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第242話 龍点穴の正体

 狛が大口を開けて呆然としていると、暗闇の中からさえずり石が悲痛な声を上げた。


「ああ、呆れられてしまった…僕みたいなゴミクズ妖怪のせいで……うぅ、砕けてしまいたい…」


「はっ!?あ、ああ!ち、違うよ。囀りさんが悪いんじゃないんだよ、ごめんねっ!?」


 慌てて再起動した狛が宥めようとするが、囀り石は呻き声と泣き声を上げるばかりである。今まで狛の周りにいなかったタイプだけに、狛はどうしていいか解らないようだ。なんとか宥めすかして話を聞いてみると、囀り石はポツポツと身の上話をしてくれるようになった。


 囀り石という妖怪は、元々群馬県吾妻郡に存在する石の事である。大きさが四メートルほどもあるというその大きな石は、かつて家族の仇討をしようと旅をしていた男が寝床代わりにその石の上で眠ろうとした時、突然石から声が聞こえてきて、それが仇の居場所であった…という逸話を持っている。

 男はそれを天の助けと感じ、石の話した通りの場所へ行ってみるとそこには本当に仇がいて、無事仇討ちに成功したのだそうだ。それ以来、石は度々話をするようになり、またそれが人の役に立つ話ばかりだったので、地元の人間達からは神の宿る石として崇められ、祀られるようになった。


 しかし、それも長くは続かなかった。ある時、旅の侍がこの地を訪れた際のことだ。その頃の囀り石は人に崇められる内に、相手がどこの誰かなどお構いなしに話しかけるようになっていた。その時もただ漠然と、人を喜ばせようと話しかけてしまったらしい。だが、何も知らない旅人の侍は、突然喋る石に話しかけられてそれは大層驚いたようだ。まぁ、当たり前と言えば当たり前の話である、普通、石は喋らないのだから。

 また運が悪かったのは、その男が侍で、刀を持っていたことだろう。彼は驚いた拍子に刀を抜き、囀り石を斬りつけてしまった。それっきり、石は二度と喋ることがなくなったのだと言う。


「僕みたいなクソ陰キャの石如きが調子に乗って人に話しかけたからあんなことに……それから、僕は人間が怖くなってしまったんです…ああ、僕はなんで妖怪に生まれてしまったんだ……!」


「へ、へぇ~…そうだったんだね」


「狛さんもきっと、僕みたいなのと話なんかしたくないですよね…うぅ、嫌われるの怖いなぁ……また斬りつけられたらどうしよう…うぅぅ」


「いや、そんなことないし、しないから!」


「ほ、本当ですか?でも、そうは言っても人間だしなぁ……いつ気が変わるか…」


「だぁーもう鬱陶しい!めそめそすんなっ!」


「ヒェッ!?す、すいませんすいませんっ!!」


 猫田に怒鳴られ囀り石はまたかなり委縮してしまったようだ。美しい低音ですすり泣く声は、少々…いや、かなり不気味である。猫田や土敷が微妙な表情を見せていた訳を、狛は身をもって体感していた。


「…まぁ、ここにいるのは当時斬りつけられた時に剥がれて落ちた破片でね。彼の本体は今でも群馬県にあるんだよ。人間が怖い上に行き場がないって言うから、どうせ使ってない部屋だったし提供して保護してるんだ。元々彼を拾ってきたのは、猫田なんだけどねぇ」


「しょうがねーだろ、こんな面倒クセェ奴だと思ってなかったんだからよ……」


「あ、や、やっぱり面倒臭いですか!?僕ってヤツはいつもこうで……情けなくてぇ…」


「それはもういいっつってんだろ!」


 どうも漫才を見せられているような感覚だが、囀り石は悪い妖怪ではなさそうだ。くりぃちゃぁに居ることを許されている以上、人に害を及ぼす存在でないのは解るのだが、妖怪と人間では尺度が異なるのも事実である。中には、そこに居るだけで人の精を吸ったりしてしまう妖怪もいるのだ。本人に悪気はなくとも、時に人を傷つけてしまう、それは生物としての在り様の問題であり、正義や悪では語れない事情だろう。

 囀り石はその性格に難があるものの、少なくとも人を傷つけたり病を振りまくような妖怪ではない。ただ純粋に、他者と接触する事が苦手というだけで孤独の中にいるようだ。ならば、嫌う理由などない。


「そ、それはともかく!猫田さんはどうして囀りさんに話を聞こうと思ったの?」


 話の流れを変えないと、いつまでも堂々巡りになりそうなので、狛は無理矢理話をねじ込むことにした。急に自分に話が向けられて、猫田は若干面食らっているが、すぐに狛の発言の意図を理解してそれに乗って来た。


「あ、ああ。いやな、囀り石こいつは古くから在る石の妖怪だけあって、土地絡みの話に強ぇんだよ。龍点穴ってのが何なのか解らねーが、そこで待ってるって槐が言ったからには、どっかの場所っぽいだろ?だから、何か知ってるんじゃねぇかと思ったんだ」


「そっか、なるほど…そうだね。猫田さん、流石!」


「まぁな!」


「あの…話が見えないんだけど、どういうことだい?」


 置いてけぼりになってしまっていた土敷が割って入ってきたので、狛は改めて猫田に話したものと同様の説明をすることになった。その過程で槐との関係も話す事になったので、その都度全て包み隠さず話したのだが、予想以上に家族間の問題が根深く、話を聞き終えた土敷は押し黙ってしまったのだった。


「――というわけで、その龍点穴って何なのかが知りたいの。土敷さん、囀りさん、何か解る?」


「ううん…申し訳ないけど正直、僕には解らないな。しかし、狛君は厄介な事に巻き込まれてると思っていたけど、そんな事情があったとはね。辛かったろう…囀り石、力になれるかい?」


「そ、そうですね…龍点穴というのは、ずいぶん昔にき、聞いた事があります」


「本当か!?一体、龍点穴ってのは何なんだ?」


「…そ、そもそも、点穴または経穴とも言いますが、それは大陸の風水や道教から生まれ、武術に取り入れられた人体理論です。人間の身体には経絡秘孔というツボがあって、それが人体の急所であると……」


「ふむ、それは聞いた事があるね。じゃあ、龍点穴というのは?」


「ええと…そ、それの説明をする前に、霊脈や龍脈というのは知っていますか?」


「ああ、星の精…地球そのものの霊気が流れてる場所だろ。昔はよく陰陽師が利用してたって聞いたことあるぜ」


「は、はい、基本的には霊脈と龍脈は同じものです。か、過去の人間達は大地に宿る力の流れを龍に見立てて…そう呼んでいました。龍点穴というのは、その、り、龍脈のツボ…なんです」


「なに…!?」


 龍脈のツボということは、即ち大地の急所ということである。それが想像した通りのものであれば、地球そのものに影響を及ぼしかねない代物だ。猫田だけでなく土敷と狛も驚き、面食らっていた。


「りゅ、龍点穴は、人体のツボとは違って、刺激したからと言って、すぐ大地が砕けたりはし、しません。ただ、龍脈に多大な影響を及ぼす事は確実なので……場合によっては、人間はもちろん、霊やぼ、ぼぼ僕達のような妖怪は大地の霊気が乱れて、え、影響を受けてしまうかも……」


「それって、つまり……」


「力を得た霊や弱い妖怪が実体化したり、力の無い人間が僕らのような存在を感知できるようになるかもしれない……そう言う事かい?」


「は、はい!そそ、その通りです。あ、あああ新しい妖怪が大量に生まれたり、もするかもしれません…」


「なんてこった…そんな事になったら、この国は滅茶苦茶になっちまうぞ……!?」


「話を聞く限りじゃあ、その混乱こそが槐という人間の目的なのかもしれないね。…どちらにせよこれはもう、君達だけの問題じゃ済まされない話だ」


 土敷は頭を振って、事態の深刻さを思い浮かべている。彼の言う通りなら、それはこの世の法則が狂ってしまう大問題に発展する事態だ。力のないものが霊的な存在を感知できないのは、単純にそうして身を守っているからだ。抵抗力がないからこそ、それらに触れず無縁でいられるはずなのに、もしもその制限がおかしくなってしまえば、霊や妖怪にも悪影響が出るだろう。正しく棲み分けられていた世界が大きく変わってしまう、それは双方にとって最悪の事態になる。


「それで?龍点穴ってのはどこにあんだ?早いとこ、槐の目論見をぶっ潰さねーといけねぇが」


「え?あ、いや、り、龍点穴はツボですから、その、至る所にありますけど……」


「はぁ!?それじゃ探しようがねーじゃねぇか!どうすんだよ!?」


「そ、そっそんなこと、僕に言われてもーーー!?」


 猫田の八つ当たり気味な声に驚いたのか、囀り石からカタカタと震えている音がする。暗くて姿が見えないのに音だけで解るのだから、余程大きく震えているのだろう。なんだか可哀想になって来た狛は、出来るだけ優しく声をかけてみた。


「そ、それじゃあ、一番大きな龍点穴はどこ?槐叔父さんがこの国を変えようとしてるなら、日本中に影響が出ちゃうくらい大きな場所が、きっとあるはず」


「あ、ああ…それなら、ふふふ、富士です。富士の風穴…ほとんどの人間が知らない、もう一つの隠れた風穴……富士大風穴に、いいい一番大きな、龍点穴があります……!」


 それこそまさに、槐が示した龍点穴のことだと狛は直感した。こうして、戦いの舞台は再び地下へと変わっていくのだった。

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