数名の女子生徒が、机を囲んで座っている。手には何か不思議な物を握り合っていて、その下には五十音が記された一枚の紙が置かれていた。放課後の教室は静かで、彼女達の他にはもう誰もいない。換気の為か少しだけ窓が開かれていて、そこから校庭で部活動に勤しむ生徒達の声が聞こえている。しかし、昨今の心霊現象騒ぎが尾を引いているのか、その声はいつもより少ないようだ。西日が差し込む教室内で、女子生徒達は緊張した面持ちのまま、静かに
「天願様、天願様、おいで下さい…どうか私達に、大いなる知恵をお貸し下さい。天願様、天願様、どうか…」
怪しい文句を唱えながら、女子生徒達が何かを呼び込んでいる。その内に、彼女達が握っている不思議な物体がにわかに震え出し、やがて教室の中を眩しい閃光が包み込んでいったが、その異常に気付いた者は誰一人としていなかった。そのまま光が消えると、そこにいたはずの女子生徒達は、煙のように姿を消していた、儀式の痕跡だけをその場に残して。
「ふぅ……空腹だわ」
モップの柄に顎を載せ、玖歌が小さく呟いた。神子学園を辞めてから、彼女はくりぃちゃぁのトイレに住み込んで手伝いをして暮らしている。心霊現象が頻発する世界になった為に、学園のトイレに潜んでいるのが難しくなったせいもあるが、一番痛いのは夜に出歩く事が出来なくなったことだ。少し前までは付き合いのある探偵の手伝いとして夜の街を歩き、必要な情報を得ながら人間の生気をちょっぴり吸って帰るということもしていたのに、この一連の騒動のせいで力の無い人間にも生気を吸う瞬間を見られたり、ともすれば正体を看破される恐れも出てきたので迂闊に外を出歩けないのである。
学園を離れてからは生徒達からこっそり生気を頂く事も出来ず、最近は空腹でいる事が多い。一応、土敷から人間の生気を頂いてもバレにくいスポットを教えて貰っていて、最低限のエネルギーはそこで補充しているが、物足りないのも事実である。早々に学園を辞めたのは失敗だっただろうか?しかし、今や霊感の無い人間であっても、妖怪や怪異の気配を感知したり隠している姿を見破られたりするのが当たり前になってしまっているとなれば、やはり多くの生徒達の前に姿を晒すのは危険だろう。
任されているくりぃちゃぁのトイレ掃除も終わり、本格的にやる事がなくなった玖歌は、適当にスマホを弄って気を紛らわせる事にした。事情を知っている探偵からは仕事の手伝いを要請する連絡は来ていない。どうやらその探偵も、昨今の問題には手を焼いているようで、玖歌に手伝いを頼める状況でもないらしい。時折、不満を愚痴る内容の連絡が来るのでそれに付き合ってやるのが玖歌にとっても暇潰しになっている。
「ネットを見ても心霊現象絡みの話ばっかりじゃない。これじゃ、どんどんアタシ達の住める場所が無くなってくわね……」
今まで、一部の力ある人間にしか感知できなかった世界を普通の人間が目の当たりにすることが出来るようになって、人々は恐怖すると同時に、これ以上ないエンタメとして消費する者達が現れた。そう言った連中も今はまだごく一部だが、徐々に増えていくのは火を見るよりも明らかだろう。心霊スポットに突撃する配信者などの中には、この機に乗じて本物の霊や妖怪の姿をカメラに押さえようと躍起になっている者達もいるらしい。
彼らが本当に危ない場所へ足を踏み入れれば容赦なく命を落とすだろうが、そうなると次に出て来るのは、霊や妖怪達への
「…でも、考えようによっては、
玖歌が見つけたのはとある学校の掲示板である。本来、それは会員制で、その学校の生徒達や教師しか閲覧できないのだが、玖歌はトイレの花子さんという妖怪の権能のようなもので、それらを突破できるのだ。
たまたま見つけたその掲示板には、数人の女子生徒が行方不明になっているという書き込みがあった。それだけならば単なる家出の可能性もあるが、気になったのはその生徒達が、天願様という降霊術を試したのではないかという一文だ。
「天願、様…?聞いた事ないけど……」
玖歌はすぐさま、天願様というワードを基に他の情報を探してみた。すると、少し前の日付に遡っていくつもの情報がヒットした。どうやら、一年程前から密かな話題になっていたらしい。主に中学生の間で流行っていたようなので、高校生をやっていた玖歌には馴染みがなかったのだろう。
そのまま調べてみると、天願様がどういう存在なのかが解ってきた。天願様は呼び出すと知りたい事にどんなことでも答えてくれるそうだ。中学生らしく、好きな人に恋人がいるか知りたいだとか、友達が自分の事をどう思っているのか教えて欲しいなど、いくつかの実体験を交えた報告が見つかった。中には、学校のテストの内容を教えてもらい、高得点を取れたというものもあった。この手の降霊術にしては、実用性が高いようだ。
「ふーん、こういうのか…でも、それでどうして行方不明になるってのよ」
玖歌の疑問は尤もだろう。よくある類似の降霊術と言えば、定番はこっくりさんやエンジェルさんなどがあるが、それらはほとんどが集団催眠のような
そしてそういったものであっても、生きた人間を直接殺したり、連れ去ってしまうほどの力がある事はほとんどないと言ってもいい。そもそもそれほどの力がある妖怪や怪異であれば、降霊術など必要なしに人間を襲うだろう。つまり、この天願様というものもそう言う類のものであるはずだった。
しかし、時間が経つにつれて段々と、天願様の逸話には尾ひれがついて行く。気に入らない質問には答えないという所から始まり、つまらない質問をすると寿命を取られるだとか、呼び出した代償として身体の一部を奪われるなど、怪談としての側面が強くなっていったようだ。
玖歌は顔をしかめながら、古い物から順々に情報を集めていった。ただ、この手の降霊術で実害が出るところまで行くのは聞いた事がない。何故なら、こういった怪談につけ込む怪異は、人間に呼び出して貰わなければ意味がないのである。トイレの花子さんもそうだが、呼び出したことで不利益を生じることはあっても、明確に命を取られるだとか、連れ去られるという逸話は少ない。過激な方向にシフトしていく
都市伝説の中には、問答無用で無差別に人を襲うものもいるが、根本的にそれらとは在り様が違うのだ。
そして、降霊術系の怪異はその典型と言える。人が興味を持ち、それを試そうとしなければ、彼らはやがて忘れ去られて消えてしまうだろう。それ故に、極端な実害を逸話にすることはまず無いのである。
その為、徐々に凶悪化していく天願様の逸話を見て玖歌は眉をひそめ、そして目を疑った。
「何よ、これ……!?こんなのって…」
そこに書かれていたのは、天願様を呼び出した者が天願様に連れ去られるという一文だった。最初に見つけた掲示板の生徒達は、本当に連れ去られてしまったというのだ。何よりも恐ろしいのは、天願様が、