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第248話 黒萩の実力

「ふ、お前も女…か。鼻たれの小娘だったお前が、一丁前に女を名乗るようになるとはな」


 狛に言い返されて怒りの表情を見せていた槐だったが、すぐに落ち着きを取り戻し、再び皮肉を返してくる。そもそも、槐にとって狛は兄の娘…つまり姪である。槐は調査部の六番分家へ養子に出された身とはいえ、狛が生まれてすぐの頃には、それなりに面倒を看ていた間柄だ。幼い狛の恥ずかしい失態も知り尽くしている相手だけに、その槐から小娘呼ばわりされて、狛は僅かに気圧されていた。


「そ、そんなの……昔の話でしょっ!?」


「そうだ、昔の話だ。だが、俺はお前がいつまで一人寝が出来ずにいたかも覚えているぞ?一人で寝かせようとすると、決まって大泣きをして、寝小…」


「わーっ!!わあーっ!やめてっ!聞きたくないっっ!」


「狛…そんなこたぁどうでもいいだろう。相変わらずふざけた野郎だ…!」


 猫田が助け舟に割って入ると、槐はニヤリと笑ってみせた。


「ああ、その通りだ。そんな話などどうでもいいな。偉そうに女だと語るから、解らせてやったまでのこと…勝負はこれからだ」


 狛を揶揄うのが飽きたと言わんばかりに、槐は再び戦いの構えを取った。その表情からは笑みが消え、強く張り詰めた緊張感を漂わせている。人を食ったような態度は相変わらずだが、狛や猫田から見て、以前よりも槐の性格が変わったような違和感がある。

 その正体が掴めない気持ち悪さを抱えていると、黒萩こはぎが槐を庇うように前に出て、狛達の行く手を阻んだ。


「槐様……私もおります。無理をし過ぎませんように…」


「解っている、これで二対二だ。頼りにしているさ」


「え?」


 その言葉の意味が解らず、狛は慌てて振り向くと、そこには肩を抑えて蹲るカイリの姿があった。カイリは冷や汗を垂らし、息が上がっていてかなり苦しそうな様子だ。狛はカイリがそんな状態であったことに何故気付けなかったのかと愕然となった。


「か、カイリさん!?どうして…」


「く…急所は外したはず、だったんだが……霊力の塊そのもので突かれたせいだな…油断した、すまない」


 駆け寄って肩を貸したい所だが、この状況で槐達に背を向けてはいられない。狛に出来ることは、カイリから少しでも距離を取って槐達を引き離し、これ以上巻き込まれないようにすることだけだ。それを槐達は解っているので、そう易々と離れようとはしないだろう。カイリは狛達のウィークポイントになってしまったのだ。

 カイリ自身、今の状況は自分に対して非常に腹立たしいものがある。くりぃちゃぁきっての武闘派三人娘として、店や仲間達を守ってきた自負が狛達の弱点になってしまった己を許さない。いっそのこと自害してでも…と思う所ではあるが、槐から受けた先程の一撃はカイリの全身を完全に麻痺させていて、喋るのもやっとの有り様だった。到底、自害など出来そうにない。


「…おい、カイリ。お前、ちょっと寒いのは我慢しろよ」


「な、に……?」


 その時、猫田がそう言い放ち、カイリの返事を待たずに行動を取り始めた。


魂炎玉こんえんぎょく氷炎万華ひょうえんばんか妖護帝氷壁ようごていひょうへき!」


「きゃっ!?」


 猫田の尾から凄まじい冷気の突風が吹きすさび、それはカイリを覆うように氷の結晶が集めて氷の壁を形成していく。次の瞬間には、小さなドーム状に形作られた氷の壁がカイリを完全に覆っていた。空気穴くらいはありそうだが、傍目には隙間など見えないほどだ。

 そして、狛から貰ったバングルに嵌め込まれた、氷雨の遺した氷の結晶がキラキラと輝いている。


「か、カイリさんがっ!猫田さん、何をしたの!?」


「安心しろ、氷漬けにしたわけじゃねぇ。そう簡単にゃあ溶けも壊せもしねぇ氷の壁で覆っただけだ。これで、槐達からアイツに手出しは出来ねぇよ」


(すまない…恩に着る…!)


 カイリが胸の中でそう囁くと、狛と猫田の頭の中にそれが聞こえてきた。どうやら、呪血縁じゅけつえんで繋がった効果がまだ残っているらしい。猫田にはもうアレルギー症状が出ていないようなので気付かなかったが、これで狛も猫田も心置きなく戦えるだろう。

 自信満々にそう語る猫田の言葉に興味を示し、槐は黙って、カイリに向けて狗神を放ってみせた。


「ほう…!大法螺というわけでもない、か」


 猫田の言った通り、狗神達の牙や爪でも、氷壁は傷一つつけられなかった。まさにな防御壁である。実のところ、猫田の魂炎玉が放つ氷の術は、氷雨の結晶によって大幅に強化されているのだ。氷華が猫田の役に立つだろうと言っていたのは、その為だ。

 しかし、その堅牢かつ強固な氷壁を目の当たりにしても、槐は全く動じていない。彼からすれば、思わぬ形で手に入った狛達への付け入る隙が一つ減った程度のことでしかない。それよりも、真正面から力づくで狛達を捻じ伏せてやろうという強い激情が彼の中で荒れ狂っていた。


(槐様……やはり…)


 そんな槐の様子に、何か気がかりな物を感じ取っているのが黒萩こはぎである。しかし、黒萩こはぎはそれを決して悟られぬよう特に気を配っている為に誰もそれに気付いてはいない。


「さて、では第二ラウンドと行くか…!」


 今度は槐が、狛達に向けて突撃してくる。彼の中の激情は凄まじく、既に狛を討つことにしか意識が向いていない。真っ直ぐ狛に向かっていこうとしているのが猫田にも解り、それを阻止しようとした時、猫田の頭上からいくつもの光の刃が降り注いでその動きを牽制した。


「っ!?…っぶねぇ!なんだぁ!?」


「霊波・光芒刃……槐様の邪魔はさせませんよ、猫田」


 刃を降らせていたのは黒萩こはぎである。強烈な熱を帯びた光の刃は、僅かに掠めた猫田の毛皮を容易く切り裂いていた。猫田の霊気のガードを貫いて毛皮を切り裂くというのは、相当な威力が無ければ出来ない芸当だ。まるであの死神の鎌にも匹敵する切れ味である。人間体の猫田ならいざ知らず、こうして妖怪本来の姿でいる状態でその威力とは、油断ならない攻撃だった。


「テメェ、黒萩こはぎって言ったか、前会った時は爪を隠してやがったな…?それだけの力がありゃあ、両面宿儺にだってもっと戦えただろうによ」


「あなた達に手の内を晒すつもりが無かっただけです。私は最初から、槐様と共に犬神家を倒すつもりでしたから」


「ちっ!そうかよっ!!」


 猫田は舌打ちをして、黒萩こはぎに飛び掛かった。槐の時とは違い黒萩こはぎが結界で身を守っていないのはお見通しだ。こちらを殺しにかかってくる以上、猫田は例え女であろうとも容赦はしない。その爪で黒萩こはぎを一気に引き裂かんとしたが、その攻撃があたる事は無かった。


「…き、消えたっ!?」


 猫田の爪は空を切り、ザックリと地面に大きく鋭い爪跡を残している。その爪がまともに命中していれば、黒萩こはぎは一撃であの世行きだっただろう。だが、今の今まで猫田の目の前にいたはずの黒萩こはぎの姿は、煙のように忽然と消えていた。


「ふふ……私はここですよ」


 黒萩こはぎの声がしたかと思えば、再びいくつもの光の刃が空中から現れて猫田を襲う。しかもご丁寧に、狙いは首や頭といった急所ばかりである。猫田は素早く身体を翻して、その攻撃を躱した。


「コイツ…!」


 翻弄される猫田ではあったが、黙ってやられっぱなしでいるわけもない。飛び交う刃を避けつつ、猫田は冷静に黒萩こはぎの姿を探していた。


「見えた…!」


 ゆらりと、陽炎のように黒萩こはぎの姿が現れ、そして消えた。だが、そのタイミングで理解できたようだ。光の刃で猫田を攻撃する瞬間だけ、黒萩こはぎは姿を現している。それさえ解れば、反撃は難しくない。猫田は魂炎玉に力を溜めて、次のチャンスを待っている。


(これを避けてやりゃあ……ここだ!)


 光の刃を躱し、黒萩こはぎからの追撃を待つ猫田は、視界の端に揺らめく黒萩こはぎの姿を捉えた。そして、自身の中で最速の技である熱光線を叩き込む。


「喰らえ!」


「くっ!?」


 熱線が黒萩こはぎの身体に命中し、そこに風穴かざあなが開くはずだった。しかし、黒萩こはぎは顔をしかめただけでそれほど大きなダメージは受けていないように見える。逆に、熱光線を放つ瞬間の僅かな硬直を狙って、猫田に光の刃が降り注いでいた。

 猫田は全ての刃を躱したが、避けた先の地面から一本だけ光の刃が飛び出してきた。黒萩こはぎもまた、猫田が攻撃を躱した後の隙を狙っていたのだ。完全に不意を突かれた形で、その刃は猫田の首を捉えていた。


「ぐ、ぉっ!」


 それでもなんとか、猫田は凄まじい反応で首をそらし急所への直撃を避けた。だが、完璧には躱しきれず右側の顎下から右目までがザックリと切れている。大量の血が足元に流れ、痛み分けというにはやや猫田の方がダメージは重い。

 そのまま二人は睨み合い、相手の出方を窺っている。次の一手はどちらから動くのか、攻防はまだ続く。


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