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第44話 二人の邂逅

「ねぇねぇ!聞いた?!大ニュースだよっ!!」


 そう言ってメイリーが飛び込んできたのは、狛が教室に入り席に着いて、神奈と挨拶を交わしたのとほぼ同時だった。狛とはまた少し違った形で目立ち、男女共に人気の高いメイリーだが、興奮している時はやや落ち着きがない。興奮しているのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、若干視野が狭くなりがちだ。


 他のクラスメイトも、飛び込んできたメイリーに驚きつつ、おはようと挨拶を投げ掛けてくる。メイリーは器用に手を振って挨拶を返しているが、狛と神奈は顔を見合わせてどう反応すべきか迷っている状況だ。尚、玖歌は隣のクラスなのでこの場にはいない。居れば、相当嫌な顔をしていただろう。


「メイリーちゃんおはよう。ニュースって何のこと?」


 狛はとりあえず、普通に対応する事にした。そもそもニュースの内容が解らないのだからメイリーに付き合ってテンションを上げる事もできないし、そもそも朝、家を出るのが早い狛は、突然ニュースと言われてもあまりピンと来ない事が多いのだ。

 学校に来るまでは歩き通しでスマホも開かない性質なので、必然的に情報に触れる機会は朝のHR前にメイリーから貰う話の場合がほとんどである。

 ちなみに神奈も部活の朝練があるので、その辺りは狛と同様である。その為、まず真っ先に最新の情報を持ち寄ってくるのはメイリーなのであった。


「今度、大文化会館でやる予定だったミステリー展のミイラ、あれが全部行方不明になっちゃったんだって!全部だよ?!2万体も、一晩でどこに行っちゃったのかってさっきからスッゴイニュースになってるんだよ!」


 興奮冷めやらぬ口振りで、スマホを片手にメイリーが叫ぶ。彼女の場合、狛のように浪漫を感じてミイラに興味があるわけではなく、一晩でミイラがいなくなったという、その異常な状況に興味津々なようだった。


「盗まれた?ミイラが…?あんなもの、誰が盗むんだ。そもそも2万って、どうやって盗むんだよ」


「もー!それが解んないから大ニュースなんでしょー!」


 神奈の呟きに、メイリーが食って掛かるように反応した。確かに、歴史的には素晴らしいものかもしれないが、ミイラというものは、元を正せば人間の死体である。そんなものをわざわざ盗むものがどこにいるのかというのは、もっともな意見だろう。しかも、その数が尋常ではない。

 その昔は、ミイラが漢方薬になるという恐ろしい療法もあったらしいが、現代医学の発達した昨今、そんな事の為にミイラを盗むものがいるとは思えない。それは確かにミステリーだろう。ただ、狛だけは、そのニュースを聞いて全く別の可能性を考えていた。


(まさか、猫田さんが言ってたみたいに、妖怪が食べちゃった…とか?)


 ゾッとする可能性に触れて、狛の顔が青くなる。それでも2万という数は膨大過ぎる気がするが、もし妖怪の集団が徒党を組んだならどうだろう?荒唐無稽な話だとは思いながらも、狛は何か、組織的な何者かの影を感じていた。


 やいのやいのと言い合う神奈とメイリーだったが、それを終わらせたのは朝のチャイムであった。同時に、担任の塩小路がクラスに入ってくると、蜘蛛の子を散らしたように、皆一斉に自分の席に着く。


「おーし、お前ら揃ってるなー。HR始めるぞー、っとその前に、今日はお前らに新しい仲間を連れてきたぞ。入りなさい」


 塩小路の言葉に合わせて、教室の扉が開き、一人の少女が現れた。少女と表現するにはかなり大人びていて、とても同年代には見えない女性である。少女は塩小路の隣に立つと、深窓の令嬢を思わせる佇まいで礼をして、にっこりと微笑んだ。


 「皆様、初めまして。私はアレクサンドラ・レイディアントと申します。まだ日本には不慣れですが、どうかよろしくお願いします」


 クラスのあちこちから、溜息がこぼれる声がする。決して少なくない数の男子や女子が、この短い間に、一気に心を奪われて虜になってしまったようだ。

 輝く銀髪と高い身長、そして端正な顔立ちに危うい色気を感じさせる笑顔とくれば、落ちるのも当然だろう。そしてHRが終わると、クラスの大半が彼女に殺到した。我先にと話しかけ、彼女はすっかりアイドルである。


「アレクサンドラさん、どこから来たの?」


「ああ、私を呼ぶときはでいいわ、皆そう呼ぶの。イギリスからよ」


「イギリスかぁ。やっぱり、なんか香水とか使ってるの?不思議な香りだね」


「ふふ、それは秘密かな」


「凄く日本語上手だね!」


「ありがとう、たくさん勉強してきたから。でも、おかしい所があったら教えてね」


 亜霊の退学や、別クラスだが追手門の病気療養など、最近は明るい話題が少なかったからか、皆レディには歓迎ムードであった。授業終わりの休み時間ごとに人だかりが出来てとても休む時間はなさそうだが、レディは涼しい顔で対応している。


「いやぁ~、レディちゃんすげぇよな」


「ああ、犬神もデカイ方だけど、やっぱり、なぁ…?」


 遠巻きにレディを見つめていた男子二人が、狛とレディを見比べて溜息を吐いている。レディは完全にモデル体型で、スラリとした長い手足には見惚れるのも無理はない。だが、さすがに勝手に見比べて溜息を吐くのは失礼にも程があるだろう、それを聞いていた神奈が、凄まじい殺気で二人を睨みつけると、男子達は小さくなって囁くように謝っていた。


「全く…!狛をなんだと思っているんだ」


「ホントだよ、新しいコが来てテンション上がるのは解るケドさー!」


「まぁまぁ、私は気にしてないから…」


 怒りを露わにする二人を宥めつつ、狛は苦笑している。狛にしてみれば、別にクラスの人気者であることにこだわるつもりはない。ただ、レディに対して気になるのは、時折ほんの僅かに感じられるニオイだった。

 香水のように感じるものに混じって、どこかで嗅いだことがあるような刺激のあるニオイがする。それが何なのかは解らないが、何故か気になるニオイだ。すっかり人狼の感覚が身についてしまっているせいか、特に匂いは気になって仕方がない。狛はレディが近寄る度に、それが気になって緊張してしまうようであった。



 レディが転校してきてから数日後、彼女の周りではようやく人だかりも治まって、クラスは落ち着きを取り戻しつつある。


(まさか、私がハイスクールに通うことになるなんてね…やってくれるわ、あのボスは)


 レディはクラスメイトと上手く付き合いながらも、内心では鬱憤が溜まっていた。アレクサンドラ・レイディアント…通称レディは、フランスで生まれ、イギリスで育った少女だ。

 かの獅子心王と謳われしイングランド王、リチャード一世を討ったとされるシャリュ城の射手を祖先に持ち、暗殺を生業として生きてきた一族の末裔である。


 レディは一族の中でも特に霊的な才能に優れ、死者を操るネクロマンサーとしての力も持っている。暗殺という仕事の傍ら、気に入った相手や使える相手は自らの手駒として操る…そんな生活を続けてきたせいか、彼女の内には強い殺人衝動があった。今はそれを押し込んでいる状態だ。


(これも仕事の契約とはいえ、全く…)


 彼女の受けた仕事の内容は日本のとある組織に参加し、来るべき日に備えて要人や計画の邪魔となる術師を殺すこと、そしてその期間はボスの命令に従うこと、その二つである。

 その報酬は、2万体の兵士…そう、彼女こそ、2万のミイラを強奪した張本人であった。


 彼女の扱う死体は、ほぼ使い捨てのようなものだ。彼女はネクロマンサーと言ってもやや特殊で、ブードゥーのゾンビのように死体を継ぎ接ぎして再生させる事などできないし、中国のキョンシーのように、術者の霊力で破損を補う事も出来ない。扱う死体が損傷し、消耗しきれば打ち棄てるしかないという欠点があった。

 今までは現場でするなどしてやりくりしてきたが、出来れば元となるの数は出来るだけ多く持っておきたい。そんな思いに悩まされていた所へ降って湧いたのが、今回の依頼だったのである。

 2万もの死体、しかも、ミイラとはいえ生前に戦士や兵士として鍛えられた優秀な死体を手に入れられるとあって、一も二もなく飛びついたはいいが、学生生活を余儀なくされるとは予想外だった。


(蜂起のタイミングまでカモフラージュとして学生でいろとは、確かに私はそんな年頃だけど…せめて使えそうな奴を持って帰れればいいのに、学生じゃあね)


 授業の合間、そんな事を考えながらそれとなくクラスの中を見回す。気になる人物はいるが、同年代の学生では大した戦力にならなさそうである。


 レディが嘆息していると、スマホにSNSの通知が入った。待ちに待った組織、エリスからの指令だ。素早く内容を確認すると、たまらず笑みがこぼれる。それは彼女の力を確かめる事も含めた、殺しの指名であった。

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