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第255話 それぞれの怒り模様

 ショウコの目から見て、このルルドゥという神は、およそ戦士の神を自称するには相応しくない存在に思える。隙だらけという点もそうだが、そもそもこのルルドゥという男からは、神としての威厳が全く感じられない。確かに顔や全身の造形は整っているのだが、それだけだ。

 もし神がトップアイドルであるとしたら、ルルドゥは精々クラスで一番格好いい男子という程度のものだろう。何なら他のクラスにもイケメンはいるし、学年で、或いは学校一番にはなり得ないような、その位の感覚だ。


 神に必要なものは、強大なパワーやそれに類する神話だけではない。人の信仰心を集める為の威光…即ち、圧倒的なカリスマが必要なのだ。


 例えばショウコのように、地域の人々を恐怖の底に落とし込んだほどの妖怪や魔物が神として祀られるケースもあるが、それは神として崇め奉ることにより、荒ぶる魂を鎮めるのが目的なのではない。そこには絶対の恐怖に裏打ちされた『強さ』が含まれている。つまり、人が恐れをなす程の妖怪が自分達を護ってくれるように願う、カリスマ性が存在するのだ。


「テメー、上等だ!いいから降りて来いこの野郎!いつまでも上から見下ろしてんじゃねーぞ!この金もやし!」


「なっ!?だ、誰が金もやしだ!誰がっ!?…大体、何故この神たる我が、下賤な魔物如きと同じ高さにわざわざ降りていく必要があるというのだ?!悔しいのなら貴様がここまで昇ってこい、この駄猫だびょうめが!」


「はぁ!?俺が駄猫だと!?テメーなんざ生っちろくて頭は金色で、どうみても金もやしだろうが!じゃなきゃ、金簾きんすだれだわ、このボケ!」


「ぐぬぬぬぅっ!おのれぇ貴様、言うに事欠いて!す、すだれとは…許さんっ!!」


 ギャーギャーと猫田と言い争う姿には、カリスマ性など全く見当たらない。なんというか、子ども同士の喧嘩を見ているような気さえしてくる有り様である。


「うーん……何て言うか、のよねぇ」


 ショウコは頬に手を当てて考え、ちらりと狛を横目で見てみた。最初にヒートアップしていた狛も、今ではショウコと同じような感想なのか、猫田とルルドゥの舌戦を見て呆気に取られている。どうもルルドゥは、まともに取り合うと色んな意味でヤケドしそうなタイプである。とはいえ、放置してこれ以上恋音れのを危険に晒す訳にはいかない。

 ただ、どうしても気になるのは彼の持つ槍である。ショウコの神としての直感が、あの槍を侮ってはいけないと警告しているような、そんな気さえしていた。


(…ちょっと試してみようかしら、ちょうど猫さんが気を引いてくれてることだしねぇ)


 ショウコは何かを思い立ち、足元に落ちていた拳大の石を拾うと、それを目にも留まらぬ速さでルルドゥへ投げつけた。


「ふん、この魔物風情がっ!?おわ!な、なんだっ!?」


「あら?」


 ショウコの投げた石は、凄まじいスピードでルルドゥの顔面を捉えたかに見えた。だが、奇妙なことにこちらには全く気付いていなかったはずのルルドゥは、視線をほんの一瞬たりとも石に向けることなく、手にした槍で石を打ち払い落したのだ。これには狛も、言い合いをしていた猫田も、そして何故かルルドゥ本人も驚きを隠せない様子である。


「え?今のって…?」


「ぬううぅ!不意打ちとは何と卑怯な!?これだから体躯の大きな女は好かぬのだ!やはり恋音、恋音こそ我が理想の花嫁である…!」


 確かに、ショウコの身体はかなり大きい。元々が大きな蛇妖である故に、今のように人に化けた状態でも八尺様と同等(およそ240センチ)の身長があるのだ。対する恋音は、高校生にしてはやや小柄で、狛の見立てでは150センチあるかないかという所だった。ただ、小動物的な可愛さと言うなら解るが、ルルドゥの口振りからすると、身体の小ささそのものを好んでいるようなニュアンスだ。そもそも、この男、さっきは恋音を自分の所有物であるかのようにも語っていた。それに気付くと、狛は顔を青くして呟いた。


「え、何かキモチワルイ……」


「聞こえているぞ小娘!神に向かってなんという口の利き方をする!?」


「だって、あなた…いや、恋音ちゃんを好きって言うのはいいけど、なんか含みがある気がするんだもん……」


「何が含みだ?!神が人を愛して何が悪い!」


「じゃあ、あなたは恋音ちゃんがショウコさんと同じくらい…ううん、私くらいの身長でも好きになった?」


「…………」


「黙らないでよ!この変態っ!!サイッテー!」


 流石の狛も、これには怒り心頭である。それが純愛であるならば、双方にとってより良い道を模索することもやぶさかではなかったが、ルルドゥの場合は完全に性癖である。人が人を好きになる理由は様々だし、場合によっては身体のサイズだったと言う恋もあるかもしれないが、恋音をあれだけ怯えさせ、命を危険に晒してまで貫こうという愛の形が単なる性癖だと言うのは到底許せない。そんなものに巻き込まれる恋音が可哀想だと、狛は怒っているのだ。


「き、貴様…か、神を捕まえて変態だとぉっ!?ああもう許さん、万死に値するぞ!」


「……お前、さっきから許さん許さんって言うばっかりで、全然攻めてこねーじゃねぇか。戦士の神だとか言ってやがったが、お前、弱いんじゃねーのか?」


「はうっ!?」


 驚いた心臓の動きが目に見えるような勢いで、ルルドゥは身体を硬直させてみせた。どうやら図星だったようである。すると、ルルドゥはブルブルと身体を震わせた後、怒鳴り声を上げた。怒りが頂点に達したのだろうが、涙を流して鼻水を垂らした形相は余りにも酷い。元が整った顔だけに余計に危ない顔になっている。


「もおおおおお!お前らは許さんぞおおおおッ!謝っても無駄だからなあああッ!」


「うわ……ちょっと、うぅん…」


「狛がそこまで引くなんて珍しいな…まぁ、俺もアレはどうかと思うが」


 空中で地団駄を踏むルルドゥに引く狛達だったが、次の瞬間に起きた事には別の意味で驚きを隠せなかった。ルルドゥが持っていた槍を猫田に向けてかざした途端、鋭いレーザーのような光が放たれて、猫田の頬をかすめ、地面に穴が開いたからだ。あと数センチズレていたら、猫田の顔面に綺麗な風穴が開いていたことだろう。


「なっ…!?」


「あの槍…やっぱり!」


 ショウコだけは、あの槍の異常性を警戒していたからか、すぐに反応して動くことが出来た。素早くもう一度石を拾って、ルルドゥに投げつける。しかし、泣き喚いているだけのはずのルルドゥに、その石はやはり命中しなかった。凄まじい反応速度で槍が石を叩き落としたからだ。


「な、なんなの?あの槍…まるで、自動的に動いてるみたい!?」


「あら、みたい…じゃないわぁ。たぶん本当になのよ。あの槍はそういう神器なんだわぁ…あれのお陰で、ルルドゥあの子は神を名乗れているのねぇ」


 ショウコの言葉に、猫田と狛は一滴の汗を垂らした。さっきまでは三流の神扱いだったが、あの槍だけでも相当危険な存在である。どうにかあの槍を手放させなければ洒落にならない事態を招きそうだ。三人はすぐにその場から駆け出し、三方向に分かれて走り回り、様子を見る事にした。

 そして、ルルドゥは滅多矢鱈に槍からレーザーを放っている。命中精度はそう高くなさそうだが、威力はかなりのものだ。合間に隙を見て、猫田は魂炎玉こんえんぎょくから熱光線を放っているが、あの槍はそれすらも完璧に防いでいる。恐ろしい性能の槍だった。


「ちっ!持ち主がバカでも防御は鉄壁かよ。厄介過ぎるぜ!」


「猫田さん、単発の攻撃じゃダメだよ!合わせて!」


 狛はそう言うと、懐に忍ばせていた雷撃符を取り出した。電撃を放つ雷撃符は、込める霊力を高めることでルルドゥの槍が放つレーザーのような雷撃を撃つ事が出来る。猫田は狛の声に頷くと、二人でルルドゥを挟むように立ち回り、左右双方向から、同時に攻撃を仕掛けた。


「喰らいやがれ!」


 二人の攻撃は完璧なタイミングでルルドゥに向かっていく。いくらあの槍が優れていても一本しかないのだから、二方向からの攻撃は防げないはずだ。だが、予想に反して、槍はルルドゥを覆うようにレーザーの幕を張った。まるでバリアのような防御法である。


「ううううう!うわあああああん!」


「くっ!」


「う、ウソっ!?」


 これには猫田も狛も、信じられないものを見たようだった。あの槍は、状況を把握する能力が異常に高い。一体どうやって攻撃を探知して防御法を考えているのか解らない。その一瞬の隙を突き、またも槍から放たれたレーザーが猫田の右後ろ脚を貫いていった。


「っってぇな!この野郎…!」


「猫田さんっ!」


 狛はそれを目の当たりにして更に焦る。あの足では、高速で照射されるレーザーを避けるのは不可能だ。更なる追撃が放たれる前に、何とかしなくてはならない。


「狛ちゃん、私に合わせてねぇ!」


「え?あ、はいっ!」


 その時、ショウコが下半身を巨大な蛇に変え、猫田を庇うようにして前に立った。そして、髪を伸ばしてクロスボウのような形の弓を作り出す。撃ち出すのは石ではなく、妖力を成形した矢である。それに気付いた狛は再び雷撃符を取り出して、霊力を込めた。勝負は一瞬である、この攻撃が防がれるようなら後がない。


「…いくわよぉっ!それっ!」


 狛が霊符を構えたのを確認して、ショウコは合図と共に妖気の矢を放った。狛も遅れず雷撃符を解放して、もう一度二方向からの攻撃が重なる。しかし。


「うわああああん!」


 ルルドゥの槍は、先程と同様に強力なレーザーをバリア状に展開していた。ルルドゥの鳴き声は不快だが、槍の防御はやはり完璧だ。妖気の矢と雷撃符からのレーザーは槍が作るバリアに干渉したが、バチバチと火花を散らし、防がれてしまった。


「こ、これもダメ…あっ!?」


「おぶぅっ!!」


 バリアが消えた直後、ショウコが間髪入れずに投げていた石が、ルルドゥの側頭に命中する。ショウコが髪でクロスボウを作ったのは、その手をフリーする為だったのだ。そして、狛との攻撃を防いでバリアが消える瞬間を狙って渾身の力で石を投げていたのである。


「あらあら、流石に連続で防御は出来なかったみたいねぇ。……あら?あらあら?」


 ショウコの強烈過ぎる投石は、ルルドゥの頭部をグロテスクに破壊したのだが、するとみるみるうちに、ルルドゥの身体はボロボロに崩れてしまった。後には小さな小さな体の、ぬいぐるみのような生き物が倒れていたのだった。

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