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第48話 ハル爺の受難

「うーん…恋、かぁ」


 狛はその場で胡坐をかき、腕を組んで悩んでいた。そもそも自分が恋というものをよく解っていないのに、相手を探してくれと言われても、どうしたらいいのだろう。しかも相手は人形である。どうしたものかと考えて、はたと気付いた。今は夢の中なので人間のように振る舞っているが、相手は人形なのだ。であれば、探すのは人形の王子様なのではないか?と。


 そうであるならば、探すのに難しい事はない。まずは好みのタイプを聞いて、おもちゃ屋を巡るか、ネットで検索すればいい話だ。


「えっと、あなたはどんなタイプが好みなの?」


「…言っておくけど、私が欲しいのは人形の恋人じゃないわよ?ちゃんとイケメンの人間を連れてきてよね」


 お手上げである。大体、狛に男性の知り合いなどほとんどいない。精々クラスメイトか、親戚くらいのものだ。クラスメイトにはそこまで格好いい人物がいたという認識はないのでダメだろう。

 顔で言えば、猫田や拍は見栄えがいい方だと思うが、二人共そういう方面には絶望的だと思う。拍はあの佐那があれだけアピールしているのに全く目を向けないドが付くシスコンだし、猫田に至っては、そもそも恋愛という感情があるのかどうかも解らない。その点は狛も似たようなものだが、猫田の場合はそういう対象が人なのか猫なのかもはっきりしないのだ。


(うちの親戚だとあとは、槐おじさんかな?あの人なら顔は格好いいって言われるはずだけど…)


 さすがにいい歳をした叔父に、少女人形を押し付けるのは色々と問題がある気がする。そもそも拍も槐も、相手が曰く付きの人形となればまず祓うと言うだろう。槐は人間と妖怪の共存を謳っているので、もしかすると受け入れるかもしれないが、正直に言ってあの強面の槐と少女の組み合わせは見たくない、色々な意味で。


 ああじゃないこうじゃないと悩む狛に対し、人形の少女は白い目を向けている。


「何よ、あなたそんなにツテがないわけ?」


「伝手があるなしっていうか、私恋愛とかそういうのよく解らなくて…」


「何を言ってるのよ、いい歳して。初恋の一つや二つ、とっくに経験済みでしょう?」


「いや、それが…お恥ずかしながら、まだでして…あはは」


「はぁ!?あなた女子高生でしょ?JKよJK!初恋すらまだなんてそんなことあるわけないでしょ、清楚ぶってるんじゃないわよ!」


「そんなぁ!?」


 いくらなんでも酷い言われようである。そりゃあ確かに同世代に比べて、こと恋愛においては遅れているという自覚はあるが、清楚ぶっているなどと言われるのはあんまりだ。狛にしてみれば、そう簡単に人を好きになれると言う事の方が理解できない。

 上手く表現できないが、恋愛というのはもっとこう…なんか凄いモノだと狛は考えている。そんな言葉しか出てこない時点で、狛がいかに恋愛に疎いのかがお解り頂けるだろう。


 怪異とはいえ、見た目子どもな少女に辛辣な言葉を投げ掛けられ、狛は半泣きになっていた。弱点を自覚している分、はっきり言われるとダメージが大きいらしい。


(高校生で初恋もまだだなんて、やっぱりおかしいのかな…?)


 一人悲しむ狛を尻目に、少女は何事かを呟いている。小さな声で失敗したかな?とか、今から他の奴に…という言葉が聞こえているが、狛はショックで聞き流しているようだ。

 しばらく考えた後、少女はこほんと咳ばらいをして狛に向き直った。


「今更他の人間を探すのも面倒だし、あんたで我慢してあげるわ!で、恋愛偏差値最底辺のクソ雑魚JK、あなた名前は?」


「こ、狛…だけど」


「コマね。いい?コマ。もうすぐ朝よ、目が覚めるわ。だから覚えておきなさい、もし私の理想の恋人を見つけられなかったら、その時は…」


「その時は…?」


「あなたの喉をもらうから」


「はっ!?」


 狛が目を覚ますと、カーテンの隙間から光が漏れて差し込んでいた。夢か、と思ったが、厄介事を引き当ててしまったのは間違いないようだ。何故なら、狛の胸の上にはいつの間にかあの人形が乗っていて、両手でハサミを開き、狛の喉にピッタリと押し付けたまま停止していたのだから。



「恋愛偏差値最底辺の、く、クソ雑魚JK…かぁ…」


 着替えながら、夢の中で放たれた暴言を反芻してみる。冷静になって考えてみれば、かなりの暴言だ。実際に恋愛経験はないのだから、反論できない。そんな自分が他人に理想の恋人を探してやる事など出来るのだろうか。これまでにない難問に頭を抱えて、狛は台所へ向かった。


 今朝の食卓を囲んでいるのは猫田にハル爺、それにナツ婆と狛の四人である。拍はこの所かなり忙しいらしく、家を空けている事が多くなった。かなり重要な仕事を引き受けているようだ。本来であれば、佐那がサポート役として彼に着いてまわるのだが、彼女は現在入院中なのでそう言う訳にもいかず、拍は慌ただしい生活を余儀なくされているらしい。

 佐那と言えば、昨日はお見舞いに行けなかったので、今日はこの後お見舞いに行く予定である。ただ、狛の頭の中は、どうやってあの人形に恋人を見つけてやろうかという問題で一杯だった。食事の勢いも量も明らかに落ちていて、密かに猫田とハル爺は心配している。


「ねぇ、ナツ婆。ちょっと聞いてもいい?」


「なんじゃ?」


「…ナツ婆の初恋って、いつだった?」


「ぶふぉっ!!」


「熱ぅ!き、きたねぇっ!」


 唐突な狛の質問に、飲みかけた味噌汁を吹き出したのはハル爺だ。正面に座っていた猫田は、不意打ちをまともに食らい、顔面が味噌汁塗れになってしまっている。猫田はワタワタと大慌てで顔を洗いに走り、ハル爺は茫然自失といった有り様で固まっていた。


「なんでそんなこと聞く?」


「いや、ちょっと…と、友達に素敵な人を紹介して欲しいって、言われて…」


 狛は恥ずかしいのか、顔を赤らめながら答えているが、最後は小声になってしまっている。しかし、その様子から、軽い気持ちで聞いたのではないと判断したのだろう。ナツ婆は自家製のたくわんを口に放り込むと静かに目を閉じて、よく咀嚼してから口を開いた。


「…儂は、幼い頃からずっとハル一筋じゃ。他に男なんぞ知らん。…ハルの方はどうか知らんがな?」


「ヒェッ…!?」


 ギロリという音が聞こえてきそうなほどの、凄まじい眼光と共に、ナツ婆はハル爺を睨みつけている。ハル爺は震えあがっているが、狛が聞いた話では、ハル爺の方がナツ婆にゾッコンで惚れ上げて結婚したはずだ。一体どういうことだろう。

 まるで雷の音を聞いた犬のように、ブルブルと震えるハル爺だったが、少し間を置いてから声を絞り出し始めた。


「わ、わわわわ儂だってナツ一筋じゃろ!?人聞きの悪い事を言うでないわっ…!一体いつ儂が余所の女に手を出したって言うんじゃ」


「ほう?じゃあ、一昨日TVの若い女を見て鼻の下を伸ばしておったのは別人か?」


「あ、阿呆!いい歳してTVの姉ちゃんに嫉妬するな…!あれはその、わ、若い頃のお前に似てたから昔を思い出してだな…」


「ふぅん…どうやらおめぇとは久々に腰を据えて話をする必要があるみてぇだな…!」


「い、いや待て!落ち着け!そういうツモリでは…っ!ああああああ、狛、た、助けてくれぃ!」


「え、ごめん、ムリ…恐い…」


 怒りのオーラを放つナツ婆のそれは、狛のトラウマを思い起こさせるのに容易い威力を発揮していた。狛もすっかりハムスターのように全身を震わせ俯いてしまっている。悲鳴を上げるハル爺を片手で引きずり倒し、ナツ婆はハル爺と共に屋敷の奥へ消えていった。


「な、なにがあったんだ?」


 顔を洗って戻ってきた猫田は、遠ざかっていくハル爺の悲鳴を聞きながら、ただただ立ち尽くすことしか出来なかったという。

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