狛の影から飛び出したイツは狛の肩に乗ると、その頬を一舐めしてから敵を睨みつけた。
両面宿儺を正面に見据え、その向こうには実理と身体が融合しつつある
しかし、狛達を遮って立つ両面宿儺の圧は強く、文字通り彼らを避けては通れそうにない。狛は彼らの生前にも思いを馳せつつ、己の迷いを振り切るように雄叫びを上げた。
「ナシガリさん、ヒリヨミさん!私が
助けると一度は決めたものの、それは彼女の命を奪うことでもある。狛は優しく、友達を大事にする性格であるが故に、厳しい手段を取るのは苦手なのだがそうも言っていられない。そんな迷いの中で戦えるほど、両面宿儺が甘い相手ではないのだ。狛は自分を奮い立たせて、戦いを挑む気合を呼び起こすのだった。
「イツ!お願い!」
いつも通りの狛の呼びかけに反応して、イツは狛の身体に飛び込んだ。ただ、いつもよりイツの勢いというか、強い思いのようなものが感じられる。そんなに
そうして、狛は狗神走狗の術を発動させ、人狼化する。溢れ出す霊力の強さは、狛とイツの想いの強さだ。それをバックアップする
三人の想いはこれまで以上に重なり合い、相乗効果で途轍もない力を発揮している。それに狛自身が気付くのは、もう少し後である。
「はあああああっ!!」
全身の筋肉をバネのように躍動させ、狛は走り出す。常日頃から凄まじいスピードを誇る人狼化した狛であったが、この時の速さは、先程狛の姿を模していた朱い宿禰…ヒリヨミに比肩するものだ。しかし、当然ながら、朱と黒双方の宿禰の力を持つ両面宿儺はそれに悠々と着いてくる。一瞬の内に狛の進路上に立ち、その両腕を振るった。
「ぐっ!ううううう…!」
狛もまた両の手でそれを迎え撃ち、互いにがっちりと組み合って押し合う形になった、まさに力比べだ。体格で言えば、両面宿儺は狛の倍以上のサイズである。その上、拳で地面を割り砕くほどの力があるはずだが、狛はそれに真っ向勝負をして、決して負けてはいなかった。
二人の力は拮抗し、やがて足元に力が伝わると、地面がそれに耐えきれずビシビシと音を立てて砕け始めていった。互いの両足が沈み込み、狛の霊力と両面宿儺の妖力がぶつかり合って、洞窟全体が鳴動している。このままでは天井部分が崩落し、全員が生き埋めになってしまいそうだ。
それを察したのか、両面宿儺は狛に向けてかけていた荷重の向きを変えるように、一旦力を引いてみせた。体格の差がある為に、急に力を抜けられた狛は飛び上がるようにして身体を両面宿儺へ預けてしまう。
「グオオオオオオオオオッ!」
それを狙っていた両面宿儺は、雄叫びを上げてすかさず身体の向きを変え、ぐるりと半回転して投げ出すように飛び上がり、自らの斜め後ろの天井方向へ狛を押し出した。空中に体を浮かされた狛は成す術もなく洞窟の天井に背中から激突する。そしてそのまま狛の身体を押し込んで、両面宿儺は天井を掘るかの如く、勢いよく上方向に飛び込んで行った。
「ぐっ、くあ!ああああああ!…………こ、っのぉ!!」
力で天井に押し込まれ、身体が軋む。天井にはぽっかりと大きな穴が開いてしまった。狛は圧迫される苦痛の中で、自らの尾を使って両面宿儺の足を掴み、全力で地面へ投げ落とす。予想外の力で下へ引っ張られた両面宿儺は、まともに抵抗できず地面に激突した。そこへ、狛が天井を蹴って反転し空中でくるんっと縦に一回転をして強烈な蹴りで追撃した。
「ゴ…ガ、アァッ!!」
さすがの両面宿儺も地面に激突させられた後、間髪入れずに腹へ強烈な飛び蹴りを喰らえば、相当なダメージを受けたのだろう。仮面のような顔から、軽く血を吐き出している。今の狛は、そこで終わらなかった。
「でやああああああああっ!!」
両拳に霊力を集中し、硬化させた九十九の一部をグローブのように巻き付けて高速の連打を放つ。まるで岩石が嵐のように降り注いでいる、そんな猛攻だ。拳を受けているナシガリであった部分の黒い宿儺だけでなく、それと地面に挟まれているヒリヨミだった部分の朱い宿儺…双方が凄まじいダメージを受けている。神野の放つ速撃乱打以上の速さを誇る打撃だった。
その振動で、京介と
「二人共酷い怪我だ…もう少し遅かったら、危なかったな」
「ありがとうございます。…それにしても、あれが、狛だとは…」
「あの姿、人狼か。宗吾さん譲りなのは見た目だけじゃないんだな。…猫田さんが気に掛けるわけだ」
考えてみれば、
「恐いかい?」
「…は?」
「あの子が恐いか?と聞いたのさ。君は初めから、何か…
突然の京介の言葉に、
「えっ!?」
「くっ!」
突如、両面宿儺の口が開き、そこから凄まじい妖気が光線のように放たれた。歪なマスクのように見えていた顔面は、見た目通りにマスクの役目をはたしていたらしい。その下には、人のものとは思えないほど大きく裂けた口があって、びっしりと生えた歯と何本かの舌が蠢いている。実に不気味な形状であった。
狛はそれを驚異的な反射で咄嗟に避けたものの、光線が頬を掠めたのか、肉を抉られて出血していた。そして、その一瞬の隙を突かれ、マウントで抑え込んでいた両面宿儺に起き上がるきっかけを与えてしまう。狛は瞬時に両面宿儺の身体から離れ、数歩ほど離れた場所に立って両面宿儺と睨み合った。
「なんて威力…」
両面宿儺は、狛が今まで戦ってきた中でも、屈指の強敵と言えるだろう。
「あんな攻撃まであるとは、ここにいるのも危険だな…」
そうは言っても、京介はまだこの場を動けない。先程から会話をしながらずっと、猫田と
元々妖怪である猫田や、人狼という半妖の血に目覚めている狛はともかく、
とはいえ、
対峙する狛と両面宿儺の間に、再び緊迫した空気が満ち始めた。戦いの第二ラウンドは、ここからである。