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第33話 逢引の後を追え

 この日は快晴で、絶好のお出掛け日和である。猫田を追いかけて出てきたものの、こんな日は家でゴロゴロしていたらもったいない所だった。


(出て来て正解だったかな…もしかして、猫田さんも日向ぼっこしにきた、とか?)


 以前聞いた話では、猫田は猫らしく日に当たるのが好きなようだ。もしかすると、気恥ずかしくて言えなかっただけで、隠し事というほどの事ではなかったのかもしれない。先の一件が尾を引いて、隠し事というものに過剰な反応をしてしまったと、狛は少しだけ後ろめたさを感じていた。


「でも、それならうちの庭でもできるはずだし…うーん?」


 つい、考えが口に出る。天気のせいか、少し気分が上がって高揚しているらしい。かなり距離が離れているので、いくら猫田といえど聞こえるはずもないが、油断は禁物だ。


 現在、狛は猫田に気付かれないように、霊符で自分の気配を消した状態で追跡している。視界に入る距離では気づかれるおそれがあるので、兄直伝の遠隔霊視を使って、離れた場所から居場所を特定するという念の入れようだ。

 拍ならば、自宅にいる状態からでも猫田の現在地を知ることも出来るだろうが、狛にはそこまでの技術はない。その為、一定の距離を保ちつつ、尾行をする必要があった。


 そして当の猫田は、川沿いに歩きつつ、街までの道を散歩でもするかのように気ままに歩いていた。時折、立ち止まっては、河原で遊ぶ親子の姿を眺めたり、あくびと背伸びをしながらのんびり歩いたりと、特に何か用事や目的があるようには見えない。

 一度、鳩が足元を通った時には何かソワソワしていたが、普段猫の姿でいる時にも同じような仕草をしていたので、とてもかわいく思えた。


 結局、家を出てから二時間半ほど歩いて、狛はようやく市街に到着した。家を出たのは午前8時過ぎだったので、今は11時になるかならないかといった所だ。先を歩く猫田は駅前を通過し、人通りの多い繁華街の入口にいる。ここまで来ると、日向ぼっこのセンは消えたと思っていいだろう。


 猫田は路上に設置された時計を見て、キョロキョロと辺りを見回す。誰かと待ち合わせをしているのだろうか?


「うーん、誰か待ってるのかな…って、ええっっ!?」


 歩道で立ち止まり、突然驚きの声を上げる狛の様子に、周囲を行きかう人たちが飛び上がった。そんな反応に気付きもせず、狛はその場でガクガクと震えている。


「お、女の人と待ち合わせだったの!?」


 そう、狛が遠隔霊視で視たものは、繁華街の前に設置された待ち合わせスペースの花壇で手を振り、楽しそうに猫田と合流する二人の若い女性の姿だったのだ。


 女性はどちらもとても美人で、歳の頃は20代前半といった所だろうか。身長は狛ほどではないが、全体的にスタイルは良く、男好きするであろう肉感的な魅力に溢れている。二人は両側から猫田の腕に抱き着き、頬擦りをしながら歩いて、仲睦まじい様子を見せていた。

 そんな美女に囲まれているというのに、猫田自身は少し歩き難そうにしているものの、特に表情の変化はない。普通なら、もっとデレデレしたり、楽しそうにしていてもおかしくないはずだが、そんな風には見えなかった。


「初めて会った時は、人間のめ…雌なんかに興味ないって言ってたのに!え、もしかして、私の事もコッソリそう言う目で見てるんじゃ…?!」


 しかし、動揺する狛の眼には、猫田が実に楽しそうに両手に花を味わっているように見えたようだ。ああ見えて、猫田はどうしようもなく猫である。狛は初対面で雌呼ばわりされた事もそうだが、家でのんびりしている時など、例え人の姿であっても猫を思い起こさせる行動はしばしばだ。

 そんな猫田の行動や言葉に安心して、狛は猫田の前でも平気で着替えもするし、猫の姿でいる時に捕まえて、一緒にお風呂に入ったこともあった。(あっという間に逃げられたが)


 狛はぐぬぬ、と声にならない怒りを発し、寄りかかったガードレールの端を握って歪ませた。メリメリッ…という音が聞こえて、鉄製のガードレールは無惨にもひしゃげている。猫田に対する羞恥心と憤怒が相まって、狗神走狗の術を使っている時のように青白い霊気が全身から微かに立ち昇っていた。

 狛が想像する猫田の顔が、醜いスケベな表情に歪む。不倶戴天の敵を見つけたかのような狛の表情に、道行く人々は恐怖し、狛を避けて混雑が起きるほどであった。


 それでも、即突撃して現場を取り押さえようとしない辺り、まだ狛は冷静である。三人を泳がせて、どこへ行くつもりなのかを確かめるつもりだ。


 そして、数分歩いた後、三人はとあるビルの地下へ降りて行った。繁華街の端にある、レンガ状の外観をした少し古い造りのビルだ。5階建てで、地上から上は店舗が入っているようだ。


「ここに入っていったよね…?」


 尾行していた狛は、そのビルの前まで来て思わず顔をしかめた。とてもデートに使うようなお店があるようには見えない。ここまでついてきておいてなんだが、行き先がホテルだったらどうしようかと、狛は怒りつつも内心焦っていた。しかし、少なくともここならそんな心配はないようである。


 建物の中に入られると、狛の力では遠隔霊視で追う事ができない。特に三人が入って行ったのは地下で、その上このビルはどういう訳か、霊視の視線が届かないのだ。となると、ここから先は狛自らが追って入って行くしかない。


 いかがわしいお店だったらどうしよう?そんな不安が狛の頭をよぎる。確か、夜のお店には同伴出勤というものがあると、ドラマや本で見聞きしたことがある。まだ16歳で、初恋すら未経験な狛にとっては、店に入って行くのは最大の難関といえた。

 そもそも、そう言う店に未成年の女性である狛は入店できないだろう。追い返されるのがオチな気もする。


「お兄ちゃん連れて来ればよかったかも…っていうか、お兄ちゃんもこういうお店に来るのかな?」


 あの兄は狛大好き人間を自称し、実際、狛から見てもそう思う程、拍は兄バカだ。いつまで経っても拍と佐那の仲が進展しないのは自分のせいなのでは?と狛は悩んだ時期もあった。そんな兄でもこういう店に来ることがあるのかは、少し気になる所でもある。


「ああもうっ…!今はそんなこと気にしてる場合じゃないってば!」


 怒りと焦り、それに不安が綯い交ぜないまぜになって、狛は頭を振った。どうせここまで来たのだから、臆しても仕方がない。今後、猫田との付き合い方を考える上でも、狛はどうしても真相を解き明かす必要があるのだ。


 狛は覚悟を決めて、ズンズンと一人階段を降りて行った。鞄の中に忍ばせた九十九つづらが、不思議な表情を見せている事には気付いていない。



「ここ…がそうなのかな」


 地下に入ると、少し狭く短い廊下の先に紫色をした木製のドアがあった。その上には看板らしきものがあり平仮名で『くりぃちゃぁ』と書かれている。廊下は一本道で、他に通路らしきものはなく、当然だが店舗もその一軒しかないようだ。


「変な名前だけど、これがお店の名前?」


 ドアは木製なので、中の様子を外から窺い知ることはできない。まだ昼間で営業前なのか、夜のお店にしてはずいぶんと静かだし、何か不思議な気配を感じる。

 狛はうなじにチリチリとしたものを感じながら、ゆっくりとそのドアを開けてみた。


 それに合わせて、カランカランと鈴が鳴り、客が来たことを店内に知らせている。店内に足を踏み入れてみると、足元は絨毯のようになっていて、フカフカと

柔らかい感触がする。

 店の中は、想像していたものとは違い、かなりクラシックな、落ち着いたインテリアでまとめられていた。


 ざっと見た所だと、テーブルは8席、あとはカウンターに6席ほどの、割と大きな店である。客の姿はまばらだが、テーブル席には仕切りがあって、ぱっと見では解らない。ずいぶんとプライバシーを重視した造りであった。


「ここ、何かテレビとかで見た事があるような…」


 若い狛にはピンと来ていないが、その内装は昭和のレトロ喫茶に近いものであった。わずかに薄暗い店内にはBGMに小さくジャズが流れていて、集中して勉強するにはいいかもしれない、そんな雰囲気だ。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


「え!?」


 狛が入口から辺りを見回していると、突然目の前から声をかけられた。今の今までそこに誰かがいるとは気づきもしなかったが、一体いつの間に現れたのかまるで解らない。

 よくよく見ると、声をかけてきたのは、かなりフォーマルな格好をした少年であった。ベストを羽織り、白いYシャツにきちっとアイロンが掛かったパンツを穿ていて、まるで執事の様な出で立ちだ。


 ただ、歳の頃は7~8歳くらいだろう。歴とあまり変わらないように見える。だが、その振る舞いからはかなりの風格が感じられ、とても歳相応には見えない。


「え、えーと…」


 正直に、猫田を探しに来たとも言えず、狛は言葉に詰まる。目の前の少年は、にこにこと笑顔を見せながら、狛の返事を待っている。

 するとその時、店の奥から、少年のものとは違うスーツを着込んだ猫田が姿を現した。トレイを持ち、やや面倒臭そうにしているが、表情は笑顔だ。


「あーーーっ?!」


 思わず大声を上げた狛に気付き、猫田はとびきり渋い顔をして、頭を掻いている。


「お客様、お静かに願います」


 一方、目の前の少年は、笑顔を絶やさず狛に注意をする。柔らかな物腰だが、口調には怒りが見えているようであった。

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