聞かない相手には力で解らせるのが常であろう。一歩間違えれば、猫田は彼女を殺すつもりでいたのだから拳骨で済めばむしろ御の字と言える。猫田は乾いた笑いをしつつ、二人のやり取りを眺めるのだった。