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第47話 奇妙な出会い

 狛が猫田のフォローに入った次の日。

 今日は土曜で、狛の学園は休みである。狛は今日学校が休みでなければ、昨晩レディを見かけた事を話してみようかと思っていたが、アテが外れてしまった。


 別に急ぎの用があるわけでもないし、あくまで話のきっかけにしようと思っただけなので、週明けにタイミングを見て話せばいいかと、狛は考えを改めた。


「今日は皆と約束もないし、お兄ちゃんから頼まれた仕事もないしなぁ…そうだ、アスラと猫田さん連れてお散歩にでも行こうかな。佐那姉のお見舞いも行かないとね」


 こう見えて、佐那への見舞いは毎週欠かさず出かけている。土曜か日曜かの違いはあるが、基本的に空いている時間を見つけて顔を出す感じだ。アスラは病院の中には入れないが、外に繋いで待たせておく分には問題ない。親族経営の病院なのでそのくらいの融通は利くし、そもそもアスラは賢いので、それくらい待つ事はへっちゃらだ。


 ただ、アスラはナツ婆やハル爺、或いはまた別にいる一族の退魔士と組んで依頼を受ける事が多い。今日も出かけているかもしれないので、まずは家の中を探してみる事にする。猫田はその合間に声をかければいいだろう。


 そんなわけでしばらく家の中を探してみたが、アスラの姿は見えなかった。そもそも家にいる間は狛にベッタリくっついているはずなのに、これだけ探していないと言う事は、やはり仕事に出かけているのだろうか?仕方がないなと思っていた所へ、廊下を歩いてきたハル爺とばったり出くわした。


「あ、ハル爺、アスラ見なかった?」


「ん?アスラなら今日は一日空いておるはずじゃが…はて、そう言えば朝の飯を食わせた後から姿が見えんな。ナツの奴が散歩にでも連れていったかな?」


「…儂はここにおる。アスラなら、さっき化け猫と一緒に出掛けて行ったぞ」


 二人の会話を聞いていたのか、別の部屋からナツ婆が顔を覘かせた。どうやら昼寝をしていたらしい、いつもの怖い顔はどこへやら、眠そうな目つきで狛達に話しかけると、また部屋に引っ込んでしまった。まだ寝足りないのだろうか。


 ナツ婆は若い頃から、昼寝が趣味という一面を持っている。仕事がない時は、本当に日がな一日寝ている事もあるのだが、それできっちり夜も眠れるというのだから大したものだ。

 ちなみに狛が子どもの頃、あまりにもよく眠るナツ婆に、何故そんなに寝るのか聞いてみた事がある。ナツ婆曰く「霊力を消費すると眠くなる」のだそうだが、狛の場合、疲れはしても眠くならないので正直、その言い分は疑わしい。恐らく、単純に寝るのが趣味なのだろう。


 それにしても、アスラと猫田が連れ立って外出とは、また中々珍しい組み合わせである。決して仲が悪いわけではないのだが、アスラは猫田が人の姿をしている時は、あまり自分から近づこうとはしない。逆に猫田が猫の姿でいる時などは、一緒にくっ付いて寝ていたりする、微妙な関係なのだ。


 不思議な事もあるものだと、狛とハル爺が顔を見合わせていると、ちょうどそこへ庭を通って猫田がアスラを連れて帰ってきた。その手には、狛が貸してやったエコバッグが握られていてたっぷりの栗が詰められている。どうやら、また栗拾いに行っていたらしい。


「猫田さん、おかえり。どうしたの、アスラを連れて出かけるなんて、珍しいじゃない」


「おう、ただいま。いや、なんかTVで高いキノコを見つける豚ってヤツを紹介しててよ。コイツならもっと鼻が利くし、頭もいいから使えるんじゃねーかと思ったんだけどなぁ」


「ええ!?ちょっと、アスラに何させてるの?!」


 悪びれずに語る猫田の言に、狛は驚いてしまった。猫田が言っているのは、トリュフを見つける豚のことだろう。訓練してあるならともかく、いくら賢いと言ってもアスラにそんな事ができるわけがない。文句を言う狛を気にせず猫田は話を続ける。


「そんな危険な事させたわけじゃねーし。まぁそもそもダメだった。キノコを探せって言っても、コイツにゃキノコがなんだか解ってないみてぇだ」


 猫田の言い分に狛が呆れて嘆息している横で、アスラはきちんとお座りをして尻尾を振っている。どうやら撫でられ待ちのようである。狛が撫でてやろうとアスラに目を向けると、アスラは何かを咥えていた。


「アスラ、何咥えてるの?…なにこれ?人形?」


「ああ、帰り際に急に走り出したと思ったら、どっかから咥えて持ってきたんだよ。放せっつっても聞かなくて、そのまま持って帰ってきたんだが」


「まったくもう、アスラに変な事覚えさせないでよー…」


 猫田はそう言っているが、狛が手を出すとアスラはあっさりその人形を手放した。狛にそれを見せたくて持って帰ってきたらしい。狛は動物の考えている事が解ると言う特技を持っているが、今のアスラが何を考えているのかは、誰が見てもすぐ解るだろう。千切れんばかりに尻尾を振って、褒めてオーラが全開になっている。

 猫田はともかく、アスラに罪はないのだ。猫田の事は後でしっかり絞っておくとして、今はとにかく思いっきり撫でまわしてやると、アスラは寝転がって身体をくねらせ喜びを爆発させていた。


 そんな姿を見ていると、猫田の事はなんだかどうでも良くなってくる。愛犬のかわいい姿というものは、恐ろしい魔力を秘めているものだ。考えていた今日の予定は全て止めにして、久々にアスラと一日たっぷり遊んで過ごす事にしよう。そう考えて、狛はおもむろにおもちゃを取り出し、アスラと遊び始めたのであった。


 その日の夜のことである。


 狛は、寝る前にアスラが拾ってきた人形を眺めていた。全身真っ黒なドレスに身を包み、泥汚れなどを綺麗に拭き取ってみると、顔つきは絵本に出てくるキャラクターのようにシンプルでかわいい顔をしている。幼い子供向けの人形なのだろうが、中々しっかりした作りだ。

 そう古い物には見えないが、家の裏山に落ちていたというのは妙だった。こんなものを山で無くしたとか落としたといえば、子どもは泣いて探しまわるだろう。しかし、出入りしている親戚の子ども達から、そんな話は聞いた事がないのだ。


 もっと上の世代なら何か知っているかもしれない。そう考えて人形を勉強机の上に置き、布団に入る。

 狛はいつもの寝付きの良さを発揮し、あっという間に眠りに落ちていった。


 狛は、夢を見ていた。どこまでも沈んでいくような感覚のあと、薄暗く何も見えない空間に着き、そこでは女の子と思しき泣き声だけが聞こえてくる。ああ、これは夢だ…と狛は気付く。何故夢だと思ったのかと言えば、あまりにも現実味のない風景と、これが夢だという直感としか言いようがない。

 夢だと認識しているせいなのかこういった事例に慣れているからか、不思議と狛に恐怖はなく、声のする方にスタスタと歩いてみれば膝を抱えて座り込み、泣いている少女がいた。


「あなたが私を呼んだの?…あなた、あの人形、だよね?」


 狛は少女の傍まで行き、しゃがんで優しく声をかけてみる。見た目には完全に人間の少女だが、その服装には見覚えがあった。あの人形が着ていた黒のドレスと瓜二つだったのだ。そして、やはりというかなんというか、あれは曰くつきの人形だったらしい。

 あの人形は、きっと寂しかったのだろう。人に捨てられたのか、或いは持ち主を何らかの形で喪ったのかは解らないが、少しでもその想いを受け止めてから、迷わぬように祓ってやりたい。狛はそんな風に考えている。


「…お姉さん。私が怖くないの?」


「うん。私こう見えて、こういう事には慣れてるからね。あなたが人を傷つける存在でないのなら、私はあなたを傷つけたり邪険にしたりしないよ。だから、安心して」


「嬉しい…じゃあ、お姉さんにお願いがあるの」


 この流れでお願いとは、いかにも定番の流れである。目の前の少女が危険な存在なら、ここから注意せねばならない所だろう。もしかすると、命を狙われたりする可能性がある。それを念頭に、狛は努めて優しい態度でその続きを促してみる。


「うん、お願いって?何かな」


「あのね、私…恋がしたいの!」


「ん?」


「甘くて蕩ける様な、物語みたいに素敵な恋がしたい!お姉さん、協力して?私にピッタリな王子様を探して欲しいの。お願い!」


「ええ~…?そ、そうきたかぁ…」


 それは狛にとって、命を狙われるよりも難題だ。狛は心の底から思った、厄介な事に巻き込まれた、と。

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