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第34話 妖怪コンカフェ くりぃちゃぁ

「あ、アルバイトぉ!?猫田さんが?」


「しーっ!静かにしろって!アイツ怒るとうるせーんだよ…」


 隅のテーブル席に案内された狛は、猫田を呼んで事情聴取に踏み切った。そこで出てきたのは、まさかの猫田がこの店でアルバイトをしているという話である。

 妖怪が喫茶店でアルバイトをするなど、前代未聞だ。ハル爺やナツ婆が聞いたらなんと言うだろう?狛はただただ驚いて、目を白黒させている。


「聞こえてるよ、猫田。君が人間の厄介になってるとは聞いていたけど、こんなに可愛いお嬢さんだなんて知らなかったよ。そう言えば、君は昔から面食いだったねぇ」


「えっ…か、可愛いだなんてそんな…!」


「バカ言ってんじゃねー。俺はコイツが一人前になるまで面倒を看てやってるだけだ。…大体なんでお前も同じ席にいるんだよ、あっち行けよ」


 狛が頼んだコーヒーとサンドウィッチを持ってやってきた少年は、何故かそのまま席に着いて、話に加わっていた。猫田はうんざりと言わんばかりの顔で追いやろうとしているが、少年はニコニコと笑うばかりで、頑として動こうとしない。見た目は子どもなのに、ずいぶんと肝が据わっているようだ。


 猫田も彼には頭が上がらないのか、溜息を吐いてそれ以上邪険に扱うつもりはないようだ。二人はどういう関係なのかもさっぱり解らないが、狛は照れながら運ばれてきサンドウィッチを頬張ってみた。


「もぐもぐ…わっ!これすっごく美味しい…?!こんなに美味しいサンドウィッチ初めて食べたかも」


「ふふ、そう言って貰えると嬉しいな。うちは雰囲気だけじゃなく、料理も自慢なんだ。なんせスタッフがとても優秀だからね」


 瞬く間にサンドウィッチを平らげた狛を見て、少年は更に笑みを浮かべていた。その口振りは、この店のオーナーのように聞こえるが、どう見ても彼は少年にしか見えない。一体どういう事なのか。


「あー…もうこの際だから全部ぶっちゃけちまうか。狛、コイツはガキじゃねーんだよ、妖怪だ」


「え?」


「おや、もうバラしちゃうのかい?まぁ、お嬢さんを揶揄い続けるのも良くないか」


 狛が驚いていると、少年はそう言ってすっと立ち上がり会釈をした。流れるような美しい所作は、確かに、子どものものではない。


「改めまして…僕の名前は土敷 諧つちしき かのう、座敷童です。猫田とは古い友人でね、たまに店を手伝ってくれているんですよ」


「ざ、座敷童、本物の…?初めて見た。あ、私は犬神 狛いぬがみ こまです。急に押し掛けてしまって、すみません」


「いやいや、お客様なら、いつでも来て貰って大丈夫さ。…ああ、猫田、3番テーブルのお客様、君をご指名のようだよ」


 挨拶の傍ら、インカムで連絡を受けたのか、少年…いや土敷が猫田に指示を出す。猫田は何やら狛に話したい事があるようだが、そこは仕事を優先するらしい。「仕方ねーな…」とボヤいて、席を立った。


「あの…指名って?」


「うちは、所謂コンカフェというヤツなんだ。お客様一席に一体憑くでね、なにせスタッフは全員だから」


 土敷の思いがけないカミングアウトに、狛はもう驚きの声すら出せなかった。その驚き振りたるや、あんぐりと口を開けたまま放心してしまったかのようだ。


「その反応は新鮮でいいなぁ。うちのお客さんは皆、それをだと思って楽しんでいるから、同じことを言っても笑ってくれる。でも、君は違う。君は退魔士のタマゴ、なんだろう?我々の存在を知っているから、そうして驚ける。…ふふふ、お客様に笑ってもらうのもいいけど、やはり妖怪としては驚かれる方が嬉しいな」


 彼らが本当に妖怪なのであれば、狛の様な退魔士は、例え半人前であっても、自分達に危害を加えかねない存在のはずだ。しかし、土敷が狛を見る目は、まるで子や孫の姿を愛おしむ家族のようである。猫田同様、よほど人に慣れて、また人を好きでいるのだろう。狛は少し照れ臭くなって、コーヒーにちびちびと口をつけて誤魔化していた。


「そ、そう言えば猫田さんとはどういう?…っていうか、猫田さんが面食いって」


「ああ、猫田は古い友人でね。元は彼が住み着いていた呉服屋の屋敷に、僕が後から棲み入ったんだ。そこにも綺麗な娘さんがいてね、面食いと言ったのはそのことさ。…あれからもう200年くらいになるかな。彼は自分が猫又である事がバレないように棲み処を転々としていたから、先に出て行ってしまったけど、今でもその時の縁で手伝ってくれているんだよ。最近は、お金を稼ぐ理由が出来たと言っていたけどね」


「え、猫田さん、お金に困ってたの?言ってくれれば…いや、私もそんなにお金はないけど」


「バカ言ってんじゃねーよ、自分の食い扶持くらい自分で稼ごうってだけだ。っつーか、土敷、お前にそのことは話してあるだろ。誤解を招くような事ばっかり言うな」


「おや、早かったね。お客様はどうしたんだい?まさか怒らせて帰らせたりしてないだろうね?」


 思わぬ所から声が降ってきて、見上げてみれば仏頂面をした猫田が間仕切りに頬杖をついて立っていた。土敷の言う通り、客の相手をしたにしては、ずいぶんと短い時間であった。何か粗相をしたと思われても仕方ない。


「あのな、俺が今までそんなヘマをしたことがあったか?単に他の奴と話がしたいからってんで、替わってやっただけだ。ってか、お前は全部解ってんだろーが、…ったくよ」


 猫田は不機嫌そうに、狛の隣にドカッと座った。普段からそうだが、今日は店の雰囲気も相まって、今の猫田は本当に柄の悪いホストにしか見えない。こんな態度では、客に粗相をしたと言われても、やっぱりなとしか狛には思えないのである。

 さすがにそれを指摘するのは可哀想な気がして、狛は黙っていたが、何か不穏なものを感じたのか猫田は「なんだよ?」と狛を睨みつけていた。


「ついでに言うと、コイツはその呉服屋の主人が気に入って、以来ずっとその子孫にくっついてんだ。座敷童の癖に、家じゃなくて人に憑いてんだから変わり者はコイツの方だぜ」


 猫田は意趣返しのつもりなのか、少し意地悪そうに土敷を見てニヤニヤしている。かくいう土敷は涼しい顔で、そんな挑発を受け流していた。


「確かに、僕も座敷童として偏屈な事は認めるよ。この店も元はと言えば、あの子が始めた店だからね。今や彼は高齢で店には立てなくなってしまったが…家人に幸運をもたらす座敷童としては、黙って見過ごすわけにはいかないだろう。それにいつの間にか、寄る辺を無くした同胞達の行き場になってしまったしね」


 猫田と土敷のやり合いは、完全に土敷の方が一枚上手な印象だ。そもそも猫田はこの手の腹芸に向いていない。彼は猫らしく、自分にも他人にも正直に向き合うタイプなのだ。苦虫を嚙み潰したような顔をする猫田をスルーして、土敷は狛に水を向けた。


「狛君、おかわりはいるかい?うちは何でも美味しいから、ぜひ食べてみて欲しいな。特に海鮮系がオススメだよ」


 そう言ってメニューを開くと、そこには多種多様な料理がぎっしりと並んでいた。狛が感心して眺めていると、段々文字がぼやけて見えるようになった。

 自分の眼がおかしくなったのかと、軽く目を擦ったりパチパチと瞬きをしてみるが、特に変わらず、逆にどんどんと文字が形を変えていく。

 そして、気づけばメニューの中身は、先程までとは料理名が全く別のものに変わっていた。


「えっ…!?ど、どういうこと?!」


「ハハハ、それは紙魚という妖怪だよ。驚いたかい?君が食べたいものを読み取ってメニューを変えてくれたんだ。安心していい、メニューとしては正常だよ。ちゃんとそこに書かれているものは、うちのシェフが作れるものばかりさ。手品みたいで評判がいいんだけどね、これ」


 なるほど、妖怪コンカフェの名は伊達ではないようだ。まさかメニューにまで妖怪が仕込まれているとは思いもよらなかった。確かに、今日の狛はメニューの中で洋食に目がいきがちだった為に、今並んでいる料理は洋食ばかりである。

 狛は呆気にとられつつ、片っ端から気になるメニューを頼んでみた。

 今月の財布が、相当寂しくなることを覚悟した上で。

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