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第256話 先行きは不透明

「うぅむ……むにゃむにゃ…………はっ!?」


 ルルドゥが目を覚ますと、目の前にはしゃがんで頬に両手を当てた狛がこちらを覗き込んでいた。その両脇には人型に戻った猫田とショウコが並び立って、やはり彼を見つめている。


「な、なななっ!?貴様らいつの間にそんな巨大に…あっ!?こ、この体は……見るなっ、情けない姿の我を見るなぁっ!!」


「いや、どこにも隠れる所なんてないから…っていうか、これが本当の姿だったんだね」


「道理で弱っちいわけだぜ、本体はこんなちびっこい人形だったとはな。こんなのにムキになってた方が恥ずかしいじゃねーか…」


「うう、貴様らぁ、バカにするなぁ……!」


 頭を抱えて尻を隠せないルルドゥの姿は、まさに人形そのものである。どうもさっきまでの美丈夫な姿は、泥で作った着ぐるみだったらしい。今、狛達の目の前にいるルルドゥの身体は、とても小さな半獣人のような見た目である。雄ライオンのような頭に無造作なたてがみがついていて、首から下は人間に近い形だ。動きはスムーズだが、材質は木材と金属の中間のような、不思議な素材で出来ている。そして、体長は20センチほどだろうか。とにかく小さい人形だ。


「私、ルルドゥなんて神は聞いた事が無かったけど、あなた生まれたてだったのねぇ」


 ショウコはそう言って、ルルドゥの頭を優しく撫でている。こう見えて、彼女は母性が強いようで、小さなものに目がない性質である。もっとも、彼女の体格からすれば大概のモノは小さいので、愛でる対象は多岐にわたるのだが。


 結局、その後ベソをかきながらルルドゥが語ったのは何とも言えない話であった。


 何でも、ルルドゥは遠い昔、既に滅びた古代国家で神として祀られていた戦士の像がモデルであるらしい。半獣半人で勇猛なる戦士として描かれたそれは、見事な力を持っていたのだが、打ち滅ぼされたその国の歴史は完全に途絶えており、今は知る者もいないのだそうだ。そしてルルドゥは、その歴史が辛うじて途絶える直前に彫られた像である。作り手も来歴も解らぬ彼は、ヨーロッパの小さな国にある古びた雑貨店の片隅で、長い間埃をかぶっていた。

 元々のモデルが神であった為に、神となる素養は持ち合わせていたようだが、ルルドゥ自体にそんな力はない。彼はずっと微睡んでいるような感覚でいた所を、恋音の父親が見つけ、娘へのお土産に購入して持ち帰ったのだという。


 日本へ来てしばらくすると、ルルドゥは突然強い光に包まれた気がした。そこでハッキリと自我が覚醒し、自らをルルドゥと名乗るようになったのだそうだ。


「――という訳で、我は神としてこの国でやって行こうと思ったのだ…」


「そうだったんだ。でも、何で恋音れのちゃんを見初めたの?」


「恋音は父親が我を持ち帰った時、とても喜んでくれた……から。恋音なら、受け入れてくれると思ったのだ。なにより、その…我は、身体が小さい…ので、普通の人間は大きくて……」


「ああ、そっか。大きいと恐いんだね、それでかぁ」


「うぅ…かみなのに、くつじょくだぁ……」


 そう言って、ルルドゥはまた泣きべそをかき始めてしまった。確かに、これだけ身体が小さいとなると、狛やショウコのような大柄な女性は怖いのだろう。幼児くらいならマシだろうが、それは流石に花嫁にはなり得ないようだ。妙な性癖と言う訳ではなく、自らの体格を基にした判断であるということか。狛はその事情を理解すると、それ以上怒れなくなってしまった。傍目にはなかなか愛らしいマスコットのようだし、そもそも悪意も無さそうだ。


「まぁ、事情は解ったよ。あなたがそんなに悪い子じゃないのは察してたしね」


「あ?どういうことだ?」


 猫田が尋ねると、狛は少し困った顔をして頬を搔いた。そして、ルルドゥの頭を撫でながら優しく語り掛ける。


「今朝、恋音ちゃんが校舎の隅で泣いてた時、私を呼びに来たメイリーちゃんは偽物で、本当はあなただったんだよね。恋音ちゃんが心配だったんでしょ?」


「ど、どうしてそれを…?」


「それくらい解るよ。だって、メイリーちゃんに神気なんてあるわけないもん。全然隠せてなかったし…でも、あんな風に手の痕なんか残したら怖くなるに決まってるじゃない。あんなことしてたら、恋音ちゃんだって受け入れてなんかくれなくなっちゃうよ?」


「うぅ、そんなつもりじゃなかったんだぁ…!」


 どうやらルルドゥも、恋音を怯えさせてしまった事は悪いと思っているらしい。夢に出て来るにしても、もっと他にやりようはあったはずだが、彼は自我を持って間もないのでそこまで器用に力を使えないのだろう。大体の事情は解ったが、さても困ったのはルルドゥの処遇である。本人に反省の意思があるのはいいが、恋音はかなり怯えてしまっている。このまま恋音の元へ返しても、彼女が受け入れられるかは不安が残る。それに何よりも、ルルドゥ本体とは違って、あの槍の力はかなり危険だ。対処出来ない人間の手元に置いておくのは看過できない。


 そうしてどうしたものかと狛が頭をひねっていると、ショウコが助け舟を出してくれた。


「ねぇ、ルルちゃんは恋音ちゃんが持ち主なんでしょう?とりあえず軽く事情を話してみたらどうかしらぁ。もし怖くて嫌になっちゃったなら、くりぃちゃぁに来ればいいんじゃない?」


「でも、ショウコさん、土敷さんも大変なんでしょう?猫田さんから聞いてるよ、最近は匿って欲しいって妖怪がたくさん来てるって…」


「そこはまぁ、どうにかなるわよぉ。土ちゃんああ見えてお人形さんとか大好きなのよ?座敷童だからかしらねぇ」


 そう言ってクスクスと、ショウコは屈託のない笑顔を見せている。見た目は子どもでも土敷はいつも冷静でクールなキャラクターをしているので、人形が好きというのは初耳だ。その傍らで、猫田はバツが悪そうな顔をしてそれを黙って聞いている。もしかしなくても、それは土敷の秘密だったのではないかという気がして、狛は少し焦った。


「まぁ、最終的な行き場はともかく、恋音ちゃんにある程度は話さないとダメだよね。ルルドゥ君も、それでいい?」


「君って…我は神なのに……仕方ない、恋音を恐がらせてしまった罰だ…ううぅ」


 シュンと下を向いて狛達の提案を受け入れる様子は、何とも庇護欲をかき立たせる姿だった。くりぃちゃぁにこういうタイプはいなかったので、ショウコにとっても新鮮だったのだろう。どこか恍惚とした表情で、ルルドゥを見つめている。

 とはいえ、狛にとってもくりぃちゃぁでルルドゥを引き取ってくれるなら、こんなに安心できる所はない。もしルルドゥを放っておいて、まかり間違って槐の手にでも落ちようものなら、それはかなりマズい事になるだろう。あれから槐達の動向は掴めていないが、彼らがこれから何をしでかすつもりか解らない以上、警戒は必要だ。


 こうして、今回の騒動が一応の決着を見る中、猫田は内心で頭を悩ませていた。


(しかし、ルルドゥこいつは元々下地があったから神として目覚めたのは解る。その原因も十中八九、この間の龍点穴から出てきた光の龍アレだろう。囀り石と土敷の奴は新しい妖怪が生まれるかもなんて言ってやがったが、冗談じゃねぇ。こんな調子で神やが増えるようなら、妖怪や悪魔なんて、そこら中であっという間に増えやがるぞ。……こりゃあ、神野や山本さんもとの奴らに話を通しておく必要があるな。…はぁ、厄介な話になって来たぜ)


 猫田は空を仰ぎ、溜め息を吐いた。ショウコの作った異界は全体的に灰色がかっているが、空だけは美しい青さを保っている。猫田はひとまず、その美しい空を眺めて憂鬱な気持ちを落ち着けようとするのだった。







 一方、その頃、中津洲市の地下に存在する槐達の施設入口に、一人の男が立っていた。強大な力を持つその男は、魔王と呼ばれる肩書を持つ実力者だ。その男…神野は、この世の理を変えんとする槐をその手で討つ為に、この場を訪れたのである。


「……ここか?手間ぁかけさせやがって、しかし、相当強力な結界と隠匿術だな、大したもんだ。まぁ、中にどれだけ雑魚がいるんだか知らねぇが、俺が纏めて引導を渡してやるぜ。悪いな、山本さんもとのジジイよぅ」


 そう呟くと、神野は悪辣な笑みを浮かべて悠然と施設の中へ入っていく。魔王である自分の力に絶対の自信を持っている彼らしく、正面から堂々と突破するつもりのようだ。かくして、魔王神野はたった独りで、槐の懐へと乗り込んでいった。これから己の身に降りかかる事態を、つゆも想像せずに。

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