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第63話 遺恨の行方

 狛がサハルを打ち倒したその頃、第一ターミナルでは、2階中央に設置された召喚術付きの石碑の前に、槐はいた。


 霊力で回路パスを繋ぎ、術式の解析と解除を同時進行する。未知の術に対してそれを行うのは至難の業だが、少しでも術の発動を遅らせつつ、この危険な術を止めるには不可欠な作業だ。それも、第三ターミナルで同様の作業を行う黒萩の力があってこそである。


 黒萩は類い稀な霊力や霊感の才能の他に、一つの超能力を有していた。精神感応…テレパシーである。

 一般的なというとおかしいかもしれないが、俗に言われるテレパシーは、イメージや思考の一部を相手に送ったり、受け取ったりするものである。それは一方的だったり、双方向的だったりという違いはあれど、その思考の全てを完全に流すものではない。


 だが、黒萩の場合、それらは思考や感覚の共有というべきレベルで行う事が出来た。見たもの、感じたもの、その考えまでもを相手と共有し、それでいて人格が混ざり合うことなくいられるのだ。その上、どれだけ離れていても関係なく、まるで目の前で話し合っているかのように作業が行える。そういう能力であった。

 今まさに、二人は黒萩の能力をフルに使い、別々の場所で召喚術に対抗しているのである。


 ちなみに、黒萩の持つこの能力の前には隠し事など一切通用しない。槐が黒萩のプロポーズに根負けしたのも、その心の全てをお互いに曝け出し、見透かし合ったからだった。二人が何を見て、どんな思いを共有したのかは、二人にしか解らないことだ。


「む、この霊力…この霊気は狛か?給霊符を使ったな。どうも調子が悪そうだったが、切り札を切ったか」


 作業の合間に、槐が一人呟く。周囲では自衛隊員達が、断続的に襲ってくるドローンゴーレムに対応すべく銃撃戦の音が響いているので、それを聞いているものはいない。テレパシーで繋がっている黒萩を除いては。


「もしかすると、人狼の力には月齢が関係しているのかもしれません」


「月齢?ああ、そうか、今日は新月か。そう言えば人狼…フォークロアお伽話の狼男は満月の夜に力を発揮するのだったな」


「はい。私達犬神家の祖先に人狼がいたというのであれば、私達の誰もが、少なからずその影響を受けるはず…事実、私も今日は朝から少しだけ、力が安定していません。あの子が本当に人狼化しているなら、その影響は私の比ではないでしょう」


 召喚術の解除は、基本的に霊力で行うものなので、手を動かすような作業はほとんどない。時折、霊符などの必要な道具を用意してはそれを石碑に張り付けたりするくらいだ。その為、もし今の槐達をじっと観察するものがいれば、ただ石碑に向かって立っているだけに見えるだろう。

 もちろん、術の解除に抵抗して石碑から力が流れ、火花のようなものが散っているので、全く何も起こっていないわけではないのだが。


「人狼、か。今でも俺達の祖先がそんなものだなど、にわかには信じ難いが…狛の変化した姿を俺はこの目で見ているからな。あの猫田という妖怪の話では、犬神宗吾は狼そのものにも変化出来たそうだが」


「こちらで調べた限りでも、何度かあの力を使っているようです。他にも、付喪神を従えて未熟な力のコントロールにも成功しているとか。身内ながら、


 黒萩の言葉には、言外に込められた別の意味があるようだが、それが解るのはやはり繋がっている二人だけである。槐は何かを思いついたように、ふと目を細めた。


「もしかすると、…ふ、まさかな。いくら力を持っていても、あいつはまだ未熟な半人前だ。それより、どう見る?この召喚術はこのまま止められると思うか?」


 はっきり言って、この槐の問いかけは無意味だ。二人は考えを共有しているのだから、答えは質問などしなくても解っている。これは確認作業である。


「不可能ですね。術式に流れ込んでいる莫大な霊力…悪霊達を一掃しない限り、では止められないでしょう」


「お前もそう思うか、ならば、確実なのは…」


 その後に続く槐と黒萩の言葉はピッタリと重なり一致した。二人はこうして、お互いの意思と感覚、全てを共有する。二人で一つ、それが槐と黒萩である。


「術者の抹殺」


 それが二人の出した結論であった。



 「はっ…はっ…くっ、ぅ」


 夜が近づくにつれて、身体が弱っていくのを感じる。一つ息を吐くごとに、霊力が抜け出ていくようだ。

 サハルの杖を破壊し、その腕をも切り落とした狛だったが、時を追うごとに体から力が抜けていくのも感じ取れた。


 あと十数分、いや、あと数分戦いが長引いていたら、狛はもう戦える状態ではなくなっていただろう。その証拠に、勝ったはずの狛は膝をつき、息を荒くして俯いてしまっている。サハルは腕を落とされた外傷性のショックと出血で気絶しているようだが、彼女は魔法使いだ。もしかすると、まだ使える手を残しているかもしれない。

 今の内に、霊符など、何かしらの手段で無力化しなければ危険だと感じてはいるが、身体が思うように動いてくれない。


(目が、かすむ…ダメ、まだ…!)


 意識を失う寸前になって、狛の身体からイツが飛び出した。身体を覆っていた九十九つづらも離れ、ひとりでに折り畳まれて、鞄の中に入っていく。

 心配そうに狛の肩に乗って、頬を舐めるイツだが、やがて狛の力が尽きかけたからか、イツはその肩で丸くなって眠りについてしまった。そして、狛の影の中へ消えていく。


 その隣に、いつの間にか、ひっそりと佇む男の姿があった。


「な?!ぐっ…!」


 狛は男に視線を向けたが、男はそれを気にも留めず、倒れているサハルに一歩ずつ近づいていく。その男の瞳からは、大粒の涙が溢れ、嘆きと共にこぼれ落ちていった。


「ああ、サハル…!お前ほどのマキが、何故…!?ああっ、すまん。許せよ…!」


 サハルを抱いて嘆いたかと思えば、男はギロリと狛を睨み、強力なプレッシャーをかけ始めた。弱いものならば、その圧だけで、心臓が止まってしまうような恐ろしい眼力だ。今の弱り切った狛には、これ以上ない程に効いている。


「かっ…!?あ、っ…あぐ、ぁ!」


「死ね!死ね死ね死ね!異教徒の小娘が!この地に地獄が降り立つ前に、私の手で地獄へ落としてやる!」


 心臓が握り潰されるような、強烈な圧迫感。先程まで呼吸すらままならなかった狛には、その力に成す術もない。強制的に呼吸が止められ、鼓動さえも遠くなっていく中、狛が死を覚悟したその時だった。


「そこまでだ、ギンザよ。お前の目論見は全て潰えたぞ」


「なにっ!?」


「かはっ!はぁっ…!…はぁっ、はぁ…!」


 突如プレッシャーから解放され、狛はその場に倒れ込みそうになった。だが、まるで風のように素早く何かが飛び出してきて狛の身体を優しく抱き抱える。


「狛、よく頑張ったな…偉いぞ」


「お…お兄、ちゃ…」


 ゲートの奥、結界が張られていたラウンジから拍とカメリア国王が姿を現したのだ。狛は久し振りに見る兄の無事な姿に安心して、そのまま意識を失った。そんな狛の身体を、拍は大事そうに抱えながらギンザを睨み返した。

 だが、当のギンザはそれには気付いていないのか、或いは国王だけしかその視界に入っていないようである。


「こ、国王!貴様が、貴様さえいなければ!」


「愚かだな、ギンザよ。我が国の秘宝、『ディーワの瞳』まで持ち出すとは…それは我ら王家の一族にしか扱えぬ代物と解っているだろうに」


「黙れ!国と神の教えを売り渡そうとする裏切り者め!貴様が王になどならなければ、こんなことにはなっていない!」


 ギンザは激しく糾弾するように声を荒らげているが、カメリア国王本人には、思い当たるフシがないようだった。癇癪を起す子どもを見るような、悲しげで困った顔をしている。


 この二人は、元々は兄弟のように仲の良い関係であった。


 国王には幼い頃から仕えてくれた教育係がおり、国王は彼を実の親と同じ位慕っていたという。そして、国王が13歳の時、教育係に実子が生まれた、それがギンザである。

 少し年の離れた弟が出来たようで、国王は大層喜び率先してギンザの面倒を見ていたようだ。立場の違いはもちろんあったが、それでも二人は関係を拗らせる事なく成長してきた。その関係に狂いが生じ始めたのは、カメリア国王が王として即位した数年前からである。


 カメリア国王は、中東の小国でありながら独自の宗教を築き、一定以上の影響力を周囲に与える自国を誰よりも愛していたが、同時に他宗教との軋轢を多く生み火薬庫として揶揄されることもある国であった。

 それは若い頃から感じていたことであったし、それをなんとかしようとずっと考えていた彼は、ぶつかり合う周辺国を執り成し、皆が手を取り合う新たな経済圏を作り出そうとしたのだ。

 それは欧州連合ならぬ、中東連合の結成である。


 しかし、それは何よりも信仰心で衝突する国々にとっては耐え難いものであった。中東は、決して石油や鉱物資源のある裕福な国ばかりではない。そうでない貧乏な小国は中東連合に好意的であったが、それでも信じる教えの違いは如何ともしがたいものがある。

 どうにかして、それを取り払う術はないものかと考えていた時、ヒントになったのが日本であった。


 本来、神道という独自の宗教観を持ちながら、仏教を受け入れ、神仏習合までを果たしただけでなく。今も様々な教えの者達が混在する国。それはカメリア国王にとってある種の理想であったのだ。それを学ぶ為の来日であった。


 だが、ギンザを始めとするマキ達に、それは裏切りと見えたらしい。ギンザは彼の考えを知ると、即座に反発し衝突するようになった。それが今回の事件のきっかけである。


「他の教えを信じる者達とも手を取り合う…そんな国を作ることが裏切りだと言うのか?残念だ。ハクよ、ギンザを頼む。我は、同じ教えの者を手に賭ける事が出来ぬのでな…」


 カメリア国王がそう言うと、ギンザの懐から、輝く何かが浮き出し、国王の元へ飛んでいった。これこそが『ディーワの瞳』、カメリア王国に伝わる特殊な霊石である。先程狛を死に追いやろうとしたのも、この瞳の力によるものだ。ギンザという男は、マキとしての実力はそう高くない。術者としてはサハルの方が上であった。


――拍、そいつを殺せ。そいつはどういうわけか、召喚術を止めてまでそこに移動している。今がチャンスだ、早くしないと地獄を呼ぶ術が発動してしまう。


 通話状態になっているスマホから、槐の声が聞こえる。拍は狛が眠っている事に安堵しつつ、殺気を込めて四体の狗神を呼び出した。


「四犬参陣。俺の妹をいたぶってくれた礼もあるが…お前はやり過ぎたな。さらばだ、異国の魔法使いよ」


 拍がそう呟いて目を閉じると、ひいふうみいよおの四体の狗神達がギンザに向かって突撃する。その牙が届く直前に、ギンザは隠し持っていた霊石を砕き、腕の中にいたサハルを転移させた。


「…っ!?ぎ、ギンザ様っ!」


 その瞬間、異変に気付いたサハルは目を覚まし、ギンザの名を呼びながら転移していった。


 そうして移動した先、人気ひとけのない森の中では、女の慟哭がいつまでも聞こえ続けていたという…

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