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第262話 緩い結末

「はぁ……助かったのはいいけど、結局、あの天眼様ってなんだったのよ。そもそも、狛はどうして助けが来るって解っていたの?」


 くりぃちゃぁの店内にある、一番大きいタイプのテーブル席に着いて、玖歌は安堵の呟きを口にした。他には神奈とメイリー、そして狛と土敷がそれぞれ席に着いている。尚、狛の前には大量の食事が置かれ、相変わらず凄まじいスピードで狛の胃袋に納められていた。

 一旦その手が止まり、狛は口元を拭きながら玖歌に答える。


「私は最初から、あれが水晶の中だって何となく解ってたからね~。玖歌ちゃんには解らないかもだけど、石にもちゃんとそれぞれ匂いはあるんだよ。あそこは見た目が草原だったのに草木の匂いなんか一つも無くて、玖歌ちゃんが握ってた水晶のペンと同じ匂いがしてたから、水晶の中に閉じ込められたのかなって。…それと光閃符で水晶の中から光を放てば、外に居る誰かは気付いてくれると思ったんだよね。まさかあんなに早く助けが来るとは思ってもみなかったけど」


 グラスに注がれた冷水をグッと呷って、ぷはっと息を吐く。狛も玖歌も、今回は直接命の危険を感じるような事は無かったが、それは別にしてあの場から脱出するのは困難だっただろう。それを告げたのは、二人が水晶から抜け出すのを出迎えた土敷である。


「神奈君が、君達がいなくなったって大騒ぎしてね。それを聞いて僕らもあの部屋を隈なく探していた所だったから、水晶が光ったのにはすぐ気付けたよ。しかし、本当に狛君は珍しい妖怪と縁があるねぇ……」


「珍しい?」


「ああ、天眼様あれは多分、目目連もくもくれんだよ。僕も長く妖怪として生きているけど、会うのは初めてだ」


「モクモクレンって?」


 名前を聞いてもピンと来ていないのはメイリーである。隣にいる神奈もあまり詳しくないので何が珍しいのか、よく解っていないようだ。そんな二人の様子をみて、玖歌が説明を始めた。


「目目連っていうのはね、たくさんの目玉が集まって行動する妖怪のことよ。障子に無数の目が浮かんでこっちを睨んでくるって話、聞いたことない?」


「いやぁ、ウチにショウジとかないから…」


「私の家もマンションだからな……でも、母方の祖母の家で、子どもの頃に見た事があるよ」


 ああ、この子達はイマドキの子なのだと、玖歌は天を仰いだ。ほんの数十年前までは和室のある家は当たり前だったので、昭和生まれの怪異であるトイレの花子さん…即ち玖歌は障子の存在を見聞きしている。ただ彼女自身も棲み処が学校のトイレだったので、実際に障子に触れた事はほとんどないのだが。

 そんな三人の話しぶりに苦笑しながら、土敷は説明を引き継いだ。


「正確に言うと、その亜種だね。目目連は出自がハッキリしていないせいで、亜種もたくさんいるんだよ。障子とは関係なく、夜、眠っている侍の布団にたくさんの目玉が現れて、翌朝には侍の目玉が無くなってしまった…なんてのもね。彼らは元々人が恨みを持って妖怪になったとか、或いは百目鬼どうめきという鬼の眷属だったとか、とにかく色々な生まれがある。一目連という鍛冶の神から派生したなんて話もあるくらいさ」


「へぇ~!オモシロイね、妖怪って!」


「あまり面白がっていいものとは思えないが……しかし、それがどうして天眼様に?」


「うーん、理由は本人に聞いてみないと解らないけど、たまたま怪異として存在が固着したんじゃないかな?人間風に言えば『レア個体』って所だよ」


 ちょっとした妖怪講義が始まって、メイリーや土敷は楽しげだ。しかし、それを言うなら、座敷童の癖にコンセプトカフェを経営する土敷も十分レアだし、学校から離れてくりぃちゃぁのトイレに住んでいる玖歌も一風変わった個体と言えるだろう。長く年経た妖怪でもなければ、彼らは強い個性というものを持たないのが一般的である。狛の周りに、彼らのような存在が集まっている事が異例中の異例なのだ。

 ちょうどその時、スタッフルームのある店の奥から一人の若い男性が出てきた。服装こそ今時の若者のようだが、色白で髪が長く、かなり線の細い体型をしている。少し足元が覚束ないのは生まれつきらしい。危なっかしいフラフラとした足取りで、彼は狛達の元に近づいてきた。


「……土敷さん、終わりました。…彼は、ここで保護されたいと言っています。……あの、座ってもいいですか?」


「ああ、構わないよ、楽にしてくれ。というか、君、またやつれたんじゃないか?」


「…だ、大丈夫です。……ちょっと休めば、すぐよくなります。…俺だって、ちょっとくらい役に立たないと…ウッ……!」


 儚そうな見た目通りに、彼は向かいのテーブル席に腰を下ろし、何やら呻いている。彼の名は百地泡沫ももちウタという、最近くりぃちゃぁにやってきた妖怪だ。とにかく虚弱体質で、数メートル歩く度に休まねばならないほど体力がない。少し前までは人間の女性に保護されていたらしいのだが、光の龍が現れて以降、妖怪であることが露見しそうになった為、女性の元を出て彷徨っていたのだとか。そこを土敷に拾われたのであった。


「大丈夫かい?上階うえで寝ていてもいいんだよ?」


「……そんな?!俺、やれます…役に立たないかもしれないけど……やらせて下さい。…ああ、でも、俺がいると迷惑ですよね……はは、俺っていつもそうだ……いやだなぁ、気を遣わせてばっかりで……俺なんて…」


「いやいや、そういうのじゃないから、うん。…じゃあ、天眼様のことは頼むよ。」


 くりぃちゃぁの入っているビルの上階は、そのまま土敷や他の妖怪達が暮す雑居スペースである。あまり接客に向かない妖怪達などは普段そちらで眠っていたり、それぞれに向いた仕事を任されているのだが、そんな中で泡沫ウタはただ寝ているだけというのが辛いらしい。とはいえ、余りに虚弱な彼に接客は厳しいので、もっぱら彼に任されているのは面接である。くりぃちゃぁで保護を求める妖怪達が来ると、まず彼が話をして、受け入れるかを決めるのだ。


「え?土敷さん、天眼様をここで保護するんですか?」


「うん、そのつもりだよ。彼は逸話を歪められてしまったからね、ここを出てもまた人に危害を加えるだけだろう。話が落ち着くまで、うちで休んでいたいと言っていたんだよ。そうだろ?泡沫ウタ


「……はい。…そう言っていました。…彼は何かに怯えていたようで……これ以上、人を傷つけるのが怖いとも…はは、俺みたいだ。……俺も人の役に立ちたいだけなのに…俺はいつも……」


「ああ、うん。君は役に立ってるから大丈夫だよ。…というわけでね。幸い、彼の逸話が歪められたのは、まだごく最近の話みたいだから、歪んだ話を打ち消すのは簡単だろう。今は手分けして、彼が水晶に捕らえてしまった子ども達を助けに行かせているよ。連れ去られた子ども達が帰ってくれば、後は元通りの逸話を流すだけだ。新しい被害者を出さないように、天眼様には当分の間、眠ってもらうことになるけどね」


「そう、なんだ……」


 玖歌は明らかに肩を落とし、残念そうに呟いた。天眼様から情報を聴き出せはしたが、それはかなり限定的なものである。せめて三つ目の質問だけはしておけばよかったと、後悔してもしきれない。ちなみに、天眼様は三つの質問を終えると、相手の目玉を自分の目とリンクさせてしまうそうだ。狛が想像した通り、そうやって自分の代わりとなる目を増やして情報を集め、またそれを次の質問に答える為の知識として蓄えるのが目的だったらしい。

 狛達が目をつぶった時、天眼様の視界を見る事が出来たのも、質問によって互いの目に縁が生まれていたからだ。これまでに天眼様を呼び出した子ども達も、同じように繋がりが出来てしまっているようだが、そちらは時間が経てば徐々に影響が抜けていくという。元々人に危害を加える怪異では無かった事が、不幸中の幸いである。

 そして、天眼様は休眠に入ってしまった為、玖歌はそれ以上ミカについての情報を得ることは出来なくなってしまった。それでも手掛かりは掴めたので、一歩前進したとプラス思考するしかない。

 落ち込む玖歌を励ましながら、こうして狛達は今回の騒動を終えた。危険な戦いにならなかったことを、どこかで安堵しながら。

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