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第31話 終結

 その戦い自体は、普通の人間には見えないが、見えるものが見たならば、凄まじい光景に映っただろう。


 まず弾けるように飛び出した猫田は、霊力を全開にして飛び掛かり、猛烈な爪の連打で異形の怪物を切り裂き、削っていく。怪物の動きが緩やかな事もあって、猫田の猛攻は、金色に煌めく稲妻のように速く鋭いものだった。


「オラオラオラオラァッ!こんだけ暴れんのは久し振りなんだ、こんなもんで済むと思うなよォッ!!」


 靄のように見えていた怪物の身体は、流動する肉のような質量を持っている。厳密に言えば、それは妖気で実体化しているように見えているだけで、受肉した実体があるわけではない。従って、怪物の身体が切り落とされたように見えても、それは妖気が霧散していくだけであり周辺の家屋には影響はない。

 ただ、これだけの妖気や妖力を孕んだ身体だ。大量に降り注げば土地の汚染や、人体に悪影響が出ないとも限らない。その場合の後始末は、犬神家が負担する事になるだろう。


 怪物は反撃を試みるも一方的に蹂躙され、堪らず両手で身体を守ろうとする。しかし、猫田はそんな防御すらも許さない。すかさずその腕を目掛けて、周囲に飛ばせていた人魂を叩きつけた。


「へっ、そんなもんで守ってるつもりなんざ、甘ぇんだよっ…!喰らえ!魂炎玉こんえんぎょく!!」


 燃え盛る二つの紫の人魂は、火勢を強めて一直線にその腕にぶつかった。その途端、猛烈な爆発が起きて、怪物の両腕が完全に消し飛んでいた。その爆風は、周囲の家々をも揺らしている。あくまで霊的な技なので、物体にそこまでの物理ダメージは与えないはずだが、それでも近隣は地震のように揺れたはずだ。


 怪物は元々緩慢だった動きがさらに遅くなり、動いているのか止まっているのか解らないほどになっていた。猫田の激しい攻撃を受けたダメージが再生する様子もない。まさに完膚なきまでに叩きのめされた格好である。


「ッハァー!何も気にせず暴れるなんざ、何十年振りだかなぁ。やっぱ運動不足だったよな~、ここんとこ!」


 怪物の頭上前方に位置取り、猫田は楽しそうに空に浮いている。これだけの力を持っていたというのに、それを発揮せずにいたのなら、それはストレスが溜まっていたことだろう。6本の尻尾を立ててゴロゴロと喉を鳴らしている辺り、相当機嫌がいいようであった。



 一方、猫田と怪物が戦闘を始めた直後、狛は疾風の如き速さで怪物が守っている家に侵入していた。


「この家、異界化してる…」


 飛び込んだ先で狛が見たものは、かつて廃病院が異界化していた時とは比べ物にならないほど、悍ましい光景であった。


 至る所が、まるで生物の体内のように血と肉で溢れている。空気は妖気に満ち、腐敗臭も立ち込めていて、常人なら長時間いれば命に関わる状態だろう。また、壁には小さな目玉と口がいくつも生えて、この異様な空間を維持する為か、呪詛のようなものを吐き散らしている。


「これが、濁悪の棺の力」


 ここに至るまで予感めいたものはあったが、この家に入った瞬間、それは間違いない確信に変わっていた。やはり、亜霊が棺を持ち去り、この事態を招いたのだ。そして、家の中に入ってみれば歴の気配を感じ取る事ができた。どうやらまだ生きているようである。


 狛が彼女の気配を追って家の中を進んでいくと、卵のように膨らんだ嚢胞状の肉が破け、おびただしい体液のようなものを撒き散らしながら、体長1mほどの獣の様な怪物が姿を現した。それは四つ足で体毛はなく、剥き出しの肉と神経が痛々しい、なんとも不気味な姿だ。

 怪物は狛に向かい、追い立てられるように襲い掛かってきた。


「このっ!邪魔しないで!」


 すかさず腕を振るい、霊力のたっぷり込められた爪で怪物を両断する。不快な叫び声を上げ、切断された怪物はグズグズと溶けて消滅した。すると、それを皮切りに、壁面のあちこちから同じような姿の怪物が次々に現れ、狛めがけて襲い来るようになった。


「こんなに?!これだけの怪物を産むなんて、どれだけの妖力があるの…!」


 一体一体は大した力があるわけではない。だが、異界化をさせつつ怪物を産み落とすには、かなりの力がいるはずだ。拍の話によると、少なく見積もっても数百年以上昔に作られた呪物に、それほどの力が残っているものだろうか?まるで、何かから気さえしてくる。


 そんな疑問を胸に狛は怪物を押し退けて進む。そのまましばらく進んでいくと、肉だらけだった壁面の中に何故か普通の扉が現れた。感じられる霊気の気配から、歴がその部屋の中にいるのは間違いなさそうだ。


 狛が扉を開けて中に飛び込むと、真っ先に目に入ったのは歴の姿だった。薄い透明の膜で覆われた球の中に入れられ、ぐったりとしている。


「歴ちゃん!…良かった、大丈夫そう」


 すぐに狛はそれを破壊して、歴を救い出した。見た所、彼女の身体に目立った傷はなく、霊力を吸われていただけだったようだ。ふと気づくと、その隣には中年の女性と男性、そして、狛よりも少し年上であろう男女も同じように囚われていた。


「この人達、もしかして亜霊君の家族?」


 狛は歴を抱えたまま、彼らの入れられた球も破壊しようとした瞬間、殺気を感じてその場を飛び退った。次の瞬間、鋭く尖った骨状の槍が、狛が立っていた足元から飛び出して天井までを貫いている。

 視線を感じてそちらを見れば、そこには磔られた体の大半を壁の肉に覆われ、虚ろな表情で俯き涎を垂らしている亜霊と、彼に纏わりつき不敵な笑みを浮かべる長髪の女性が立っていた。


「亜霊君!…と、貴女は…秘命ね?」


「ほほほ!賊めが、わらわを知っておるのかえ?大事な贄を勝手に連れだされては困るのよ。ようも妾と大斗様の愛しい吾子まで殺してくれたのう…!に割り入るとは不粋にも程があろうが」


 女性はかなり時代がかった着物姿をしており、言葉遣いも独特だ。そして、よく見ると下半身がない。立っているように見えたのは腰から下が床や壁の肉と繋がっていたからであった。


「あこ…って、子ども?まさか」


 狛の脳裏に、先程まで倒してきた怪物達の姿が浮かぶ。ゾッとする想像に思わず吐き気を催してしまいそうだった。


「くふふ…!大斗様の精を受けて、この妾の胎の内で産み出したのだ。それが吾子でなくて何だというのかえ?」


 秘命がそう言うと、亜霊の顔を手で撫でている。すると隣で捕まっている亜霊の身体がビクンと跳ねた。肉に覆われている下半身では、今まさにの真っ最中なのだろう。つまりあの怪物達は妖力で産み出されているのではなく、紛れもなく亜霊の精を受けて生まれた存在なのだ。

 それに気付いて、狛の全身にゾワゾワとした怖気が走った。思春期の彼女にはトラウマになりかねない出来事だ。


 その一瞬の恐怖が、狛の隙になってしまった。突如、足元や天井の肉から、何本もの細い肉がロープのようになって飛び出して狛の手足を絡めとっていく。


「しまっ…!?」


 咄嗟に歴から手を離し、尾で受け止めはしたものの、両手と両足は完全に拘束されてギリギリと締め上げられている。そこでさらにもう一本のロープ状の肉が現れ、狛の首に巻き付いた。


「く、あ…ぐっ!!」


「ほほほ!その首、ちぎりとってくれようぞ!」


 絶体絶命かと思われたその時、激しい爆音と共に、肉の洞窟となっていた家屋が激しく揺れた。猫田の一撃が外の怪物の腕を吹き飛ばしたのだ。


「ぬぅ!?おのれ、下賤な猫めが!」


 秘命はどうやら、外の状況も把握できているようだ。猫田の手によって、外の怪物が大きなダメージを受けた事に憤りを見せ、それによって狛から意識が外れた。


「ぐっ!ああああああああっっ!!」


 狛はそれを機会に、全身の霊力を一気に爆発させ、自らを掴む肉を引き千切り、肉片をも消し飛ばす。


「なにっ!?」


 秘命は驚愕の声を上げて再び狛に注目するも、既に遅かった。狛は右手にありったけの霊力を込め、狛の右前方に見えていた肉塊を切り裂いてみせた。肉塊の中には黒い小さな箱があり、狛の一撃によって大きく破壊されている。


「ぎ、ぎぃやあああああアアアアアアアアアアアッ!!」


 秘命は絶叫し、その身体はドロドロと溶け落ちていく。秘命の身体だけではない、周囲の壁や床、天井に至る全ての肉が溶け、まるで動画を逆再生しているかのようにそれらは箱の中へと流れ込んでいった。同時に異界化は解消され、周囲は滅茶苦茶になった亜霊の部屋に戻っている。


「く、口惜しや…後少し、もう少しだったものを…」


 最後にそう言葉が聞こえた後、バキッ!という音がして、ひとりでに箱は壊れた。朽ちて粉々になった箱の中には、何も残っていなかったという。

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