『世界大ミステリー展。主無き2万体のミイラ日本初上陸!近日開催予定』
「ミイラ展か、どんなのかなぁ」
寝転がりながら、新聞の広告を眺めていた狛がボソりと呟いた。狛が見ているのは、1年程前に発見された世界最大の集団ミイラについての広告だ。
ミイラと聞くと、エジプトのピラミッドにおけるファラオなどを想像しがちだが、今回見つかったとされるミイラ達は、そう言った王族、もしくは王権の末裔や後継者というわけではないらしい。調査によると、彼らは永遠に主たる王を守る為に作られた、戦士達のミイラなのだそうだ。
問題なのは、その主が誰なのか、どこの王なのかがまるきり解らないという点にある。
そもそもミイラ達が発見された経緯も怪しいものだった。きっかけは数年前、とある地域で地盤調査をした際、偶然地下に大きな空洞が見つかった。大規模な開発に向けての準備段階で見つかった事もあり、当初は現地でも迷惑がられていた事がニュースをみるとわかる。
だが、後の科学的な調査により、その空洞が人工的なものであったと判明すると、俄然世界的に大きな話題となった。発掘に携わった人々は、ともすれば古代文明の金銀財宝を夢見ていたか、そうでなくても観光の目玉となるようなものを期待して発掘したに違いない。
しかし、文字通り蓋を開けてみれば、そこに納められていたのは空間を埋め尽くすほどのミイラ…つまり死体である。盗掘に遭った形跡もないのに、高価な副葬品の一つすらない。結局、喜んだのは、金にならない考古学や学術研究の虫である各種学者達ばかりであった。
そんな事があって、件のミイラ達は一気に人々の興味を無くし、世紀の発見から僅か1年の間に、ミイラ達が自ら出稼ぎ営業に出なければならない状況に追い込まれてしまっていた。今回その営業先が、ここ中津洲市の大文化会館に選ばれたという話である。
「ミイラって、人間の死体だろ?人間はそんな仲間の死体なんか見て何が楽しいのかねぇ…」
横でその呟きを聞いていた猫田が、庭や裏山で採れた栗を口に放り込みながら呆れた顔をしている。猫又である彼にとっては、ミイラなど然したる興味のある話ではないらしい。
ちなみに甘味の好きな猫田は、果物も好物だ。今の時期は栗がお気に入りらしく、自分で裏山から栗を拾ってきてはナツ婆や里に頼んで甘く煮付けて貰っている。ミイラなどよりも、甘くて美味しい栗の方がいいと、全身で表現しているようだった。
「解ってないなぁ、猫田さんは。いい?こういうのは浪漫なんだよ。その時代の人達が何を思ってミイラになったのかとか、どんな暮らしをしていたのかとか想像するのが楽しいの」
狛は起き上がり、猫田の抱えていた器から栗を1つ横からとって、自分の口に入れた。この味付けは里の味付けだ。ただ、里が作るなら、甘く煮付けたものよりもモンブランなどのお菓子にして貰った方が美味しいのに、と内心で不満に思っている。
「あのな…俺は妖怪だぞ?人間の死体に浪漫なんか感じるわけないだろ。妖怪によっては
栗を盗られたことに不満そうな猫田は、つい悪態を吐いてしまった。妖怪の感覚からすれば、それは
「ちょっと、死体、死体って止めてよー。気持ち悪くなってくるじゃん…」
しかも、挙句の果てには食糧呼ばわりである。大概の事では食欲を失わない狛であっても、こうも連想させられると食べる気が失せるというものだ。
当の猫田は、これ以上栗を盗られる心配がないと思ったのか、渋い顔を通り越して苦虫を嚙み潰したような顔になっている狛を横目に、嬉しそうにまた1つ栗を頬張った。
「へへっ、お前さんにしちゃ珍しいな。いつもなら、
そんな猫田の言葉に、狛の動きが止まった。九相図とは、人の亡骸がどう朽ちていくのかを描いた絵画だが、それが解らなかったのではなく、未だ天野Vicoに言われた『大事な人が死ぬ』という言葉が引っ掛かっているらしい。あれから一週間以上経つというのに、まだうまく消化しきれておらず、死というものに過剰な反応をしてしまうようだ。
「…本当にどうした?どっか調子でも悪いのか?」
「ううん、そんなことないよ。…ただ、ちょっと最近不安なんだ」
そう言って俯く狛の頭を、猫田が尻尾で優しく撫でてやる。こういう時に、どんな言葉をかけてやればいいのか、猫田には解らない。経験上、落ち込んだ子どもには尻尾で構ってやるのが一番だ。長い猫生の中で何度も経験してきた事を思い出しながら、猫田は栗を食べ続けていた。
激しい音を立てて、一機のヘリコプターが着陸した。少し大型のヘリコプターのローターが巻き起こす風は凄まじく、それを待っている人々はその風に押されながら、じっと耐えている。やがて、ローターが完全に停止すると、胴体横のドアが開いて一人の女性が大地に降り立った。
その目前に、待ち構えていた人々の中から一人の女性が進み出て、恭しく礼をしてみせた。
「遠路はるばる、ようこそおいで下さいました、レディ。早速ですが、私どものボスがお待ちです。こちらへ」
レディと呼ばれた女性は、夜だと言うのにサングラスをかけているが、視界には全く影響がないのか、タバコに火を点けながら悠々とその指示に従って歩く。
輝くように光る銀髪は、肩口で切り揃えられていて、歩く度に揺れると光を反射してキラキラと輝いている。レディがタバコを一吸いして、そのままフーッと息を吐いた時、背後のヘリコプターの中で何かが潰れたような音と、バシャッという水音がした。見ればヘリコプターの操縦席は血塗れになっていて、とてもすぐには再使用できそうにない。
「…何か、不手際がございましたか?」
「別に。ただ、パイロットの視線がキモチワルかっただけ。掃除は気にしなくていいわ、
レディがそう呟くと、まるで逆再生したかのように操縦席内に飛び散った
「流石ですね」
「お世辞なんか要らないわ…あなた、名前は?」
「申し遅れました、私はエリスと申します。ボスの補佐と皆様のお世話を任されております、どうぞ宜しくお願い致します」
「へぇ、不和と争いの女神の名前ね。面白いじゃない。…あなたも持って帰ろうかと思ったけど、無理そうね」
「お戯れを…私はまだまだボスの為に働かねばなりませんので、ご容赦下さい。さ、こちらへ」
エリスはそう言うと、一切の無駄も淀みも感じさせない動きで、用意された黒塗りの高級車の後部ドアを開き、首を垂れてレディが乗り込むのを待った。レディはフッと満足気に笑うと、静かに車内へと乗り込む。ともすれば、今の二人は映画のワンシーンのように絵になる様だ。
レディが後部座席に乗り込むと、運転席には既に男が乗っていて、静かに待機していた。レディの後を追うようにして、エリスが音もなく助手席に乗り込んでくる。
パタンと軽くドアを閉める音が聞こえた後、車は流れるように走り出した。
「…で、首尾は?」
「上々です。
「そう、それがいいわね。
「…助かります。では、そのように」
エリスはそう言うと、再び頭を下げた。バックミラー越しにそれを見ていたレディもまた、フッと笑ってタバコを一息吸っている。サングラスの下の瞳は、それでは隠しきれないほどに、怪しく緑色に光っていた。
翌日、海外から運び込まれた2万体のミイラが、忽然と跡形もなく消えたというニュースが世界中を駆け巡った。
人々は、日本で謎のミイラ達が主を見つけたのでは?と、こぞって面白おかしく話題を消費していくばかりであった。