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第210話 総力戦、開始

「ウオオオオオッ!!」


 猫田の突進を、獣の死神がで受け止める。奇怪な姿をしていても、その力は本物だ。猫田のフルパワーをこうも受け止められる存在など、そうは居ないだろう。あの少年に憑りついた死神といい、彼らが一筋縄ではいかない強敵であることは、否が応でも強く認識させられていた。


「ふんっ!」


 そうして動きの止まった隙に、カイリがその手に携えた薙刀を振り下ろした。獣の死神はそれを防ぐことも避ける事も出来ず、その身体を両断された。しかし、真っ二つに分かれた身体は、映像の逆再生でも見ているかのように立ちどころにくっつき、元の形に戻っていく。最初に猫田が腕を切り落とした時と全く一緒だ、しかも、厄介な事にその再生力を盾にこちらの攻撃の隙を狙って反撃されることから、迂闊に攻め込み難い。反撃を躱すように猫田とカイリが離れ、トワが一歩前に踏み出した。


「こりゃあ、久々に本気出してやらないとだね」


 そう言うと、トワの額に6つの小さな宝石のように輝く石が浮かび上がってきた、それは蜘蛛の眼だ。本来、生物としての蜘蛛はあまり目が良くないと言われているが、妖怪化した女郎蜘蛛であるトワの場合は別だ。元々あった両目の他に現れた6つの眼は、様々なものを見通す力を持っている。相手の霊気や妖気の流れ見透かし、弱っている場所や逆に力が集中している部分をも読み取れるのだ。

 さらに、背中から三対六本の鋭く尖った蜘蛛の脚が生えてきた。自分の身長よりも長い脚は非常に素早く動き、凄まじいスピードで走る事が出来る。本気を出せば、三人娘の中で最も速いのがトワなのである。


「どれどれー?」


 6つの眼が怪しく光り、その眼にはサーモグラフィのように獣の死神が映る。三本の腕と三本の足…妖怪の自分から見ても奇怪な形をしていると感じる姿だが、そこは重要な所ではない。獣の死神が扱うのは神の力…即ち神気なので、霊気や妖気ほどはっきりとは見えづらい。よく目を凝らして見つめると、他の場所より力の弱い部分が二つ見えた。それは頭と、心臓付近である。


「弱点は……そこだっ!」


 トワは6つの長い脚を器用に使って駆け出し、一瞬のうちに獣の死神の懐へ飛び込んだ。獣の死神はその動きに対応しきれず、完全に無防備なままだ。


「喰らえっ!八相豪連脚はっそうごうれんきゃく!」


 八相豪連脚はっそうごうれんきゃくは、6つの足と、元々ある両足の計8本の脚に妖気を込めて放つ高速の連撃だ。6つの脚は敵の死角を突く、左右六方向からの蹴りであり、それらがほぼ同時に叩き込まれる。そこに最も威力のある正面からの二発の蹴りも合わせれば、かなりの威力を発揮する大技である。

 余りの速さについていけない獣の死神は、八相豪連脚はっそうごうれんきゃくを物の見事に全てその身に受けた。身体のあちこちがひしゃげて潰れた為に、一瞬にしてボロボロになっていた。


「へへっ!トロいヤツ…なにっ!?」


 だが、獣の死神は止まらなかった。ぐしゃぐしゃになった身体は瞬く間に再生し、元通りに治っている。いや、むしろ治る度に大きく、強くなっているようだ。そして懐に入り込んでいる分、トワも死神との距離が近い。筋肉の膨れ上がった両腕は素早くトワの首を掴み、強烈な力で締め上げ始めた。


「かっ!?あ、ぁ…っ!!」


 元々の身体は普通の成人女性と変わらないトワは、身体を持ち上げられれば極端に身動きが取れなくなる。しかも、新しく生えてきた死神の腕は強力かつ剛健で、彼女の細腕では振り解くことも叩き折る事もできそうにない。トワの首の骨は軋んで、首そのものが握り潰されるのも時間の問題であった。


「やらせるかっ!」


 トワの危機に、京介とショウコが飛び出した。まず京介の刀を振るい、剣閃が煌けば、トワの首を掴んでいた腕が切り落とされる。そのまま落下してきたトワを京介が抱き留めて距離を取り、同時に半身半蛇の本来の姿に変化したショウコが、獣の死神を抑え込んで追撃を阻止した。


「あらあら…凄い怪力ね。フフ、面白くなってきたわ!」


 人間体でも大きかったが、ショウコの本来の姿は、上半身が人間の女性で下半身が蛇という形で非常に巨体である。全長で言えば大型の猫化した猫田よりも更に大きい。その分、パワーも強く、単純な力ならそこらの鬼にも負けない腕力があるのだ。

 京介が切り落とした腕は、瞬時に再生しており、ショウコの両腕とガッチリ組み合い押し合っている。力比べはまだショウコに軍配が上がりそうだが、再生した際にさらに太く強靭なものに変わっていて、このままではいずれ誰も敵わないパワーにまで到達するだろう。


「フフフ……確かに力はあるけれど、それだけでは、ねぇ?」


 その言葉と同時に、ショウコの眼が蛇を思わせる縦長の瞳孔に変わる。そしてその口からおどろおどろしい紫色の毒液を発生させ、死神の顔にたっぷりと吐きかけた。それは凄まじい猛毒で、死神の顔を覆っていたローブごとグズグズに溶かしていく。さすがの死神も、弱点である頭部を溶かされては堪らない。苦しみ喘ぐ声を上げて、ショウコから離れようともがいている。


「あら、頭は再生できないのかしら?なら、このまま私の毒で溶かしきってあげるわ」


 ショウコは掴んだ獣の死神の手を放さず、さらに毒を吐き出して追撃をかけようと身を乗り出した。しかし、それを待っていたかのように、獣の死神は横っ腹から生えている腕と足で、器用に組み付きショウコに抱き着くような形になった。そして、ローブの下に隠されていた顔が少しだけ露わになる。


「ヤバイ!ショウコ、離れろ!」


 猫田が叫んだが、既に遅かった。獰猛な牙を生やしたその口は大きく開き、ショウコの左胸…乳房の少し上に噛みついたのだ。恐らく心臓を狙ったのだろう、上下に生やした凶悪な牙が、ショウコの胸を抉っていた。


「ぐっ!?あああああっ!!」


 大量の血が噴き出し、食い千切られた傷口からは、肋骨が見えるほどであった。その肉を咀嚼して飲み込み、獣の死神は尚もショウコの肉を貪ろうとその口を開けた。


「止めろおおおおっ!」


 背後から助けに入った神奈が、獣の死神を羽交い絞めにして、その動きを止めた。神奈の頭には角が生えており、ショウコを守る為に、鬼の力を全開にしているらしい。こうなれば、単純な腕力ではこの場の誰よりも神奈が上だ。羽交い絞めにしたまま死神の腕を捥ぎ取ると、その首を掴んで強引にねじ切ってみせた。

 ブチブチという皮膚や筋肉の断ち切れる不気味な音と感触が、神奈の手に残る。それでも神奈はお構いなしに、奪い取った首を両手で思いきり圧し潰して、ぐちゃぐちゃの肉片になった首を投げ捨てていた。


「大丈夫か!?」


「く、うぅ…」


 すぐに死神の身体を引き剥がして、京介がショウコの傷を確認する。傷は深いが、即命に関わる怪我ではなさそうだ。ホッと胸を撫で下ろしつつ、回復魔法ヒールで治療を施す。そんな中、猫田は息を切らしている神奈の横に立って声をかけた。


「よぉ、すげぇ力だな、お前。大したもんだぜ」


「ね、猫田さんか?私は必死だっただけだ。こんな悍ましい怪物を、放っておくわけにはいかないからな…」


 血で汚れてしまった手を見つめながら、神奈は息を整えて言った。猫田の言う通り、鬼の怪力とはいえ、凄まじいパワーである。ちゃんと鍛えてやれば、神奈もいい退魔士になるかもしれないなと、猫田は関心と期待の混じった表情を浮かべていた。


 そして、少し離れた場所から、首を失ってショウコの身体から離れた死神の身体を、トワが食い入るように見つめている。カイリはそんなトワの様子が気になったようで、そっと隣に立った。


「トワ、どうした?何か気になることでも?」


「ああ、カイリ姉さん。んー…なんだろ?なんかヘンなんだよねぇ。あの死体」


「変?再生もしていないし、どうみても死んでいるようだが、どこがおかしいんだ?」


「いやね、神気の流れが……っ!猫田ちゃん、神奈ちゃん、危ない!そいつから離れな、早くっ!」


 焦りに満ちたトワの声が、神域に響く。戦いはまだ、終わらない。

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