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第59話 思いがけぬ再会

「じ、地獄って…」


「はっ、今のこの状況こそ十分地獄だぜ。これ以上、何をやらかそうってんだ?」


「これを見ろ。式神を潜り込ませて撮ってきた写真だ」


 槐が差し出したタブレット端末には、奇妙な風景が映し出されていた。狛がそれを受け取ってスライドしていくと、何枚かの画像があるようだ。それらのどれを見ても所々に血痕があり、少し崩れた壁や銃弾の痕などがあってかなり生々しい様子である。写っている案内表示からみて、どうやらこれは第一ターミナルの内部であるらしい。

 狛が奇妙だと感じたのは、どの画像にも白い直方体に手足が生えたような、不思議な物体がいくつも写っていることだ。これは一体何なのだろう。


「なんだこりゃ?小さいぬりかべみたいなのがたくさんいやがるが…」


 狛の横から画像を見ていた猫田も、その不思議な物体が気になるようであった。ぬりかべと言えば、通せんぼをする壁状の妖怪が有名だが、実は三つ目で大きな犬のような姿をしているという説もある。しかし、妖怪である猫田がこの白い物体を見てぬりかべと表現した所からすると、やっぱり本物は壁のような姿をしていると言う事なのだろうか。


「それは恐らくゴーレムの一種だ。本来のゴーレムは術者の命令通りに動く魔導人形だが、それは完全に無機物をベースにした自律型の怪物だ。奴ら魔法使いを名乗るだけあって芸の幅が広い。だが、注目しろと言ったのはそれじゃあない。…これだ」


 疑問符を浮かべていた狛の手からタブレットを取り上げ、槐は自ら操作して一枚の画像を表示させてみせた。そこには先程のゴーレム達と一緒に、黒く大きな石碑のようなものが写っていた。石碑には見た事もない文字が刻まれており、画像越しにも禍々しい気配を感じさせている。


「何、これ?石碑みたいな、こういうの何て言うんだっけ…えっと、モノリス?」


「それは召喚符だ。書かれている文字は奴らの使用する古代魔術によく使われている文字…まぁ、ルーン文字に近いものだな」


「召喚って、何かを呼び出すって事?一体、何を?」


「言ったろう。この辺り一帯が地獄に飲み込まれると…奴らはそれを使って、地獄そのものを呼び出そうとしているのさ」


「そん、な…」


 現世に冥界の一部を出現させる。そんな途方もない計画に、狛も猫田も驚愕する他なかった。そんな事が可能なのかという疑問は残るが、槐が嘘を吐いているとは思えない。それに、確かにこの石碑の形をした召喚符が強力な力を持っているのは間違いない。

 猫田に至っては苛立ちを隠さずに槐に食って掛かっていく。


「地獄を呼び出すだと?そんな事をしたらどうなるか解ってるのか、そいつらは」


「最悪この世とあの世の境界が崩れて、世界が崩壊するかもしれんな。そこまでいかないにしても、よくてこの周辺…もしくはこの国が地獄に飲み込まれて、亡者や悪鬼が溢れ出すだろう。連中にしてみれば、異教徒である我々など同じ人間とも思っていないだろうからな。それくらい平気でやるさ」


 槐は他人事のように答えているが、内心ではかなりの怒りを堪えているようだ。その証拠に、いつも飄々としているはずのこの男から発せられる気配が、今は激しい殺気と怒気に満ちている。こんな槐を見るのは、狛も初めての事であった。


 そんな時、下の階から一人の男が上がってきた。男は迷彩服を着て、鍛え抜いた身体が服の上から解るほどに筋肉が主張している。恐らく自衛隊員なのだろう。槐は先程彼らと協力して、第一ターミナルと第三ターミナルを制圧に向かうと言っていた。その相手なのだろう。


「犬神殿、我が隊の準備は完了しました。…そちらの娘さんは?」


「身内です。言いつけを破ってここまで来てしまいましてね。説教をして帰らせようかと思っていた所ですよ」


「ほう?という事は、術者でいらっしゃる?」


「…ええ、まぁ。半人前ですがね」


 槐はあからさまに、余計な事に気付かれた、という顔をしていた。かたや迷彩服の男は、槐の様子など完全に無視して、狛に声をかけてきた。


「君は、戦う為に来たのかな?」


「え…?あ、はい、そうです。兄を、犬神拍を助けにきました」


 突然聞かれたので、少し焦ってしまったが、ここは正直に答えることにする。このまま槐と話をしていても追い返されるのが関の山だ。ならば、目の前のこの人物を味方につけるのもいいだろう。狛は彼に一縷の望みを賭けてみる事にした。


「ふむ、素晴らしい。未熟でも兄上を助けに行こうという精神、なんと尊いものか。犬神殿、どうです?彼女にカメリア国王の救助に行って貰っては?兄上というのは、国王のSPを任されていた人物でしょう。ちょうどいいではありませんか」


「ですが、見ての通りそいつは子どもで未熟者です。とてもご期待に副えるものではありませんよ」


「何を仰る。ここへ辿り着けただけでも、力は保証されているではありませんか。我々の同僚などここに近づけもしないというのに…まったく嘆かわしい。とにかく、今は子どもがどうこうと言っている時ではありません。力があるものならその力を使わねば」


 男は拳を握り締めて力説している。対する槐は舌打ちをして感情を露わにしているが、現実に狛がここまで来てしまっている以上、強く否定しきれないようだ。狛としては拍を助けに行けるなら願ったりな話なのだが、先程槐に言われたように、自分の立場を考えると手放しでは喜べない。


「そうは仰いますが…む?なんだ?!」


 槐が反論しかけたその時、大きな揺れと爆発音が鳴り響いた。音のした方向を見ると、拍達が立て籠もっているであろう第二ターミナルに黒煙が見えている。テロリスト達が動き始めたのだろう。このままでは間に合わなくなるのは時間の問題だ。


「ちっ!奴ら、これが狙いか。今から第一と第三ターミナルを放置してカメリア王を助けたとしても、地獄を呼び出されれば一巻の終わりだ。かといって戦力を分ければ、その分こちらが不利になる…もはや迷っている時間はないな」


 槐は覚悟を決めたのか、黒萩に向けて合図を出し、続けて狛の方を向いてその目を見据えた。


「狛、時間がない。立っている者は親でも使えと言うが、仕方ない、お前にも働いてもらう。お前は今すぐ第二ターミナルに向かって拍とカメリア王を救出しろ。いいな?くれぐれも、そのガキのように余計な事をして仕事を増やすなよ」


「う、うん…!解った」


 そう返事をしたものの、また子どもや力の弱い人がピンチになっていたら、それを見捨てられるか狛には自信がない。それでも、今は出来ると思い込むしかないのだ。近づいてきた黒萩に少女を手渡すと、狛は頬を張って気合を入れ直した。


「犬神殿、私の隊から数人、お嬢さんにお付けしましょう」


弧乃木このぎさん、よろしいのですか?」


「ええ、と言っても、私を含めて精々3人ほどですがね」


 弧乃木と呼ばれた男はニヤリと笑って、狛の方を見やる。日に焼けたその顔は整っているが、優しさよりも厳しさが勝っているような雰囲気で、狛は少し気圧されてしまうようだった。


「では、改めて、私は弧乃木精一このぎせいいちと申します。よろしくお願いしますよ。…そちらは?」


「は、はい!犬神狛です、よろしくお願いします!あ、こっちは…」


「猫田吉光だ。コイツの、狛の保護者みてーなもんさ。…ところでアンタ、弧乃木って言ったな?弧乃木将馬このぎしょうまってヤツ、知らねぇか?」


「弧乃木将馬は私の曽祖父ですが…何故その名を?」


「マジかよ…世間は狭ぇな…」


 猫田は俯きながら、ボリボリと頭を掻いている。事情が解らない弧乃木と槐は訝し気な顔をしているが、狛だけはピンときたようで、少し驚いた顔をしている。


「猫田さん、もしかして」


「ああ、弧乃木将馬も宗吾さんと同じ【ささえ】の隊士だった奴だよ。筋はよかったが、一番歳が若くてな、危なっかしい奴だった。まさかその子孫に出会うとは…どうなってんだ、まったく」


 ぼやくように呟きながら、猫田の表情はどこか嬉しそうだ。かつての仲間の子孫に再び出会う事は、彼にとって望外の喜びと言えるのかもしれない。

 しかし、その出会いを喜んでいる時間はなく、更なる爆発音が周囲を包むのだった。

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