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第60話 作戦開始

 特別展望デッキを出発し、狛と猫田は弧乃木とその部下、畦井あぜい十畝とおうねという女性二人と共に第二ターミナルに向かって走っていた。


 第一ターミナルと第三ターミナルには、それぞれ槐と黒萩が、生き残っていた自衛隊員50名ずつを引き連れて制圧に向かっている。結局の所、召喚符の役割をしているあの石碑の効果を解除するには槐か黒萩でなければ難しく、しかも多数の隊員を連れて守りながら行動するとなると、二人のように防御結界術に優れた人間でなければ指揮できないので、こういう配置になった。

 カメリア国王と拍を救出して撤退するだけなら、少数精鋭の方がいいという判断もある。


「なるほど、それで私の曾祖父と同僚であったというわけですね」


 走りながら弧乃木は、猫田から曽祖父である弧乃木将馬と猫田の関係を聴き出していた。なんでも、弧乃木将馬と言う人物は長生きで、110歳を過ぎても存命であったらしい。今ここにいる弧乃木精一は48歳なので、曾孫にあたる精一が物心つくまで生きていた事になる。


「ああ、将馬の奴はあの頃、確か16か7になるかどうかくらいだったはずだ。【ささえ】の隊士の中じゃ一番年下で、他の隊士の連中に可愛がられてたよ。しかし、宗吾さんに続いて将馬の子孫にも会うたぁ、他の連中にも出会う事がありそうだな」


 猫田はどこか嬉しそうに呟いている。本人は気付いていないのかもしれないが、喜びが伝わってくるようだ。

 狛から見た猫田の横顔は、わずかに笑っているようにみえた。


 さっきまで狛達がいた特別展望デッキから、第二ターミナルまでの間には直線でおよそ600メートルほどの距離がある。悪霊の抵抗を受けながら走るのは厳しいかと思っていたが、蓋を開けてみればさほど大きな抵抗はなく進む事が出来た。これなら、槐達の方も心配いらないだろう。

 第二ターミナル近くの駐車場ビルに隠れて息を整えていると猫田が空を見上げて首を傾げた。


「それにしても、何であの悪霊達は攻撃してこねーんだ?俺達に気付いてないわけじゃないはずだが」


「槐叔父さんは、あの悪霊達は召喚符を起動させる為のエネルギー源なんじゃないかって言ってた。もしそうなら、悪霊達を祓っちゃえばいいのかもしれないけど」


「あの膨大な数をどうにか出来ると?」


 弧乃木がそう言うと、狛は黙って首を振った。空を埋め尽くすばかりの悪霊を一気に祓うというのは、さすがに現実的ではない。狛が狗神走狗の術を使い、その力をフルに使っても一朝一夕には終わらないだろう。ましてや、今日の狛は絶不調である。とてもではないが、太刀打ちできるとは思えない。

 猫田は落ち込む狛の頭に手を置いて、軽く撫でた。そもそも狛の責任でもないのだから、落ち込む必要などないのだが、今日の狛は全力を発揮できない事にもどかしさと負い目があるのだろう。少し自分を責めがちであった。


「こういう時、アイツらがいりゃあなぁ…」


「アイツらって?」


「【ささえ】の仲間にな、まさにこんな時にうってつけの奴がいたんだよ。『悪因殺し』って異名持ちでな、危ねー奴らだったが、頼りにもなったんだ」


 危ない人間なのに頼りになるとは、ずいぶん変わった評価をされる人間である。その異名も大仰だが、一体どういう人物だったのか気になる所だ。


「物騒な異名だけど、どんな人達だったの?」


「そいつらは恐山のイタコの家系に生まれた双子でな。弟の方は守護霊を一切持たないんだが、イタコの血筋だけあって霊媒としちゃあ超一級の才を持ってた。だが、何よりヤバイのは姉の方さ。そいつには山岳信仰から生み出された恐山そのものが神となって、守護霊ならぬ守護神として憑いていたんだよ。霊的に空白で、かつ霊媒として優れた弟が悪霊やら妖怪やらを無理矢理に寄せ集めて、姉に憑いた守護神がそれをまとめて消し飛ばす…そこから付いたあだ名が『悪因殺し』だ。うっかり姉に近づくと、俺や他の連中にも障るってんで警戒してたが…あの二人がいりゃあ、悪霊なんざどれだけいようと、綺麗さっぱり消し飛ばしてくれただろうよ」


「す、すごい人達だったんだね…」


 とんでもない力を持った人物もいたものだと、話を聞いた狛達は呆れたようにポカンとしている。しかし、猫田が言っているのは、およそ150年は昔の人物である。さすがに生きてはいないだろうし、そもそも今この場にいないのだからどうしようもない。

 ただ、その話を聞いて狛は思い出した。初めて猫田に会った時、猫田を大きな猫と思って殺しにかかってくる人物がいたと…もしかすると、それはその悪因殺しの二人だったのではないだろうか?そうだとしたら、猫田が警戒していたという理由も解るものである。


「ちなみに、私の曾お祖父さん…将馬さんはどういう能力を持っていたのですか?」


 そこまで聞いて弧乃木も気になったのか、自分の曽祖父について質問していた。霊的な才能というのは、必ずしも子孫に引き継がれるものではないが、引き継がれる可能性は高い。この状況で役に立つ能力だったとしたらいいと、そう思ったのかもしれない。


「将馬は確か、念動力の使い手だったはずだ。霊感はそこそこだったが、とにかく念の力が強くてな。人間の頭くらいなら、目に見える範囲ならどこにいても破壊できたって聞いた事がある。もっとも、それを使いこなすにはかなりの鍛錬が必要だったらしいぞ。自分の力を正しく制御できるようになったのは、【ささえ】に入って訓練をつけてくれた仲間のお陰だって、そんな話をしてた記憶があるな」


 それもまた凄まじい力ではあるが、仮にその力が精一に受け継がれていたとしても、何の訓練もなしに使えるようになるものではなさそうだ。弧乃木自身もそう思ったのか、なるほどと苦笑いをして黙ってしまった。何やら考え込んでいるようにも見えるが、俯くとヘルメットで顔が隠れてしまって、表情がはっきりとは解らない。


 そうこうしている内に、再び第二ターミナル内で爆発音がして、地面が揺れた。中で何が起きているのか不明だが、のんびりしている時間はなさそうだ。四人は隠れていた駐車場ビルから飛び出して、一気に第二ターミナル入口に向かって駆け出した。


「隊長!ターミナル内部から誰か出てきます!」


 十畝がそれに気付いたのと、入口から出てきた人物が何かを飛ばしてきたのは、ほとんど同時だった。


 高速で飛来したのは氷の矢だ。狙われたのは十畝本人である。ガツン!という弾ける音がして十畝は一瞬倒れ込みそうになるが、予め狛が個人用の結界符を各々に渡して起動させていたおかげで、ダメージはなかったようだ。すかさず弧乃木と畦井が小銃を構え、出てきた人物を蜂の巣にする。

 しかし、一見ボロボロのローブとスカーフを纏っただけのその人物は、大量の銃弾をその身に受けながら、それを全く意に介せず手にした杖を再び振ろうとした。


「させるかよっ!」


 今度は猫田がそれに反応して、素早くその人物の背後に回った。そのままヘッドロックをして、一気に締め落とす。全身の力が抜けて意識を失った人物を、素早く十畝と畦井が縛り上げて無力化する。流れるような手際に、狛は目を見張っていた。


「こ、殺しちゃったの?」


「…いや、生きているよ。しかし、銃弾を物ともしないとは…何か秘密が?」


 弧乃木は素早く倒した相手の首に手を当てて、脈を取った。弧乃木は自分や猫田、それに十畝と畦井が手を触れても特に問題はないのに、どうやって銃弾を弾いたのかが解らないようだ。狛が代わって調べると、どうやらローブに何かの術が組み込まれているらしい。おそらく銃弾だけでなく、刃物も通さないだろう。狛には見た事もない術式だ、これが本物の魔法使いが扱う魔術というものか。


「仕組みは解りませんけど、銃弾や刃物を防ぐ効果が付与されてるみたいです。佐那姉なら、こういうのを調べるの得意なんだけど…」


 改めて自分がまだ未熟であることを気づかされ、狛は悔しさを滲ませた。一人前になりたいと言っても、まだまだ出来る事は少ないのだ。今はそれを気にしている余裕は無いが、ここを切り抜けたら、もっと修行に身を入れなくてはと狛は決意を新たにした。


「いや、銃器が役に立たない事が解っただけでも十分だ。それに、君のお陰で十畝は怪我を負う事なく済んだ、ありがとう。しかし、そうなると、我々に出来るのは接近戦で体術のみか」


 弧乃木はすぐに頭を切り替えて、畦井と十畝に合図をし、その場で軽い柔軟運動を始めた。いつでも格闘戦に入れるようにだろう、非常に判断の早い男だ。三十秒ほどその場で身体をほぐすと、三人は銃を背中側にずらして、準備を終えたようだった。


「狛、歯痒いのは解るが、お前は出来るだけ前に出るなよ?俺の後ろにいろ」


「う、うん…ごめんね、猫田さん」


 猫田と弧乃木を先頭にして、その後ろに狛、さらに最後尾を畦井と十畝という陣形になる。五人は手近な案内板の元に移動して現在地と目的地を調べる事にした。


「で、どこにいるんだ?拍とその王様ってやつは」


「お兄ちゃんの結界を感じるのはもっと上の階だわ。三階かな?」


「…ならばここだな。三階に、ちょうどVIP用の特別ラウンジがある。籠城にも適しているし、間違いないだろう」


 弧乃木が指差した場所は、第二ターミナル三階の端にある大きなラウンジであった。VIP用というだけあって、一般人が入れないように、少し入り組んだ場所にあるようだ。五人は顔を見合わせ、陣形を組んで上階への階段に向かうのだった。

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