「相変わらず、仲がいいわね」
はしゃぐ狛達の元へ、微笑みを堪えつつスーツ姿の妙齢な女性が近づいてきた。フルリムフレームの赤い眼鏡がよく似合う、長い黒髪の知的な美人だ。
「あ、佐那姉!きてたの?」
狛はそういうが早いか、立ち上がってその女性に抱き着いている。懐いた相手にはとことん距離が近いのが狛の悪い癖だ。
普段は表稼業で拍の秘書を務め、裏では退魔士としての任務もこなす。まさに公私共に拍のパートナーと言っていい女性だ。彼女は少し小柄な身長をしているので、狛とは身長差がかなりあって、抱き着かれているとかなり苦しそうに見えるが、狛はそんなことには全く気付いていないようだった。
テンションの上がりきった狛のスカートを、アスラがグイっと引っ張って引き剥がす。
「わっ!ちょっとアスラ、スカート引っ張らないでっ?!」
慌てて佐那から離れ、スカートを正す狛。
その隙に佐那と狛の間にアスラが入って、佐那をガードする形になった。これも彼女たちの間では、普段通りのやりとりなのだ。
「良い子ねアスラ、ありがとう」
少し乱れた髪や服装を正して、アスラの頭を優しく撫でてやる佐那。アスラはそれを嬉しそうに耳を伏せて受け入れている。
「もうっ…!でも、佐那姉久しぶり。元気だった?」
「ええ、問題ないわ。狛も元気そうでなによりね」
母のいない狛にとって、五歳年上の佐那は姉のような存在であり、また厳しくも優しい母代わりでもあった。佐那の方も狛の事は普段から気にかけていて、以前は頻繁に顔を合わせていたのだが、ここしばらくは退魔士としての仕事が忙しく、二人が顔を合わせるのは一年振り近くになる。
佐那に会えたのが本当に嬉しくて、狛は破顔しっぱなしでとても他人には見せられない表情になっていた。
狛に尻尾があれば、千切れるくらいの勢いでブンブンと振り回していただろう。佐那の方も、そんな狛がかわいくて仕方がないのだが、さすが年長者としての威厳を保ちたいのか、決して表には出さないようにしている。
「今回は、ずいぶん長くかかったねぇ」
「うーん、そうね…最近、どうも霊的に騒がしい事が多くてね。一つ依頼が終わったらすぐ次、それが終わればまたすぐ次の繰り返しだったのよ。私の担当は関東だけど、ずいぶんあちこち走り回らされたわ」
退魔士や、俗に言う祓い屋の仕事というのは、本来そう数の多いものではないのだが、佐那の言う通りここ一年程の間は過去に例がない程に事件が頻発していた。
特に厄介なのは解呪の仕事で、特別な道具、星の回り、呪いの種類の特定など非常に時間のかかるものが多い。加えて、土地にまつわる呪いのような、大掛かりなものまであったりと、滅多にあるはずのない事が続いていたのである。何か作為的なものを感じざるを得ないほど、仕事に忙殺された一年であった。
「うわぁ…大変だったんだね。それ、お兄ちゃんには?」
「もちろん、あとでしっかり報告するわ。久しぶりに会うんだし、ゆっくりね…それより、私が今回戻ってきたのは他に理由があるのよ、何か解る?」
「え、えー?なんだろう…あ、もしかして?!」
一瞬、困惑した表情になる狛だが、次の瞬間には何かを閃いたようだ。再び満面の笑みを浮かべて、自信満々に答えた。
「結婚するの?お兄ちゃんと!」
「ええっ!?ど、どうしてそうなるの?!いや、私は好きだし一緒に居たいし、その内したいとは思ってるけど…でも…」
さすがに思ってもみなかった変化球の答えを受けて、明らかに動揺する佐那。段々と小声になってもじもじする姿は、小動物を思い起こさせるようでなんともかわいらしい。普段の彼女がみせるクールな姿とは打って変わった印象に、狛も思わずキュンキュンと胸が高鳴る気がした。
「二人とも付き合って結構経つんだし、イイと思うけどなぁ?お似合いだよ、お兄ちゃんと佐那姉なら」
「もう!からかわないの!そうじゃなくて、貴女に関する事よ」
「わ、私!?なんだろ…」
再び頭を抱える狛の肩で解らないのかと言わんばかりにイツが跳ねた。
「イツ…あ!」
「やっと気付いた?私が貴女の試練の監督役を任されたのよ」
眼鏡を押し上げて、佐那が笑顔を見せる。
退魔士になる為に、一族から課せられる試練は監督役と呼ばれる同行者と二人で挑まなくてはならない。何しろ相手は古今東西の魑魅魍魎なのだから、常に命の保証はない。生半可な実力で立ち向かい、徒に命を落とすような真似をさせる訳には行かないという配慮でもある。残念ながら、まだ一人前として認められていない狛は、訓練を受けて一足先に実戦に出ているアスラをパートナーとして同行させる事は不可であった。
とはいえ、試練と言っても、それの難易度自体はそこまで高いものでもない。試練は大体、知識や技術が備わっているかを計るのが主な目的である。監督役は同行こそするものの、基本的に手出しはしない。その役割は実力のチェックと、万が一試練に失敗した時に備えての救護役が仕事だ。
「佐那姉が監督役…すっごく楽しみになってきた!」
「浮かれて足元をすくわれないようにね?審査はきっちり厳しくやるからね」
「はい!」
「ワンッ!」
狛の元気な返事につられて、アスラも勢いよく吠えた。それと一緒になって、イツが今度は狛の頭の上で一際高く飛んでみせる、二人はそれがおかしくて、声を上げて笑い合うのだった。