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第258話 玖歌の決意と覚悟

「クッカちゃん、おひさ~!ゲンキしてた~!?」


「メイリー落ち着け、玖歌とは先々週にも会ったばっかりだろう」


 放課後、学校帰りの狛達は玖歌に呼び出されていた。くりぃちゃぁの店内に入るなり、玖歌に抱き着いたメイリーを冷静に神奈が抑えている。メイリーが学園を辞めてからまださほど時間は経っていないが、狛よりもさらに輪をかけて人懐っこいメイリーには寂しさもひとしおだったらしい。玖歌に会えて嬉しくて仕方がないという様子だった。これには玖歌も慣れっこになってはいるが、流石にこの距離感は少々疲れるものがある。そんなやり取りを、最後に入ってきた狛は笑いながら見ていた。


「ホントは狛だけでよかったんだけどね……まぁ、いいわ。三人共いらっしゃい。席は何処でも好きな所使っていいって言われてるから、気にせず座って」


「はーい」


 言われた通りに店内に入ると、四人で座るにはやや大きい6人掛けのテーブルにメイリーが飛びついた。普通ならば絶対に選ばないだろうが、これは大食漢の狛を考慮しての選定である。何しろ狛ときたら、あっという間にテーブルを埋め尽くす勢いで食事を頼むので、テーブルはなるべく広い物を選ばないと他の人の分が置けなくなってしまうからだ。


 とはいえ、今日の狛は食事をしにきたわけではないし、昼食は学食のご飯を多めに食べてきたのでそこまでお腹は空いていない。精々大盛チャレンジ店のデカ盛りメニューを二つ平らげられる程度の腹具合だ。ただし、それは狛本人の見通しであり、はっきり言って甘いと言わざるを得ない。狛の胃袋はそんな常識に囚われるものではないのだ。


「はい、コーヒー。あ、紅茶は神奈のね」


 そう言って、玖歌は手際よく三人分のコーヒーと神奈の分の紅茶を持って席にやって来た。神奈だけが紅茶なのは、単純に好みの問題だが、それをわざわざ注文しなくても用意できるのは、それだけ彼女達が気心の知れた中であるということだろう。

 そのまま一緒の席に着いた玖歌を入れて、全員が一息ついてから、狛は口を開いた。


「それで玖歌ちゃん、急用ってなんだったの?」


「…そうね。早速なんだけど、これを見てくれる?」


 そう言って、玖歌は自分のスマホを差し出して、全員に見えるようテーブルの中央に置いた。画面には先日知った天願様についての情報が表示されている。


「んん?なにこれ、テンガン…サマ?」


「そう。まぁ、一種の降霊術ね。昔、こっくりさんとか、エンジェルさんとか流行ったでしょ?ああいう遊びよ」


「ああー!こっくりさん、流行ったねぇ。小学生くらいの時に……あれ?でも、何か一瞬だけ流行ってすぐ皆やらなくなっちゃったよね。どうしてだっけ?」


 メイリーが首を傾げながら、かつての日々を思い出す。それを聞いた神奈は遠い目をした後、少しだけ頬を紅潮させて言った。


「ああ、あの時はちょうどメイリーが別のクラスだったから知らなかったんだな。こっくりさんがクラスで流行り始めた頃、狛が怒ったんだよ。遊び半分に霊を呼び出したりしちゃいけないって…恰好良かったなぁ、あの時の狛は。普段、滅多に怒らない狛が凄い剣幕で怒ったから、うちのクラスでは一気に熱が冷めてな。多分、その勢いが学年全体に広まったんだと思う」


「あ、あはは……!あったね、そんなこと。恥ずかしいなぁ…」


 少しだけ照れた顔で、狛は頭を搔いていた。当時小学生だった狛だが、既に稼業で霊や妖怪の怖さというものはよく理解していた。子どもが呼び出せる程度の存在に、大した害を与えるものはいないと言っても、子どもは往々にして敏感で繊細である。直に被害を受けなくても、影響を受ける事はままある事なので、狛は決して遊び半分でそれらに関わってはいけないよときつく言い含められていたのだ。

 その頃から男女を問わずにクラスの中心で、人気者だった狛が本気で怒った為に、クラスメイト達は衝撃を受けた。滅多に怒らない人物が怒ると非常に怖いと感じるあの現象である。もちろん、ただ怒っただけでなく、万が一にも強力な存在を呼び出してしまったら危険だと言う事も一緒に言っていたせいか、自分達を心配して狛が怒っている事を感じたクラスメイト達は完璧に狛に従った。子ども同士の繋がりは強く、結局その影響はゆっくりと全学年に広がっていったようだ。余談だが、その後しばらく、狛のあだ名は『陰陽師』となって、密かに憧れられていたらしい。


「えー!?そんなことあったんだぁ!知らなかったよ~!コマチが怒ったトコ見てみたかったな~」


「ええ!?や、止めてよー、もう!」


 ニシシと笑うメイリーに、狛は照れ隠しに怒ってみせた。そんな和気藹々わきあいあいとした空気の中で、ふと神奈が気付く。


「そう言えば、この天願様というのは何なんだ?うちの学園で流行ってるなんて、聞いたことがないが…」


「そうね、それじゃ話を続けるわ。これは少し前から中学生を中心に流行ってる遊びだったみたいなのよ。…で、こっちも見て頂戴」


 玖歌がスマホを操作してみせたのは、あの学校専用の掲示板である。そこに書かれている内容を読むと、狛も神奈も、メイリーまでもが眉をひそめた。冗談にしては笑えない、そんな表情だ。


「生徒が行方不明…?本当なのか?これは」


「ええ、知り合いの探偵に頼んで調べて貰ったんだけど、確かに行方不明になっている生徒がいるみたい。学校は表沙汰にしていないみたいだけど、クラスメイトや関係者の間じゃ、公然の秘密って所ね」


 それを聞いた全員の顔が曇り、特に狛は嫌な予感が強くなっていた。それを察しているのかいないのか、玖歌は話を続けていく。


「色々調べてみたんだけど、元々この天願様というのはどんな質問にも答えてくれるっていう、割と当たり障りのない存在だったらしいわ。それが段々と、願いの代償に人を傷つけたり、危害を加える存在へと変わっていったみたいなの。……これは、異常だわ」


 玖歌の言葉に重みが増した気がする。強い感情が乗ったような、迫力を感じる言葉だった。その原因が何なのか解らずに神奈が聞き返した。


「異常、とは?」


「アタシも都市伝説系の怪異だから解るけれど、アタシ達の存在は噂される逸話によってかなり影響されるのよ。例えばアタシ達花子さんは、元々、学校のトイレで子どもを遊びに誘うだけの怪異だったわ。それが数十年という歳月を経て、怪異らしく変わっていった。子どもを襲うとか、ね。でも、それはそんなにすぐ変わっていくものじゃないのよ。だって、アタシ達の力の源は人の噂だから。伝言ゲームみたいに徐々に変わっていくけれど、一年やそこらでここまで大きく変わったりしないものよ」


 玖歌の説明で、彼女が何を言いたいのか少しずつ解ってきた気がする。つまり、この天願様という降霊術はのだ。玖歌は同じ怪異として、そんな歪められた存在に心を痛めているのかもしれない。そう思った狛は、玖歌の手を優しく握ってみせた。学園を離れても一人ではないと伝えるように。


「え?狛、何?どうしたの?……神奈の視線が怖いんだけど」


「えと、玖歌ちゃんは一人じゃないよって、思ったんだけど…」


「……あのね、慰めてくれるつもりなんだろうけど、アタシは別にこの天願様に同情してるわけじゃないのよ。そもそも、アタシ達は人間の味方ってわけじゃないし、人に仇なすようものへ変わってしまったことに同情なんてしないわ。顔見知りってわけでもないしね」


「ん?じゃあ、一体何が気になっているんだ?まさかこの行方不明になった生徒達を助けたいとでも?可哀想ではあるが、それこそ知り合いでもないんだろう」


 神奈の疑問を聞き、玖歌は説明が足りなかったと溜息を吐いた。そして、考えていた想いを吐露する。


「アタシが言いたいのはね、天願様の変化が早すぎるってことよ。さっきも言ったと思うけど、怪異は変化していくものでも、こんなに早く変わることはないの。仮に誰かが逸話を歪めて広めているとしても、まだ、大元の逸話は消えていないはずだわ」


「玖歌ちゃん、もしかして…」


「そうよ、天願様はどんな質問にも答えてくれる。……アタシがずっと探しているミカの居場所も、あの子を攫った妖怪のことも、天願様なら解るかもしれない。だから、この天願様を呼び出そうと思うの、その行方不明になってる子達の事は…まぁついでに助けられればってとこね。狛に協力して欲しかったのは、それの手伝いよ」


 玖歌の思惑を聞き、狛達は全員息を呑み込んでいた。鬼気迫る覚悟を見せる玖歌の迫力に、異を唱えられるものはいない。ただ、狛の胸に不安だけが大きく広がっていく事を感じているようだった。

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