「どうなってやがる?ここは本当にあの分かれ道のあった場所か?」
一旦合流し、狛達は全員であの広間に戻って来た。どこをどう見てもさっきの場所だが、猫田はそれを疑っているようだ。しかし、狛はあるものを見つけて、やはりここがさっきの広間である事を確信したようだった。
「間違いないよ、ここ、さっき皆と分れたトコだよ。ほら見て?これ、別れて移動する前にトワさんが張った蜘蛛の巣だもん。ね、トワさん」
狛がそう言うと、周囲を見回していたトワがそれに気付き、蜘蛛の巣を調べた。
「…ああ、狛の言う通りだね、これはさっきアタシが置いた巣だ。アタシの妖力が残ってるし、偽物じゃあない。……しかしそうなると、ますます解らなくなるよ。一体、どうしてここに戻ってきちゃったのか、さっぱりだ」
トワがお墨付きを与えたことで、真相はますます解らなくなった。この巣が偽物であったなら、ここはさっきとよく似た場所で済んだのだが、本物の巣があるということはこれが幻術の類いではなく、先程の分岐があった場所なのは確定だ。一同は困惑しつつ、頭を悩ませるのであった。
その頃、暗がりの中で、槐と
二人の他には誰もおらず、常に槐の傍にいる護衛の女妖怪もここには来ていないようだ。そして、
「どうした?」
「…はい。どうやら狛達がここに到着したようです、入口付近に反応がありました」
「ほう?もうここを嗅ぎつけたのか、早いな。長老達ですらこの大風穴の存在は知らんはず……子飼いの妖怪共から情報を得たか?全く、得難い才能を持っているものだ。我が姪ながら、つくづく殺すのが惜しくなってくる…やはり、こちらに引き入れるか?」
槐は笑みを浮かべながら、狛に称賛の言葉を述べている。その口振りからはかなりの余裕が見て取れるが、心にもないお世辞というわけでもないのだろう。しかし、
「槐様、おやめください。狛は槐様の
「…ふ、そう怒るな。冗談だ、解っているさ。アイツは確かに素晴らしい才能を持っているが、目指すところは対極だ。ここに来たと言うことは、俺を止めるつもりだろう。邪魔をするならば、容赦はしない。しかし、もうここまで来たのなら急がねばならんな。龍点穴まではあとどの位だ?」
「もうすぐ現れるはずです、遅くともあと三時間の内には。それに急がなくても問題はありません、狛達がここに到着するまで、どんなに速くても数時間はかかるでしょう。或いは、
「
「身内だなどと……私にとっての家族は貴方だけです、槐様」
そう言って、
「くそっ!何度やってもダメか!」
狛達はあの分かれ道のある広間から、先へ進めずにいた。手を変え品を変え、様々な手段を試してみたが、何度繰り返しても元の場所へ戻ってきてしまう。猫田は苛立ちを隠さず、壁を殴りつけている。
「ここまで見事に術中にはめられるとは…敵方にはよほど優秀な術者が居るとみえる……!」
カイリは唸るように声を絞り出し、この状況を作り出した相手を讃えていた。敵ながら天晴れと言いたげだが、そうも言っていられないのが現状だ。何しろ既にここで足止めを喰らってから二時間近く経過している。どれだけ時間が残っているのかは知る術もないが、明らかにこれは時間稼ぎだ。こちらを殺そうとするのではなく足止めが目的の術を仕込むからには、時間が稼げればそれでいいということなのだろう。それはつまり、数時間で目的を達成できる目算があるという証でもある。時間的な猶予はほぼ無い、全員がそう感じていた。
「このままじゃ埒が明かねぇ…いっそのこと、壁をぶち抜いて進んじまうか?」
「そんなの潰されて生き埋めになっちゃうのがオチだよ…!」
「じゃあどうする?!手の打ちようがねーぞ」
猫田の物騒な提案を狛が否定するも、他にこれと言って有効な作戦はない。だが、短絡的に暴れるのはもっと危険だ。誰もが焦る気持ちを抑えて、突破する手段を見出そうとしていた。
「せめて、どんな術がかけられてるのか解ればねぇ……」
「ああ、普通はこれだけ強固な術となれば、その痕跡くらいは判別できるはずだが…そもそも術にかけられているという感覚すらないのではな」
ショウコとカイリは術の解析を試みているが、その結果は芳しくない。カイリの言う通り、何らかの術を自分に向けて放たれれば、それは必ず認識できるはずである。全く霊感の無い普通の人間ならば別だが、ここにいるのは力のある妖怪達と優れた霊感を持つ狛と神奈なのだ。これだけの人員がいて、術をかけられたことさえ認知できないのは異常だと言わざるを得ない。
刻一刻と時間だけが過ぎて行く中でただ一人、トワだけが、重苦しい表情で口を開いた。
「もしかすると、術をかけられてるのは、アタシかも知れない…」
「え?」
「違和感があったんだ、ここに来てからずっと。何か、妙な気配がアタシに纏わりついてる…そんな気がする」
トワの言葉に、皆が一瞬押し黙った。そして、そう言われて何かに気付いたショウコが、じっとトワの身体全体を観察し始めた。
「まさか……!?」
同時に、カイリも何かに気付いて言葉を詰まらせた。猫田や狛、それに神奈は二人の様子にただならぬ気配を感じ、見守ることしかできない。やがて、ショウコがトワの観察を終えて目を伏せ、カイリもまた、唇の端を噛んで悔しさを堪えているような素振りを見せた。
「間違いないわね……」
「やはりそうか…奇門遁甲の陣、だな?」
カイリがそう呟くと、ショウコは静かに頷いてみせた。そして、トワは微かに震えながら俯いている。
「それって、どういう術…なの?」
「奇門遁甲というのは、古代中国や道教における占術の一つだ。奇門遁甲の陣は、それを基にして作られた封印術だよ…あまりに外法なので、もう使うものなど居ないと思っていたが……」
続けてカイリが語った術の詳細は、恐るべきものであった。通常、どんな結界術や攻撃術であっても、それは術者の霊力や妖力を基にして起動するものである。しかし、奇門遁甲の陣は多数を相手とし、その中から無作為に一人を選んでその人物の
「奇門遁甲の陣は、決して強力な効果をもたらすものではない。むしろ、今のように迷路で迷わせたりする程度の、とても弱い結果をもたらす術だ。だが、弱いからこそ対策が難しい。初めから相応の対策を用意していなければ防ぐことは出来ず、かかった事にも気付けるのは稀だ。そして……」
「そして…?」
「その術を解除するのは非常に簡単だ。術をかけられた対象の命を基点とするが故に、対象者が死ねば…すぐに解ける」
「そんな!?」
「奇門遁甲の陣が外法術と呼ばれる
カイリから、ギリギリと歯を食いしばる音が聞こえてくる。今の説明が正しいのなら、この術を破る為にはトワの命を奪わなければならない。カイリとショウコはそれを知っている為に、苦悩しているのだ。狛達が絶望する中、時間だけが刻々と過ぎていく。