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第260話 意外過ぎる真実

(空を覆い尽くすほどの巨大な目……なるほど、とはよく言ったもんね。それにしてもこれは…どうしたらいいのよ)


 玖歌は圧倒的という言葉を、これほど体感したことはない。確かにこれが天眼様なら、というのも頷ける話ではある。当初は、視られているという感覚に気付けなかったのも納得だ。しかし、気になるのは巨大な目の怪異であることよりも、その目だけの相手と、どうコンタクトを取ればいいのか?という点にある。何せ相手は目玉だ、顔も無ければ口も無い。手足はおろか体すら見当たらないのだから、コミュニケーションを取ろうと言う方が無理なのではないかと思えてくる。


 妖怪同士ならば、ある程度は思念で会話も出来るはずだが、玖歌はそれすらも試みる事を忘れるほど天眼様の迫力に飲み込まれていた。


 ややあって、玖歌はまず己の疑問を正直にぶつけてみる事にした。この空間に来た時同様、まずは何か行動してみないと始まらないと悟ったからである。


「ああ、ええっと、あんたが天眼様…でいいのよね?アタシをここに連れてきたのも、あんたってことでいい?」


『如何にも。我が名は天眼。世の一切を見通す天の瞳なり。』


「あ、頭の中に直接…そう、まぁ、意思の疎通が取れるならなんでもいいわ」


 玖歌は頭に直接響く天眼様の声に思わずたじろいだ。まるで脳が揺らされるような、非常に大きな声だ。この大きさの目玉なのだから当然ではあるが、そもそも思念で会話する事自体久々なせいもあるだろう。気を取り直し、念を押すように逸話の確認に取り掛かる。


「それじゃ、どんな質問にも答えてくれるってのも合ってるのね?」


『同意。万物全て我が眼に隠する事あたわず。但し応答は三つ迄也』


「え?限りがあるの?初めて聞いたわ、そんなの……って、ちょっと待って、まさかこの会話もカウントしてるんじゃないでしょうね!?」


 初めて聞く逸話に無い情報を受け、玖歌は激しく狼狽うろたえた。なにせ、ここまでで既に三つ以上質問をしてしまっている。確認したかったとはいえ、何も知らずに聞いてしまったので非常にマズい事態だ。もしもそれらが計上されていたら、このまま会話が終了しかねない。いささか頓智とんち染みた話ではあるが、妖怪とは得てしてそう言うものである。人を騙したり、煙に巻いたりするのはお手の物なのだ。それが例え、同じ妖怪相手であってもである。


 冷や汗混じりに問うた玖歌の言葉に、天眼様は全く変わらぬ調子で答えた。このやり取りを何度もしている、そんな気がする答えだった。


『否。汝が真に願うものでなければ、数には数えぬ。』


「そう、ならよかったわ。けど、三つ…三つか……」


 玖歌はそう呟いて、頭を悩ませた。聞きたい事は明確に決まっているが、三つとなると中々困る。一つはミカの安否、もう一つはミカを攫った妖怪についてだ。最後の一つが余ってしまうので、何にするべきかを考えなくてはならない。


(ここから出る方法でも聞く?それとも、他に連れ去られた子達がどうなっているかを聞くべき?…迷う所ね)


 正直な話を言えば、玖歌にとっては他に連れ去られた子ども達よりも、自分が元の世界に戻る方が重要である。そもそもここがどういう場所なのかもはっきりしていないのだ。現実世界のようでもあるし、天眼様が作った異界のように特別な空間のような気もする。もしそうなら、脱出方法を聞くのは重要だろう。ただ、玖歌にとってはそうでも、狛達はどう思うだろうか?協力してくれた狛達の為に、一つくらいは質問を使った方がいいのではないかという意識が生まれて、玖歌は悩んでいた。


『さぁ、汝の問う願いは何か。』


「ちょっと待ってよ…そうね。じゃあ、まず一つ目、ミカ…アタシの友達は生きているか、教えなさい!」


 それは玖歌の中で、最も知りたくて、最も知りたくなかった疑問である。ミカが目の前で消えてしまってからおよそ40年…彼女が生きていると願うには余りにも時間が経ちすぎていた。だが、それを知らなければ先には進めない。ミカが生きているのか、それとも死んでしまっているのかまずはその答えが必要だった。


『是。答えよう。汝の友。饗場深香えんばみかは……』


 ごくりと玖歌が息を呑む音が周囲に響いた。そもそも、天眼様と玖歌は思念で会話をしており、この場には風すら吹いていないので、無音である。それ故に音が良く響くのだが、それを聞いているのは玖歌しかいない。そうして帰ってきた答えは、また途方もなく信じ難いものであった。


饗場深香えんばみかは。生きているとも言えるし。死んでいるとも言える。極めて不安定な状態にある。』


「はぁ!?何よそれ!?どういうこと?!」


『是。二つ目の質問に答えよう。汝の友。饗場深香えんばみか。既に神と一つになった饗場深香えんばみかは生きてもいるが。死んでもいる。』


「そん…なの、って……!」


 予想外過ぎる答えに、玖歌は言葉を詰まらせた。ミカを攫ったのは隠し神によるものと考えていたが、隠し神というのはあくまで神隠しをする妖怪達の総称だ。本物の神はそこには含まれていない。相手が神で、しかも取り込まれてしまっているとなると、救う方法は皆目見当がつかないのである。どうやったら彼女を救えるのか、そもそもその神は何者でどこにいるのか、そんないくつもの疑問が頭に浮かぶ中、はたと冷静になって浮かんだ事があった。


(ちょっと待って、今、何て言った?二つめの質問に、答えた……?いけない!質問を二つ使ってしまった事になってる!?それじゃ残りは後一回きりだって言うの?そんな…!)


 うっかり感情に任せて口にした言葉がカウントされてしまったのは痛いが、知りたかったことでもあるのが救いだ。だが、こうなると最後の質問はかなり慎重にならざるを得ないだろう。

 ミカを攫い、取り込んだと言う神の情報は喉から手が出るほど欲しいものだ。しかし、それは残り一つの質問だけで全ての答えが手に入るものだろうか?今のやり取りからして、天眼様はそこまで親切な存在ではない。何故なら、彼は敢えてその神の情報を教えていないからだ。もしも、一を聞いて十を知るような答えが返ってくるのなら、ミカを攫った神の名をぼかす必要はない。としか答えなかった時点で、そこには別の質問が必要で、質問の回数を増やそうとしているのは明らかだ。


(マズいわ、質問の数が足りない…くっ、最初からもっと慎重に質問をするべきだったわ。どうしよう、どうしたらいいの?!)


 一つ質問があまるかもしれないなどと、甘い考えをしていた自分が憎らしくなる。これが願いを叶えてくれるというのなら、いっそのこと願いを叶える回数を増やしてくれと頼む所だが、質問に答えてくれるだけではそうもいかず、玖歌は迷い悩んでいた。

 そして更に、追い打ちをかける事態が玖歌を襲う。それは玖歌が悩んだ末に、頭に手を当てて目をぎゅっとつぶった瞬間であった。


「え…!?狛?」


 瞼の裏に映ったのは、狛の姿である。同じ草原のような場所で、狛がこちらを見上げて立ち尽くしていたのだ。それは幻覚と考えるには、不自然すぎるリアリティーのある場面だった。だが、狛がここにいるはずはない。目を開けて辺りを見回してみたが、どこにも狛の姿は見えない。目をつぶった時だけ、まるで天眼様の視界を奪ったかのように、狛の姿が見えるのだ。


「…まさか、狛も巻き込まれてここに来ているの?天眼様を呼び出したのは私のはずなのに……どうして!?」


 その疑問に、天眼様は答えない。答えられたら終わりだったが、流石にそこまで悪辣ではないようだ。玖歌は今自分が見たものの真実を確かめるべきか、更に迷うのだった。

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