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第23話 玖歌の不満と神奈の憤怒

「あはは、今日はもうご飯がないからおかわりダメだって、その代わり残ってたパンとお味噌汁貰ってきちゃった!」


 暢気に売れ残りのパンと寸胴鍋を抱えて、狛が戻ってみれば何やら不穏な気配が漂っている。狛は何があったのか解らずに、席に着きながらメイリーにこっそり耳打ちをした。


「どうしたの?なんかあった?」


「んーん、コマチ愛されてるなぁ…ってハナシ」


「???」


 さらによく解らない返答に、狛は首を傾げる事しか出来なかった。それでも、喉に何かつかえたような気持ちで手にしたパンの袋を開けて、もぐもぐと口に運ぶ。


「それより、コマチ大丈夫なの?もう昼休み後5分くらいしか残ってな、い…うわぁ…」


 メイリーがスマホに目を落とし、休み時間の残りを確認してから顔をあげると、狛はビールジョッキのように寸胴鍋を片手で持ち上げ、ごくごくと味噌汁を飲んでいた。付き合いが長いとはいえ、これにはさすがのメイリーも唖然である。


「ん~~~~美味し!アラさんの作るお味噌汁大好きっ!」


「あー…さすがにそれはちょっとナイよ、コマチ…」


 狛がその手に持っているのは、よく学校の給食に使われる大型の寸胴鍋だ。一人で持つのだけでも一苦労だと言うのに、それを片手で軽々と持ち上げつつ、中身を飲み干すというのは、正直、人間業ではない。狛の親友と言っても過言ではないメイリーから見ても、狛の行動は常軌を逸しているように見えたようだ。

 余談だが、狛達の通う神子学園では、学食で未提供品のフードロスが今期はゼロになっている。その理由は言うまでもなく狛の食欲によるものであった。


 狛達がそんな昼休みを過ごした午後。狛達の通う中津洲神子学園なかつしまかみすがくえんには、日によって7時間目の授業が存在する。今日はちょうど、その7時間授業のある日であった。ちなみに科目は特に定まっていない、所謂、LHRというものである。その授業内容は多岐にわたり、学園祭などの行事が近ければその準備などに充てられる事が多いのだが、直近では特にそんなイベントもないので、この日は他クラスと合同で行われるレクリエーションの日であった。

 レクリエーションと言っても、各人が自由に他クラスと交流を図りましょうという、体のいい自習時間だ。この学校は時折、生徒の自主性を重んじると言う名目で放任主義に走るきらいがある。その辺りの緩さも、生徒達がまだ出来たばかりのこの学校を選ぶ理由の一つになっているようだ。


(何か、今日は変な感じがする…)


 玖歌は、午後の授業が始まる前辺りから違和感を覚えていた。彼女は窓際最前列が自分の席だが、どうも後方からこちらを見るクラスメイト達の視線が強い。何故だかは解らないが、転校してきた初日のように、注目されているような感覚がある。玖歌のほぼ無視に近い塩対応によって、最近では注目される事などほとんどなくなり、どこか腫れ物に触るような奇妙な距離感が形成されていたはずなのに、今日に限って当初のソワソワとした空気感が戻っている。


 その理由は、LHRが始まってすぐに解った。


「おーい!玖歌ちゃん!一緒に組もー!!」


「…っの、バカ…!」


 ジャージに着替えて体育館に移動するや否や、こちらを見つけた狛が大声で呼びかけてきた。すると、先程まで感じていた視線が一段と強くなり、ひそひそとした話し声まで漏れ聞こえてくる。昼休み後から感じていた違和感の正体は、これだったのだろう。学食で狛達と食事をしていた所をクラスメイトの誰かに見られていたのだ。

 別に隠れていたわけではないし、誰もが使う学食にいたのだから、当たり前の事なのだが。


「ちょっと、いい加減にしてよ!アンタ、アタシに恨みでもあるワケ?!目立ちたくないってあれほど言っておいたでしょうが!」


「え?え、あ、ごめん。…せっかく一緒の授業だし、いいかなって」


 失敗した、と焦る玖歌は、つい狛に強く当たってしまった。狛の表情に影が差したのを見て戸惑うが、彼女は妖怪である。一度露わにした感情を急に抑えつけることなど出来ないし、したこともない。特に怒りや悲しみといった負の感情ならば、尚更だ。


「アタシに仲間なんていらないのよ!今朝も言ったでしょ、アンタだって利用価値があるから付き合ってやってるだけ。慣れ合うつもりなんてないんだから!」


「…そこまで。黙って聞いてりゃ言いたい放題言ってくれるじゃないか、私の親友に向かって」


「神奈ちゃん…」


 そこへ割って入ったのはメイリーと共に狛の後ろで様子を見ていた神奈だった。メイリーは神奈を止めようとはしていないが、やや呆れた顔で神奈と玖歌を見ている。神奈の怒りは相当なもので、こめかみに青筋を立てて玖歌を睨みつけている。まさに怒りのオーラが目に見えるようだ。


「か、神奈ちゃん落ち着いて…!私は別に気にしてないから!」


「…いや、アンタは気にしなさいよ。怒られてるんだから」


「狛は黙ってて、私は最初からこの子が気に入らないんだ。こんなに狛が優しくしてあげてるのに付け上がって…!」


「何よアンタ?まさか嫉妬でもしてるワケ?あ~、いきなり現れた転校生あたしに親友が盗られるって思ってるんだ?お子様過ぎて笑っちゃうわね~」


「なに…?!」


「ちょ、ちょっと二人共落ち着いてってば!」


 二人のいがみ合いは、すっかり体育館にいた生徒達の注目の的になっていた。あれだけ目立ちたくないと言っていたのに、玖歌自身も売り言葉に買い言葉で熱が上がり、すっかり周りの目など忘れ去ってしまっている。ちなみに、メイリーはヒートアップが始まった頃には少し離れて、他の生徒達とは別で二人を眺めている。


「アタシは別に優しくしてくれなんて頼んだ覚えはないし、こんなヤツに興味はないの。アタシは一人で十分…それなのに勝手に世話を焼かれて、迷惑してるのよ!」


「なんてことを…っ!取り消せ!狛の気持ちを踏み躙るような真似は絶対に許さない!」


「許さなきゃどうするっての?アンタみたいな人間なんて、アタシの敵じゃないわ」


「言ったな…!?」


 神奈の目の色が変わった。ほんの一瞬だけだが、片方の瞳は鮮やかな炎のように朱く光っていた。


「アンタ、やっぱり…!」


「神奈ちゃん、ダメッ!」


 寸での所で、狛が神奈に抱き着いて勢いを止めた。狛が抱き着いたことで、神奈は冷静さを取り戻したのか瞳の色は戻り、微かに頬を緩ませている。


(アイツ…気付いてないの?ううん、違う。気付いてて知らないフリをしてる?)


「あなた達、何をしているのっ!?授業中ですよ!」


 騒ぎが大きくなったせいか、遠巻きに見ていた生徒達をかき分けて、年配の女教師が飛び込んできた。いくら放任気味でも、騒動は許さないということだろう。せっかくの他クラスとの交流時間に喧嘩など許されるはずもない。


「あー、先生ごめんなさい!別に喧嘩してたわけじゃないんです。ちょっとお芝居の練習に付き合ってもらっただけで…」


 取り成すようにメイリーが教師の相手をして、その場は何とか治まった。メイリーは演劇部で常に主演を務めるエースなので、教師はあっさり信じてくれたようだ。狛も慌てて、メイリーの話を補強しようと神奈達の傍を離れた。


「…放課後、教室で待ってろ。話はそこで着ける」


 神奈が囁くように呟くと、玖歌は静かに笑みを浮かべてみせた。どうやら二人共、考えている事は同じだったようだ。


 そして放課後、1年B組の教室に玖歌は一人居残っていた。自分の机の上に座り、片膝を抱きながら窓の外を眺めている。そこへ足音を立てないように、そっと神奈が訪れた。手ぶらではなく、右肩には竹刀袋を提げていて、まるで戦に出る直前の剣豪のような、剣呑とした気配を漂わせていた。


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