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第220話 それぞれの思い

 マントと覆面を投げ捨てた女…魔法使いのサハルは、以前立ち合った時よりも、数段禍々しい気配を纏っていた。前回はニベールという目出しのスカーフを被ったままだったが、今は覆面を脱ぎ捨てたことで、その素顔が完全に露わになっている。


 元からそうだったのかは知る由もないが、彼女の頭髪は驚くほど白かった。高齢の女性でも、ここまで見事な白髪は中々いない。それでいて、髪型は全くと言っていい程整えられておらず、ぼろぼろの蓬髪ほうはつである。頭のシルエットだけみれば、羅生門に登場する老婆か、もしくは妖怪の山姥かのようだ。

 それでいて、顔つきは中東系の美しい女性の顔つきそのものである。鼻筋は通っていて、切れ長の目は宝石のようにキラキラと輝いている。角盥漱つのはんぞうの透視越しにみた覆面の目に見覚えがあったのも、その強く美しい眼光だけは、よく覚えていたからだろう。


「その腕、は…!」


 なにより目を引いたのは、その右腕であった。無骨な青黒い金属の塊のような腕は、一昔前のサイボーグのようなロボット然とした形をしている。あの時、新月で朦朧としていた狛の記憶が確かならば、その腕は戦いの中で、狛が切り落としたもののはずだ。まさか、その代わりに着いた腕がそれなのかと、狛は複雑な視線をサハルの右腕に向けていた。


「ふふ、貴様に敗れ、落とされた腕の代わりよ。見てくれは悪いが、これはこれで便利なのだぞ?我がカメリア王国の技術の粋を集めて作り上げた。特別製だからな」


 サハルはそう言って、その右腕を自由自在に動かしてみせた。機械式の腕にしては異様な程滑らかな動きをしており、その重厚な見た目とは裏腹に、中々の速さがありそうだ。金属なのは間違いないのに、軋むような音もしなければ金属同士が擦り合う摩擦音すら聞こえない。見た目通りの代物ではないと思った方がいいだろう。


「どれ、新しい我が力を見せてやるとするか……そらっ!」


「!?……は、はやっ!」


 速いと言い切る前に、サハルの鋼鉄の右拳が狛の腹に突き刺さっていた。その威力は凄まじく、狛はそのまま吹き飛ばされて、廃墟の壁にぶち当たりなんとか止まった。いつものように制服の下には九十九つづらを巻き込んで着ているので、それがさらし代わりになって護ってくれたが、それが無ければ腹をぶち抜かれていたかもしれない。恐ろしい程の破壊力だ。

 さっき吐いたばかりで、何も入っていない胃の中身が再び逆流し、胃液だけが狛の口から溢れ出した。


「うっ…くぅっ…!ゲホッ、うえぇ…!」


「ハッハッハッハ!見たか?このパワーを!これこそ我がカメリア王国が誇る霊石と金属を魔術で融合させた超金属、霊幻鋼ミスティディウムだ!わずかな霊力や魔力を大幅に増幅し、思念で自在に操る事が出来る究極の金属よ!我らマキの力があれば、これほどの物質さえも生み出せるのだ!それを下らぬ思想に憑りつかれて捨てた…あの愚物の王にも思い知らせてくれる!貴様の首を土産にしてな!!」


 勝ち誇るサハルの瞳には、復讐の炎が燃え上がっているようだった。確かに、恐ろしい威力の一撃である。単純に比較しても、人狼化した狛のパワーに匹敵する破壊力と言ってもいいだろう。だが、本当に恐ろしいのはその復讐心の方だと狛は思った。霊幻鋼ミスティディウムというその金属は、霊的な感応性が著しく高い金属のようだ。何故そう思うのかと言えば、たった今、ほんの一瞬触れただけであるはずのサハルの心が、狛の心に流れ込んできたからだ。


「あ、あなた…が、ミカさんに、あの呪具を……」


「ん?」


 狛が一瞬の内にサハルの心の中で見たもの、それは以前、猫田の前の飼い主であるタクトの仇を討つために、羅刹女へと変貌してしまった女性ミカの姿であった。ミカが持っていた謎の干し首…質問者の寿命を喰らって真実を語るというあの呪具は、サハルが彼女にもたらしたものだったのだ。

 だが、見えたのはそれだけではない。御遠場家の人達に大蝦蟇ガマの妖怪と取引を持ち掛けるよう誘導した占い師というのも、サハルであった。サハルはあのテロ事件から生き延びた後、様々な場所で暗躍していたのである。


 狛の心に、怒りが湧き上がっていた。幸い、御遠場家の人達は然したる犠牲もなく救う事が出来たが、ミカはそうではない。タクトの仇討の為に羅刹女へと身をやつした彼女は、本来、心優しい普通の女性であったのだ。決して、怪物として最期を迎えていいような人物ではなかった。

 そもそも、精神による影響が今よりもずっと強かった昔とは違って、物質文明を極めつつある現代に於いて、人が妖怪へと変化することなどそう簡単には起こり得ない。そう、何らかの後押しでもない限りは。

 その後押しをしたのが他でもない、サハルがミカにもたらしたあの干し首の呪具である。あれは単に質問者の寿命を糧に答えるだけの代物ではなく、持ち主の悪意や恨み憎しみと言った、負の感情を大きく増幅させる呪いがかけられていた。もちろん、サハルの手によってだ。

 それが無ければ、いくら仇討ちの為と言ってもミカが変化してしまう事は無かっただろう。羅刹女となっても、狛を巻き込まぬようにして命を落とした優しいミカを、サハルへの怒りが狛の中に生まれている。

 その上、あのテロ事件だけでなく、今回の呪いを伴った豪雨災害である。サハルの行いは、あまりに多くの人や妖怪を傷つけるものだ。狛はゆっくりと立ち上がり、吠えた。


「私……あなたが許せない!ミカさんの事も、他のたくさんの人達も巻き込んで…!絶対に許せないよ!」


「それはこちらの台詞だ、小娘が!異教徒のゴミ共などいくら死んでも構わんが、貴様らは我らが至高の指導者たるギンザ様を殺した!その罪は万死に値する!貴様だけでなく、この国の民共は全て、一人残らず殺し尽くしてくれるわ。この私と幻獣ザッハークの力によってな!」


 サハルも負けじと咆哮すると、その右腕が怪しく光りを放ち始めた。サハルの身体から、魔力が流れ込んでいるのだ。あの腕は、それを強力に増幅しているようだった。

 対する狛は、それに一切怯む事無く、イツを呼んでその身に宿らせた。狗神走狗の術による人狼化で、狛の身体から巨大な霊力が溢れ出す。それによって九十九つづらも活性化し、狛の全身を覆っていく…そうして二人は互いに力を滾らせて対峙した。これから始まるのは、力と力の真っ向勝負である。


「行くぞッ!!」


 まず先に動いたのはサハルであった。最初の一撃同様、高速で狛の懐に飛び込み、今度こそはらわたを抉るつもりだ。


「ふっ!!」


 しかし、狛はそれを見越していたかのように体を半歩ずらして躱し、カウンター気味にサハルの顔面へと左の拳を突き立てた。


「がッ!?」


 狛の怪力と、サハルの高速攻撃へのカウンターによって倍加した一撃は、凄まじい威力をみせた。辺りには轟音が響き、その衝撃が近くにあった廃墟を揺らしている。並の人間ならば、首から上が弾け飛んでもおかしくない威力だろう。だが、サハルはどうやら魔法による防御術も展開しているようで、一発KOとはならなかった。だが、それでも完全に威力を受け流すことは出来なかったのか、倒れこそしなかったものの、サハルは大きくよろけて数歩後ろへ下がっている。


「き、貴様ァ…!?」


「さぁ来なさい…!あなたには、絶対負けないからっ!」


 少年に憑りついていた死神相手には、力による解決ではなく対話を尊重しようとした狛だったが、今回、サハルに対してその甘さは向けられていない。あの時宗吾には、解決手段を臨機応変に考えろと言われたように、サハルはもはや話し合いで解決できる相手ではない。

 互いに怒りをぶつけ合う間柄である以上に、彼女の非道な行いは到底それを許せるものではなかった。


 狛の怒りとサハルの恨みは、更なる戦いへと続いていくのだった。

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