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第41話 狛とメイリー

 誰もが言葉を失った。天野Vicoが何を言っているのか解らないというよりも、何故そんな事を言うのか解らない、そんな気持ちの方が強いのかもしれない。室内に張り詰めた重苦しい空気が流れた後、ややあって、狛がようやく口を開く。


「な、なんなんですか?どうして…そんな事を言うんですか?」


「どうしても、貴女にそれを伝えなければならない事情があったからです。もし信じられなければ、何か別の事を当ててみせましょうか?」


 事も無げに言い放つ天野に対し、狛は信じられないものを見るような視線を投げ掛けた。突然、大事な人が死ぬなどと言われて、動揺しない人間などいないだろう。普通ならばバカなことをと一笑に付す所だが、何故か天野の言葉は現実に起こり得るものとして感じられ、疑う気にもなれずに鋭く全員の心に突き刺さっていた。


「や…ヤダな~!天野先生、そんな事言って、冗談なんでしょ?もしくは、何か回避する方法とかあるんですよね?占いの結果が悪い時って、いつもそうですもんね!?」


 わざと明るい口振りで、メイリーが二人の間に割って入った。メイリーからすれば、自分が狛を誘ってここに来た張本人だという負い目があるのかもしれない。天野は静かに頭を振るばかりだったが、ふと、何かを思いついたように申し出た。


「残念ながら…ああ、いや、そうですね。どうしても知りたいのならば、私のお願いを聞いてもらいましょうか」


「へ?」


「っ、まさか!?お願いと称して狛に…い、いかがわしい命令をするつもりではっ!?そうだ、そうに違いない。なんてうらやま…卑劣な!狛、そんな事する必要はないぞ、どうせ皆やってるんですよとか、リンパの流れがとか適当な事を言って誤魔化…!」


「ちょっとアンタ黙ってなさいよ、話が進まないから」


 玖歌は熱弁を振るう神奈の脳天に拳を落とし、強制的に黙らせた。最近、神奈の様子が少しおかしい。昔から狛を大事にしていたが、ここまで暴走するタイプではなかったはずだ。一度鬼の血に目覚めてから、どうにもタガが緩くなっているようだ。


 神奈が余計な事を言ったせいか、狛は若干引き気味になり、天野から一歩距離を取っている。だが、やはり回避方法というものが気になるようで、逃げだそうとはしていない。その様子に、顔こそ見えないが、天野はフードの下で溜息を吐いている。


「心配しなくても、そんなお願いはしませんよ。そうですね、まずは…2丁目のドブさらいからやってもらいましょうか」


「え?」


 今度は全員の声が一つになった。フードの下に隠された天野の瞳が怪しく輝いたことに、誰も気付いてはいない。



「はぁ…はぁ…これで、何件目だ?」


「さ、35件目…も~ムリぃ、これ以上走れない~…」


 時刻は午後4時を回ろうとしている。現在、神奈とメイリーは天野の『お願い』として、指定された中津洲市内の家に、謎のビラを配り回っていた。

 指定された家は市内全域にばらけており、四人で回っていては埒が明かないので、今は二人ずつに分かれて行動している。


 午前中は2丁目でドブさらいと、違法なゴミの撤去をさせられ、少し休んで午後からはハチの巣の駆除から始まって、時間制限付きで謎のビラ配りである。さすがに普段から鍛えている神奈も、膝に手をついて息を荒くしているし、メイリーも演劇部員としてそれなりに体を鍛えてはいるが、アスリートほどではないのでこれだけ走らされるのは厳しいらしい。仰向けで道路に倒れ込み、息も絶え絶えと言った有り様だ。


「コマチ達は大丈夫かな~?クッカちゃん走るの得意そうじゃなかったけど…ってゆーか、何このビラ、変な絵描いてあるだけだし、イミワカンナイ…」


 メイリーがヒラヒラと遊ばせているのは、天野に渡されたビラの一枚である。メイリーの言う通り、ビラには、嘴のようなものがあって全身が体毛で覆われた四本足の謎の生き物が描かれているだけで、他に何も記されていない。ビラというが、これでは何の宣伝にもならないだろう、これをどうして指定した家に届けなければならないのか、訳が解らなさすぎてやる気も半減してしまう。


「玖歌と言えば、アイツのハチの巣退治は…凄かったな。アイツ、ハチの巣ハンターとか向いてるんじゃないか…?」


 神奈はそう言って、玖歌の活躍を思い出して笑っている。玖歌は妖怪であるが故に、蜂に刺されるような事がないので、一人淡々とハチの巣の駆除を行っていた。何も知らないメイリーの手前、あまり派手な事をするわけにもいかないとこぼしていたが、近づいて手をかざしただけで、ボタボタと蜂が巣から落ちていくのは十分過ぎるほど異様である。

 幸い、メイリーはそれを見て爆笑しているだけで疑問を持たなかったようだが、あまりの人間離れし過ぎた行動に、神奈と狛は苦笑いしか出なかった。だが、思い返してみれば、シュールで笑える光景でもある。神奈は疲れのせいか、今になってくつくつと笑みが込み上げてきた。


「あー、あれウケたね~…スゴイ特技だよ。どういう手品なんだろーね」


 メイリーはどうやら、何かの手品のような事をしたと思っているようだ。実際には、あの生気を吸い取る白い手をこっそりと呼び出して、それで蜂を纏めて駆除しただけなのだが、そんな事は想像もつかないのだろう。

 二人は少し笑い合ったあと、時計を見て時間を確認した。残りのビラは3枚、渡されたメモによれば、一か所にまとまっているようだし、場所も現在地からそう離れていないので、余裕で間に合うだろう。


 神奈は倒れたメイリーの手から、そっと残りのビラを取ると、一人でゆっくり歩き始めた。


「後は私がやる、メイリーはそこで休んでいろ。ただ住宅街とはいえ、車も通るだろうから、寝転がってないで端に避けていろよ?」


「いやいや、待ってよワタシも行くから…!コマチの為だもん、ガンバるって」


 神奈の後ろ姿を追って、慌てて起き上がったメイリーが小走りに近寄っていく。神奈ほど直接的ではないが、メイリーもまた、狛の事を大事に思っているようだ。


 狛とメイリーは、幼稚園から一緒の幼馴染だ。そうは言っても、幼い頃はさほど仲が良かったわけではなく、顔見知り程度の付き合いしかなかった。二人が仲良くなったのは、幼稚園を卒園して、環境が変わった小学校に入学してからの事である。


 今でこそ、多様性を声高に叫ばれるようになってはいるが、狛達が幼い頃の十年程前は、まだまだそういう意識は鈍かった。日本人とヨーロッパ人の両親を持つメイリーは、小さい頃から容姿がとても整っていたせいか、周囲と比べて目立つ子どもであり、少し浮いた存在でもあったのだ。

 メイリー本人にそんなつもりはなかったのだが、小学生ともなれば、注目を浴びる子どもは少なからず悪意を向けられることもある。ましてや、容姿が整っていることは、子ども同士であってもコンプレックスを刺激することもままあるものだ。

 小学校に入学してしばらくしてから、いつの間にかメイリーはクラスで孤立するようになっていた。


 そうなったきっかけがなんだったのかは、もう覚えていない。だが、それまで仲が良かったと思っていた友達にまで無視をされるのは、とても辛かった事を今でもはっきりと覚えている。幼心に親に心配をかけたくないと、放課後に帰り道の河原で一人泣いていた時、声をかけてくれたのが狛だったのだ。


「どうしたの?何で泣いてるの?」


「え…?」


 クラスが違う事もあって久し振りに会った狛は、自分の身体と同じくらいの大きさをした犬を抱えていて、初めは犬が喋ったのかと思ったほどだ。驚きのあまりメイリーが放心していると、狛は抱えていた犬を「よいしょ」と降ろし、にっこりと笑ってメイリーの隣に座った。


「このこね、あくしつぶりーだーって人のところにいたんだって。いまはうちにきてるから、わたしがおさんぽさせてあげてるんだー」


「そ、そうなんだ…」


 いきなりそんな話をされても、メイリーには訳が解らなかった。狛の事は知っている気がするが、会うのは卒園して以来なのでよく覚えていない。なんとなく知っている子だった気がする、そのくらいの記憶しかない。


 そんなメイリーの気持ちを察したのか、狛は少し慌てたように話を続けていた。


「あ、ようちえんでももぐみだったメイリーちゃんだよね?わたしのこと、おぼえてる?わたし、こまだよ。いぬがみ、こま!」


「…だったら、なに?あっちいってよ。ワタシ、犬とかすきじゃないし」


 泣いている所を見られたせいか、狛が幼稚園でも人気者だった事を思い出したせいか、メイリーは酷く冷たい言い方で、狛を突き放そうとした。あれほど仲の良かった友達ですら、自分を無視するようになったのだ。たかが幼稚園で同じ組だっただけの狛のことなど、当時のメイリーに信用できるはずがない。


 しかし、狛はメイリーの傍を離れようとせず、何度冷たくされても、めげずに話しかけてメイリーの話を聞こうとしていた。それが一時間以上も続いた頃には、メイリーは狛に心の内を吐き出すようになっていたのだから、今思い返してみても驚きである。


 それから数日、狛とメイリーは放課後に河原で落ち合っては、話をする仲になり、段々と学校でも一緒にいる時間が増えていった。そんなある日、事件は起きたのである。



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