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犬神憑きの犬神家っ!!
世界
現代ファンタジー異能バトル
2024年09月08日
公開日
991,262文字
連載中
古来から伝わる呪術、狗神を使い妖怪退治を生業とする犬神家という一族がいた。
その内の一人、ちょっと気弱な女子高生の『犬神 狛(いぬがみ こま)』は、一族が認める退魔士となるため試練に挑む。

ひょんなことから試練の場で、高祖父を知るという猫又の『猫田 吉光(ねこた よしみつ)』と出会い、狛は自分の中に眠っていた人狼の血に目覚めることになって…!?

世にも珍しい『人狼の狗神使い』として覚醒した狛は、幽霊退治や妖怪退治、はたまた神様からのおねがいを聞いたりと大忙し。
果たして、彼女は立派に独り立ちできるのか?

時に笑いあり、涙ありの和風ファンタジー冒険活劇、始まります!

※この作品は、カクヨム並びに小説家になろうでも公開しています。

第1話

―『狗神』とは、古来より伝わる呪術の名称である。


 狗神は人に憑りつき精神を侵して発狂させ、死に至らしめる恐るべき呪術であり、それを生み出す儀式にはいずれも犬を残酷な方法で殺し、しゅをかける必要があった。


人はそうして狗神を生み出す者達を、恐れ忌み疎い、厭悪を込めて狗神筋と呼んだ―





「我が一族に伝わる掟…覚えているな?」


 30畳ほどの広い和室の中央で、和服姿の男はそう切り出した。男の後ろには、6人ほどの男女が座り、こちらを見ている。


 まだ夏の気配が去らないこの時期の夕暮れは、暑さ対策に縁側の障子が開け放たれていると外からの光が眩しく、明かりのついていない部屋の中では影が出来て、離れた人間の表情を伺い知ることはできない。


 時折、蝉の声が聞こえる室内は静かだが、こちらを見る彼らからは鋭い視線が投げられていた。



「狗神を、増やしてはならない」


 少しの汗をかきながら、平伏す少女が答える。彼女の名は犬神狛いぬがみこま、16歳の女子高校生である。


 170cmを超える長身と、髪はダークネイビーのショートウルフカットで、顔立ちも決して悪くはない。一般的な感覚で言えば、美少女と言って差し支えはないだろう。


 彼女たち犬神家は、犬に携わる仕事を生業として生きる一族だ。


 表では、ペットショップ、ブリーダー、ドッグトレーナー、警察犬訓練士、動物愛護団体、介護犬や補助犬の育成に飼育等、業界のあらゆる方面で活躍している。一説によると、日本のペット関連事業では業界トップの座に数十年君臨しているという筋金入りの集団であった。


「そうだ、我らの祖先、開祖戌神は力に溺れ、5体もの狗神を生み出すという取り返しのつかない罪を犯した…狗神あっての我が一族であるからこそ、決してこれ以上狗神を増やす事を許してはならん。例えどれだけ人に蔑まれ恨まれようとも、狗神と共に人を救う。それが我らの償いであり、この世に残る最初にして最後の狗神筋としての責務だ」


 男は拳を握り、唇を噛み締めて言葉を続ける。


「お前は、一族の当主の証たる狗神…そのうちの一体【イツ】に選ばれた。類い稀なその力と共に、我が一族の退魔士として生きる資格がある。…お前に、命を賭けて戦う覚悟はあるか?」


「はい、覚悟は出来ています…拍兄さん」


 姿勢を正し、真っすぐに彼の目をみて答える狛。青く光るその瞳には、強い意思が宿っている。対する兄、犬神拍いぬがみはくは、薄っすらと金色に光る目で視線を交わし、やがて少しの沈黙の後、応えた。


「ならばいい。後程、試練の日取りを伝える、下がっていいぞ。狛…励めよ」


「はい…!」


 改めて、深々と頭を下げる狛。しばらくそうした後で、彼女は顔を上げてその部屋を後にした。


「はあぁぁぁぁ…緊張したぁ…!」


 狛は部屋を出て廊下をしばらく歩いた後、縁側で蹲って溜息をつく。本家と分家、各家のトップが集まった親族会は、いずれも実力者ばかりで相当な圧がかかる。はっきり言って気弱な狛にとっては、とてつもなく疲れる場面であった。


 彼女たち犬神一族は、退魔士としての裏の顔を持っている。


 犬神家の開祖はかつてその高い霊力に驕ったのか、狗神という禁忌の呪術に手を出し、5体もの狗神を生みだしてしまった。以降、血筋に憑く狗神は常に犬神家と共に在る。


 狗神は本来、人間に憑りつかせて害をなす呪術だが、術者が強い霊力を持っていれば、霊的な存在に対する武器にもなる。先祖代々それらを駆使して、愛犬達と人の世を守る為に活動してきた。とはいえ、才能があれば誰でも退魔士として生きられるわけではない。


 年齢が16歳以上であり、一族の長達が示す試練に合格することで、初めて退魔士として認められるのである。つい先日16歳になったばかりの狛は、いよいよ、その試練に合格すれば退魔士として認められる所までやってきた。一族の中でも指折りの才能を持つ兄に憧れ、懸命に努力してきた結果が、目前に迫っているのだ。



 しばらくそうしていると、狛の元に一匹の大きな黒い犬が近づいてきた。しゃがんでいる狛の隣に座り、マズルを腕の隙間に差し入れて、頬をペロりと舐めた。


「ありがと、アスラ…私、頑張るからねぇ!」


 途端に、ガバっと顔を上げて抱き着く狛。アスラという犬は慣れっこなのか、特に気にすることなく尻尾を振ってされるがままだ。すると、狛の影から光と共に、真っ白く小さな犬の姿をした妖精のようなもの…狗神が飛び出し、狛達の周囲をクルクルと飛び回り始めた。


「あは!そうだね、イツも一緒だもんね!」


 狛の言葉に反応するように、小さく跳ね、肩に乗る犬神のイツ…小さい頃から、彼女たちは、こうしてずっと一緒に生活してきた。


 犬神家は、本家と分家の合計七家で構成される一族だ。本家や分家と分けられていても、当主は、ある条件を元に全ての一族の中から選ばれる。その条件とは、代々伝わる5体の狗神、それを一番多く従えたものが当主となるというものだ。



 犬神達は、それぞれが意思や感情を持っていて、独自に従う者を選別する。それが本家であろうと分家であろうと、彼らが選んだものを当主とし、一族全て従うのが掟である。本家分家の分別は、あくまで表稼業の為のものだ。


 現在の当主は、狛の兄で4体の犬神を従える才能の持ち主、拍であった。


 犬神を操るにはかなりの霊力が必要で、一度に4体もの数を従えたのは、一族の長い歴史でも片手の指にも満たないほどであるらしい。事実、本家筋である狛と拍の父は1体も従える事ができなかったし、祖父は2体従えて当主だったという。ちなみに同じ数で分かれた場合は、当主を選ばず、合議制となるのが通例だ。




 また、5体全ての犬神を従える事ができたのは開祖と、明治頃の当主『犬神宗吾いぬがみそうご』だけで、二人とも相当な実力者だったようだ。言い伝えによると開祖は、かの安倍晴明に見出され、陰陽師として共に京の守護をしていたという。


 そういう血筋だからなのか、犬神家の一族は皆一様に霊的な才能に優れていて、とても動物に好かれやすい。特に狛は、動物の考えが読める特技まで持っているので、退魔士としてだけでなく、表の稼業でも期待される娘であった。



 彼女らが使役する犬神達は、基本的には自らが選んだ人間が亡くなると、当主候補として一族の中から次に憑依する人間を決め、そちらへ移動する。拍の場合、祖父である先代当主が亡くなった時に2体、その後高齢で別の当主候補が二人亡くなり、また1体ずつで、計4体が彼の元に集まった。


 当初は、5体全てが集まるのでは?と、開祖や犬神宗吾の再来が翹望されたが、それは叶わず、最後の1体イツだけは、狛を生んで亡くなった二人の母で前当主候補、犬神天いぬがみあめから、入れ替わるようにして引き継がれた。


 それ故、イツは生まれた時から狛と共にある。それは家族というよりも、もはや分身のような存在であった。


 一方、アスラは犬神家の運営する愛護団体の元で生まれた犬の一匹である。


 多頭飼育崩壊をしたブリーダーからレスキューされた親犬が生んだのだが、その親犬は子犬を育てることが出来なかった為、偶然出産に居合わせた狛が引き取り、面倒を見てきた。とても賢く、退魔士のサポートもこなせるよう訓練を受けているので、狛が退魔士となれば、この上ないパートナーとなる。


 狛にとっては兄への憧れだけでなく、そうした未来も楽しみの一つであり、何が何でも退魔士としての試練に合格しようと心に誓っているのであった。

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