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第133話 炎の叫び

 狛達が戦っている地底から、およそ100メートルほどの地上。


 遺跡の発掘調査に訪れていた学者達と、怪異の噂対策に集められていた退魔士達は、突如地中から放たれた強烈なエネルギーに驚き、恐れをなしていた。それは先程、両面宿儺が放った、妖気砲とでも言うべき強力な一撃であるが、彼らは地底で狛達が戦っていることなど知る由もない。

 黒萩こはぎが予想した通り、それは地上にまで到達していたらしい。運悪く直撃したものはおらず、怪我人もいないようだったが、余りにも突然の出来事に調査隊は発掘を中止し、退魔士達は二の矢を警戒しながら首を傾げていた。


「い、一体何だったんだ?今の…」


「凄まじい威力の妖気が放たれたように感じたぞ」


「そんなバカな!?そんなこと、並の妖怪に出来る芸当じゃない。悪神でも眠ってるって言うのか?」


「…そう言えば、俺の式神から聞いたんだが、この辺りにはその昔、妖を生みだすという忌月亜那都姫イミヅキノアナツヒメって妖怪の姫がいたとか」


「そんな怪物が!?…ヤバイんじゃないか、この仕事」


 退魔士達がその名を口にする。恐れをもって語られるその名は亜那都姫アナトヒメの存在を貶め、変質させてしまう効果がある。かつての古妖が為した計略は未だここに根付き、亜那都姫アナトヒメを捻じ曲げる因果となっているのだ。

 その事実を知らない彼らは、知らぬ間にその一端を担ってしまっている。深い地の底で、その企みを覆そうと戦う人々がいることも気付かずに。





 睨み合って対峙する狛と両面宿儺の内、先に動いたのは両面宿儺の方であった。


 ぐるんと身体を半回転させて攻守をナシガリからヒリヨミに切り替える。ここからは素早さ勝負ということだろうか。しかし、アンバランスな四脚状態になっている為に、単体であった頃程の速度は長続きせず、最高速度もわずかに落ちている。その狙いがどこにあるのかは謎であった。

 だが、それが謎であったのはそこまでだった。ヒリヨミの部分はすぐさまグネグネと蠢いて形を変え、今度は猫田の姿に変わったのである。


「猫田さん…!?」


 狛はヒリヨミが何かに変身する可能性は予測していたが、それが猫田だとは思いもよらなかった。ただ、狛に変化していた時とは違ってその背中にはナシガリがくっついている。傍目には猫田の背中にナシガリが合わさって、背中側の腰の部分から二本の脚と、肩の後ろからはさらに腕が生えた奇怪な姿だ。とても騙されるようなものではない。猫田の形をしている部分に攻撃するのは少し抵抗があるものの、こうも本人から離れすぎたデザインになれば、ほとんど気にならないだろう。

 そう判断した狛が攻撃しようとした時、両面宿儺は思いもよらぬ攻撃に出た。


 ナシガリの両腕と、猫田に変化したヒリヨミの両手それぞれから、魂炎玉こんえんぎょくの熱光線を狛に向けて放ってきたのだ。


「えっ…ヤバッ!?」


 正確に撃たれた四本の熱光線を狛は瞬時の身のこなしで回避に成功した。狛は猫田のこの攻撃を見たのは初めてだったので、本当にギリギリの回避だった。先程、ナシガリが飛び道具的に妖気砲を撃っていなかったら、躱せなかっただろう。恐るべき威力と速度で斉射され、身体にこそ当たらなかったが、九十九つづらの袖や裾には四つの穴が開いてしまっている。


 ヒリヨミが猫田に変化したのは、狛が目を覚ます前に猫田自身が攻撃に使った魂炎玉の熱光線を、両面宿儺が見ていたからである。しかも、それをアレンジして四本の腕から放ってくる所が恐ろしい。ナシガリの妖気砲が狛の頬を掠めた事で、それらの高速かつ高威力の射撃が狛に有効だと判断したようだ。

 その上、ナシガリの妖気砲とは違い、魂炎玉の熱光線は連射が出来るようである。威力は妖気砲の方が上だが、数と連射で圧倒的に勝っているのだ。


「立ち止まってちゃダメだっ…!」


 狛はそれもすぐに理解して右に左にフットワークを使って、続けて撃ち出される熱光線を回避してみせた。接近して接近して一撃を加えるべき所だが、ヒリヨミは狡猾にも左手からだけは、最初の斉射の後から撃ってきていない。いつでも放てるようにパワーだけを蓄えられているようで、迂闊に近寄れば至近距離で撃たれるのは必至だ。

 あのスピードからして、さすがに距離が近い状態では避けるのが難しい。どうにか隙を窺って反撃に出るしかない。


「っ…!どうしたら!?」


 逃げるしかない狛の背筋に、焦りからか汗が垂れていくのが解る。狛にも飛び道具があればよいのだが、さすがにそんな技は持ち合わせていなかった。九十九の傘を借りるにしても、飛び道具にはなりそうもない。また黒萩こはぎが見つけた高速攻撃の隙も、今の熱光線を乱射するだけの状態では起こり得ないようだ。狛はとにかく時間を稼いで策を練ろうとしている。


 そんな中、狛の動きに法則性がある事にヒリヨミは気付き始めていた。狛は逃げながらも、猫田と黒萩こはぎの治療をしている京介、彼らがいる方向にだけは、攻撃が行かないように立ち回っている事に。そして、遂に恐れていた事が起こってしまった。


「…あ!?ダメッ!!」


 流れる様な動きで、狛がちょうど三人から距離を取るように飛び避けた瞬間、ヒリヨミは今まで使っていなかった左手を京介達に向けていた。狛の立っている場所、距離、タイミング…全てが完全に計算された瞬間だ。狛には策を練る間も余裕もなく、一心不乱に京介達を護るべく身体が動いてしまった。


(間に合って…!お願い!!)


 放たれた熱光線は真っ直ぐに伸びて、京介達に当たるというその瞬間、そこへ狛が割って入っていた。両腕に再生したばかりの九十九つづらの袖を重点的に巻き付け、顔面の前で両手をクロスさせてその攻撃を受け止める。高熱で見る間に九十九が焼かれていく最中、さらに残った三本の腕から、容赦のない追撃がもたらされた。


 一切の躊躇いなく、計四発の熱光線が狛を襲う。


「くっ!うぅ…ああああっぐぁ!」


 身体を焼く熱により、狛の顔が苦痛に歪む。いかに霊力をフルに使ってガードしようとも、これほどの威力を打ち消すのは不可能だ。元が着物である付喪神の九十九つづらは、水よりもさらに火炎のような高熱に弱い。狛の霊力のお陰で再生しているが、とても追いつかないのが現状だった。


「こ、狛…!」


 黒萩こはぎはその手を伸ばそうとするものの、その身体はまだ動かなかった。最初に受けた両面宿儺の一撃で、彼女は背骨と神経に大きな損傷を受けていたからだ。他にも数か所の骨折があった為に、それでなくとも回復力が低下している京介の回復魔法ヒールでは、簡単には治しきれないようだ。


「ちぃっ…!」


 猫田と黒萩こはぎの双方に回復を行っている京介も同様に手が離せない状態だった。元より防御系の術やわざを得意とする彼は、普段ならば回復と結界の展開を同時に行うなど朝飯前だ。実際に、今はもう既に狛を含めた自分達の周囲に、弱いながらも防御結界を張ってある。だが、ヒリヨミが放つ魂炎玉の威力は想定以上であり、さすがにこの状態からさらに防御を高めるのは厳しいと言わざるを得ない。


「うううぅ…ま、まだ、まだぁっ!!」


 懸命に耐える狛だったが、既に九十九つづらの袖はほとんど焼け落ちており、今は腕で直に防いでいる状態である。両腕は共に重度の熱傷になっているのは明らかで、皮膚は炭化を始め、黒く変色さえしていた。それでも、このままでは腕だけでなく命すら危うい状況だというのに、狛は決して引き下がろうとはしない。ほんのわずかに、たったの1ミリさえも身体を動かさず、熱光線に耐えている。


「狛、逃げなさい…!貴女まで死んでしまうわ!」


「や、嫌だ!何があっても私は逃げないよ!友達を死なせなきゃ救えないって時に…私が命を惜しんだりしたくないもの!」


「と、友達…?何を言って…」


 亜那都姫の真実を知らない黒萩こはぎには、狛が何を言っているのか理解できなかった。自分達のことを友達だと思っているはずはないが、では一体誰の事を引き合いに出しているのかと言えば理解が出来ない。もし仮にあの過去を見たとしても、黒萩こはぎには狛の心情は理解できないかもしれない。黒萩こはぎにとっては、妖怪は敵か、或いは使役する存在であり、友人のような目で見る事などあり得ないからだ。それが、存在を捻じ曲げられた哀れな妖であっても。

 痛みの余りおかしくなってしまったのかと絶句する黒萩こはぎの前で、吼える狛に向かって、両面宿儺はさらに攻撃の出力を上げた。4本の熱光線を一つに収束させ、狛の肉体を完全に焼き尽くすつもりだ。


「こ、狛!危ない!」


「…私は負けない!だって、宗吾さんも言ってたんだから!」


 イツの記憶の中にある、犬神宗吾の記憶。それもまた、狛を突き動かす原動力である。偉大なる高祖父のお陰で、猫田という新たな家族にも出会う事が出来たのだ、狛にとっては家族も、友人すらも守るべき群れの仲間だということだ。


 そうして、眩い光を放つ熱線が狛を貫いた……かに見えた。


「ったく、バカ野郎、デッケェ声で騒ぎやがって。…お前にゃまだ宗吾さんの真似ははえーよ」


「あ……猫田さんっ!」


 間一髪で目を覚ました猫田が、尾に宿した本物の魂炎玉で、ヒリヨミが放つ炎熱を全て吸収している。決着の時は、すぐそこに迫っていた。

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