目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第261話 分れた双眸

「え?あれ、ここって…どこ?」


 気が付くと、狛は見慣れない草原の只中にいた。見渡す限りだだっ広い、遮蔽物の何もない草原で、無風である。これが現実の空間でないことは、狛にはすぐ見抜くことが出来た。スンスンと鼻を鳴らして匂いを辿ってみても、草の匂いはおろか、自然にあるはずの生物から出る臭いが一切感じられないからだ。幻覚やまやかしというよりも、閉ざされた閉鎖空間……即ち異界のような場所であると推測したのだ。


 さきほど、玖歌が呪文を唱えて天願様を呼び出そうとしていた所までは覚えている。プリズム状に輝く光に包まれたかと思った次の瞬間には、もうこの場所に立っていたのだ。恐らくはあの光が狛達を捕らえたのだろう。ただ、そうであるならば玖歌もどこかにいるはずである。天願様を呼び出す為に、光の中心にいたのが玖歌だったのだから、先にここへ来ている可能性は十分にあった。


「んー、何となく、すっごく薄いけど玖歌ちゃんの匂いがするような……なんだろ?分厚い布で遮断されてるみたいな感じ」


 同じ部屋にいるのに、厚いカーテンで区切られているようだと狛は感じていた。不思議な感覚だが、何故かそれほど間違っていないような気がする。お互いに同じ場所にいても認識できないというのは、かつて猫田と出会ったばかりの頃、少女の霊と母の霊を引き合わせた時に酷似している。しかし、狛は自分が死んでしまったとは思っていない。何らかの力で認識を阻害されていると言うのが一番正しいだろう。


「あの光を浴びたら、強制的に連れて来られちゃうってことかな。なら、まずは玖歌ちゃんと合流したいんだけど」


 狛は改めて周辺を見回して、どうするべきか考えていた。闇雲に動き回ってみるのもいいが、薄っすらとでも玖歌の匂いを感じる以上、ここから動くのは違う気がする。玖歌の場合は狛ほど超感覚に優れていないので、まず動いて情報を収集しようと考えたのだが、狛は全くの逆であった。

 本来、熟考してから動くのは玖歌で、とにかく動いてみようとするのは狛の方であるせいだろうか、動かず考えていてもいまいち良案は思いつかない。ウンウンと唸って首をひねっていたその時、にわかに辺りが暗くなり狛はハッとして空を見上げた。


「す、凄い!なんておっきな眼。もしかしてこれが……あ、天眼様ってそう言う事、なのかな?」


 玖歌と同じような感想を抱いて、狛はその目を見つめていた。巨大な目…即ち天眼様の方も、狛をじっと凝視していて、睨み合うような形で互いに様子を窺っている。そんな張り詰めた緊張感の中、先に声を上げたのは天眼様の方であった。


『我が名は天眼。世の一切を見通す天の瞳なり。汝。我に問う言葉を示せ。』


「頭の中に声が…!?テレパシーか、ちょっと面白いかも」


 声を上げたと言っても玖歌の時と同様に、狛の頭に直接語り掛けただけである。狛は予想外の感覚に戸惑いこそしたが、それほど不快に思ったわけではないようだ。むしろ、どういうわけか楽しくさえ感じていてどうしてこんなに落ち着いていられるのか、自分でもよく解っていないようだった。


『さぁ。汝の問いを与えよ。どんな事にも必ず三つだけ答えてやろう。』


「あ、そっか、質問か。どうしようかな?玖歌ちゃんに頼まれたのはミカちゃんに関することだけど……」


 困ってしまったのはそこだ。狛は元々、天眼様に聞きたいことなど特にない。玖歌が天眼様に出会えなかった場合、保険として質問するよう頼まれていたが、自分がここで天眼様に出会っているということは、玖歌もここに来て天眼様に出会っているはずだ。敢えて同じ質問をする必要はないだろう。

 とはいえ、聞きたい事が特にないのも事実である。少し考えて、狛は玖歌の事を聞いてみることにした。


「それじゃ、教えて。玖歌ちゃんはここに来ているの?あなたともう会って質問をした?」


『……』


 狛の問いかけに、天眼様は答えない。聞こえてはいるはずだが、教えたくないという雰囲気が伝わってくる。だが、どんな質問にも答えてくれるという逸話の制約がある以上、天眼様は答えないわけにはいかないのだ。

 聞こえているのかな?と思った狛が、もう一度喋ろうとした時、ようやく天眼様は狛の脳内に話しかけてきた。


『戸野入玖歌は。確かにここに来ている。しかし。質問の有無は……答えられない。』


「答えられないって……!」


 それはあまりにも無責任な返答だ。狛は思わず食って掛かりそうになったが、寸での所で踏み止まった。これは何かがおかしい、答えられない理由が解らないのだ。もしかすると、質問の回数を無駄に消費させようとしているのではないか?という疑問が狛の頭に浮かんだ。もしもそうであるならば、余計な事を言うのは相手の思う壺だろう。狛は咄嗟に黙って考えを模索することにした。


(三つだけ質問に答えてくれるって言ってたけど、三つ質問しきったらどうなるんだろう?質問の後の事は特に決まってなかったよね)


 そもそも連れ去られてしまう事自体が、後付けで変化したものである。天眼様は本来、質問に答えてくれるだけの無害な存在であったはずだ。戦う力があるようには思えない。そうして狛が考えを巡らせようと目をつぶった時、あのヴィジョンが瞼の裏に浮かんだ。


「あれ、玖歌ちゃん…?目をつぶると、玖歌ちゃんが見える!?」


 位置関係からして、これは天眼様の視界のようだ。理屈は解らないが、自分の目をつぶると天眼様の視界で物を見られるらしく、空から見下ろす形で玖歌を見ている。その中で、玖歌は焦った様子で同じように目をつぶっていた。もしかすると、彼女もこちらを見ているのかもしれない。そうしている内に、少しずつ視界が広がってクリアになっているような感覚に陥った。ゾッとして咄嗟に目を開き、狛は自分の目が失われていないか慌てて探ってみる。特に異常はなかったが、あまりあの視界を利用するのは危険そうだ。


(天眼様の目と、私の目が繋がり始めてたみたい……!もしかして、天眼様は…)


 天眼様は全てを見通す目を持っているという。もしかすると、それは単なる怪異としての権能だけではなく、そうやって自分の目のを増やして実際に世の中を見ているのではないだろうか?だが、それなら連れ去って閉じ込めてしまっては意味がない。


(ううん、違う…!人を閉じ込めちゃうようになったのは、からなんだ。元々の天眼様は、きっと……そうだ!)


 そこに着想を得た狛はイツを呼び出し、狗神走狗の術で人狼化をする。そして、懐から一枚の霊符を取り出すと、ありったけの霊力を込めてそれを解き放った。


「ごめんねっ!」


 爆発するかのような強烈な光が、狛の手の内から溢れ出す。それは光閃符という霊力を光に換える目くらましの霊符だ。かつて無間地獄で緑鬼の目を潰すのに使った霊符でもある。巨大な目そのものである天眼様には、それはさぞ強烈な一撃であっただろう。天眼様は上空にいるので、とてもではないが手が届くことはない、それは他の霊符も同様だ。だが、光なら、狛の持つ膨大な霊力を光に換えた光閃符ならば十二分に届くだろう。


『オ、オオオオオオオオッ!!』


 眼をかれた天眼様の絶叫が狛の頭に激しく響く。あまりの轟音で脳を揺さぶられたような錯覚に陥るが、気を失うわけにはいかない。狛はそれに耐えながら、自らの予想が正しい事を願った。そして。


「え、狛っ!?どうして?!」


「玖歌ちゃん!やっぱり、思った通りだったよ!」


 狛の頭上にいた天眼様がその目をつぶると、突如として目の前に玖歌が現れた。狛が考えたのは、天眼様の目が二つあるのではないか?ということだ。別々の目で狛と玖歌を見ているから、二人は分かたれているのだと推測したらしい。そして、それは見事に的中した。天眼様が片方の目を閉じた事で、二人の居る位相のズレが無くなったのだ。


「玖歌ちゃん、目を開けて!天眼様の視界と自分の目を繋げちゃダメ!きっと、もうすぐ助けが来るから!」


「助けって…どこから!?」


 玖歌が戸惑いの声を上げた直後、ビシッという硬く何かが砕ける音がした。その音はいくつも続いて、やがて空を覆っていた天眼様の目に大きなひび割れが起こっていく。狛と玖歌は離れないように抱き合って、その光景を見つめている。どんどんとひび割れの数が増えて大きくなり、いよいよその形を保てなくなった時、天眼様の目ごと空が割れて、二人は元居たくりぃちゃぁの一室に生還できたのだった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?