――今、どこにいるの?
――誰といるの?
――会いたい…
――ねぇ、返事をして
――どうして何も言ってくれないの?
――会いたい…
――会いたい…
――会いたい…
――ずっと、探しているから
――ずっと、見ているから
――どこにいても、必ず見つけるから
――絶対に、捕まえるから
―― 逃 が さ な い
「犬神っ!WINEの交換しようぜ?」
生徒達で溢れかえる学食の一角で、一人の男子生徒が狛に声をかけてきた。
「へ?」
狛は相変わらず、うず高く積まれた昼食を次々と頬張りながら、突然の申し出に素っ頓狂な声をあげた。周囲の生徒達は、その特異な状況に目を見張るものを感じ、ざわざわとざわめく野次馬の集団と化している。
狛は基本的に誰からも好感を持たれるタイプだが、こうして異性からアプローチをされる機会は、実はあまり無い。理由の一つはやはり、彼女の目の前にある膨大としか言えない食事の量によるものだ。大体の男子は、狛の食事量に気圧され、将来の姿を想像してその心をポッキリと折られてしまう。
学食は月謝制なのでまだいいが、この食事量を賄うとなると、どれほどの金額になるだろう?一度の食事で4升もの米を平らげる狛である。それを想像しただけで大半の人間は臆してしまうのだ。
「別にいいけ…」
「待て!貴様一体、どこの何者だ?クラスと姓名と家族構成と将来の進路、並びに希望する職種を名乗れ!一定の基準を満たさない奴は許さない!」
「ああ、キミ知ってるよ~。C組の
阿吽の呼吸と言うべきか、金剛力士像というべきか、メイリーと神奈が狛を守るように立ちはだかり、男子生徒に圧力をかけている。追手門はその圧に負け、青い顔をして背を丸めて、すごすごとどこかへ立ち去っていった。
「ふん!根性の無い奴め!」
「アイツ止めといた方がいいタイプの筆頭だからね~。何人も降ろさせてるって有名だよ、コマチに近づかせちゃダメ、ゼッタイ!」
「あ、そうなんだ。道理で…」
去っていく追手門の背中を眺めて、狛はボソッと呟いた。狛の眼には、追手門の背中にしがみつく複数の赤ん坊の姿が見えている。あの歳であれほどの水子を抱えているとなると、彼の人生はかなり危険かもしれない。狛はてっきり霊的な相談がしたいのかと思い話を聞こうとしていたが、自分が次に狙われているとは露ほどにも思っていない。
「…アンタ達、いつもこんなことやってるワケ?」
そんな三人を横目に、玖歌は呆れ顔で紙パックのジュースを啜っている。先日の一件以来、玖歌は何かを諦めたのか、昼食を狛達と摂るようになった。クラスメイト達とも、多少は交流を持つことにしたのか、雰囲気が変わったと評判だ。その理由は、あの日、狛を迎えに来た猫田の威嚇によるものだった。
神奈と玖歌が一戦交え、それに巻き込まれた形で狛が怪我を負った時、猫田は異常を察知して、学校まで狛を迎えに飛んできた。そこで神奈や玖歌と出会ったのだが、話を聞いた猫田の怒りたるや凄まじく、本来の姿である巨大な猫の姿で神奈と玖歌を威嚇し、二人共に噛み殺される事を覚悟したほどの殺気を浴びたらしい。
特に純粋に妖怪である玖歌は、その影響が大きかった。猫田の殺気をモロに浴びたせいで、しばらくは
「当然だ。狛に相応しい人物でなければ、私が許さない!最低でも将来有望で私より強くなければ…!」
半分鬼である神奈に勝てる人物などいるわけがない。玖歌は神奈を心底面倒臭いと思ったものの、それを口に出す事はしなかった。また喧嘩になって、万が一にでも猫田が介入してくれば、自分の命が危ういのだ。
「まぁ、相手次第だよねー。コマチ自身がいいなって思う人がイチバンだけど…コマチ、誰かいないの?」
「え?うーん、そう言うのよく解んないからなぁ…」
よく女子が使う、恋愛がよく解らないという定番の躱し文句だが、狛は本当によく解っていない。褒められて嬉しい気持ちはもちろんあるが、男性を異性として見るという意識は、今の所持っていないようである。メイリーに薦められ、理想のデートを特集した雑誌を読んだ時は、最終的にピンとこず、いつの間にかグルメ情報雑誌に切り替わっていたくらいだ。
結局の所、色気より食い気が勝つ年頃なのであった。
「くそっ!失敗した!食欲旺盛な女は性欲も強いって言うし、楽しみにしてたのにっ…」
神奈とメイリーの圧に負けて逃げてきた校庭の隅で、追手門は石を蹴りながら愚痴をこぼしている、彼は極めて女癖の悪い男であった。ただ性格は腐っているが、見た目は良く、成績もそれなりにいい事から、実際はかなりモテる男でもある。
その陰で泣かされている女性も多く、既にクラスメイトや出身中学の女子からは総スカンを喰らい、彼と接触しようという女子はかなり減っていた。
最近では、噂の広まっていない他校の生徒や、年上の大学生などを狙っていたようだが、今回は世間知らずな所がある狛に目を付けたらしい。今は酷く下卑た視線を隠そうともせず、狛の肢体を想像して悦に入っている。
「俺が狙った獲物を逃すなんてあるわけない。犬神…絶対モノにしてやるぜ」
彼のその呟きに反応するように、スマホから通知音がした。
「あん?またか…誰だ?」
追手門がスマホを確認するとWINEには知らない相手からのメッセージが届いている。奇妙な事に、毎回違う相手からなのだが、同じメッセージが届くのである。
「今、どこにいるの?…クソっ!うぜぇな。何処の女だよ、知らねーよ、お前なんて!」
すぐに相手をブロックして、履歴を消す。最近はそれの繰り返しだ。彼が毒牙にかけた女性の数は両手の指を足しても到底足りない数であるから、思い当たる人物が多すぎて解らない。彼の理屈では、子どもが出来た事も、中絶も同意の上での事なので、恨まれる覚えはないという。
なまじ金持ちの息子であったが故に、中絶の費用なども彼には痛くもかゆくもない。逆に、それは彼にとってトロフィーであった。
(どんな女だって、俺の色気と金と頭を魅せれば絶対に落とせるんだ…!こんなに面白ぇ遊びはねぇぜ!)
彼にとって、女性は性欲解消の道具であると同時に、自身の魅力を証明する証でもあるわけだ。そんな歪んだ感覚はとどまることを知らない。
「とりあえず、今夜の相手は誰にすっかなー?」
そう呟いて立ち去っていく追手門の背を、そっと見つめる視線があった。その瞳には一切の光がなく、黒目が落ち窪んでいるように見えた。
放課後の下駄箱で、ポコン!という音が鳴り、狛のスマホが振動した。WINEの通知音だ。メイリーと神奈は部活でおらず、玖歌は早々にトイレに引っ込んでしまった。いつも通り、一人で帰ろうとした矢先の出来事である。
「あれ、誰だろ?えーと、フミさん?知らないなぁ…」
それはフミという名前の相手からの、友達登録を許可するかどうかという通知だった。狛は基本的に知らない相手からの友達登録は許可していないのだが、このフミという人物だけは、何か引っかかるものがある。
それは狛が持つ霊感による直感的なものなのだが、さすがにメッセージアプリが相手では霊感も上手くは働かないようだ。狛は少し悩んで、とりあえずその相手を許可してみる事にした。
――登録したよー、どちら様?
メッセージを送ってみたものの、返事はない。悪戯かな?と思いつつも、特に気にせずスマホを鞄にしまっておく。
狛の元に、不思議なメッセージが届き始めたのは、その夜からであった。