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第31話 再会、そして帰還

 玉座の間を出た後は、本当に呆気ないものだった。

 それまで牙をむき出しにして俺達に武器を向けてきた衛兵の獣人ファーヒューマン竜人ドラゴヒューマンも、俺達の姿を見るや廊下の端に寄って直立不動、剣や槍を掲げるおまけ付き。あまり力の強くなさそうな魔物は、俺達の姿を見るやこそこそと逃げ隠れる始末だ。

 魔王城の扉も衛兵に開けてもらって、堂々の凱旋。魔王城の入り口で周辺を警戒していた第一隊の面々がこちらを見て、大きな歓声を上げた。


「おぉっ……」

「みんな!」


 出迎えてくれたのはちょうど「噛みつく炎モルデレフィアンマ」だった。嬉しそうな顔をして、エジェオがマリカに声をかける。


「生きて戻った……ってことは、つまり」

「ああ……全員では、ないがな」


 期待するような彼の言葉に、一瞬目を伏せたものの。マリカは自分の鎧を叩きながら、力いっぱい宣言した。


「頑健王ヘイスベルト・ファン・エーステレン、討伐成功・・・・だ」

「わ……っ!!」


 その言葉に、「噛みつく炎モルデレフィアンマ」の四人だけではない、他の第一隊の冒険者達も集まってきて喜びを爆発させた。まだここは魔王城の真ん前だと言うのに、城壁を震わせるくらいの大喜びである。


「やったー!!」

「よかった、これで少なくとも半年は平和だ!!」


 拳を突き上げるもの、喜びで涙を流すもの、様々いる。しかし誰もが、この勝利を喜んでいた。冒険者達を落ち着かせながら、マリカが口を開く。


「魔王の側近補佐、エメレンス殿との折衝も済んでいる。魔王城地下1階の第三宝物庫を、我々に開放していただいているから、後で確認と回収に行くぞ」

「おぉ……!」


 宝物庫の存在を知らされて、冒険者達がますます喜びに打ち震えた。

 俺達はそれぞれの国に帰ったら、ギルドから報酬を貰えるし国からの報酬もきっと貰えるだろう。それに加えて魔王城の宝物庫からの現物支給。嬉しくないはずがない。

 と、一人神妙な面持ちをして、あたりをキョロキョロと見回していたイザベッラがマリカに問いかけた。


「ねえ、マリカ」

「どうした、イザベッラ・コルリ」


 イザベッラの言葉に、キョトンとしながらマリカが返す。不思議そうな顔をするマリカへと、一層不安そうな顔をしたイザベッラは恐る恐る、口を開いた。


「ライモンドは……どこにいるの?」


 その言葉に、第一隊の冒険者達が急にざわついた。カミロとステファノが途端に慌てて、マリカへと問いを投げる。


「そ、そうだ。ライモンドはどこにいるんだ」

「あの着ぐるみ姿がどこにも見えないぞ」


 彼らの慌てように、俺は居心地が悪くて頬をかいた。そりゃ確かに、着ぐるみ姿ではなくなった。しかし着ぐるみ姿とほぼ変わらない姿でこうして立っているのだから、少しは察してくれてもいいだろうに。

 なかなか俺に気付く様子のない「噛みつく炎モルデレフィアンマ」の面々に苦笑しながら、エレンが俺の脚をぽんと叩いた。


「ここにいるわよ」

「ライモンド、手でも挙げたらどうだい」

「えっ?」


 ロドリゴもくすくす笑いながら、俺に視線を投げつつ言ってくる。対して、イザベッラやステファノはまだピンと来ていないようだ。

 まぁ、そうだろう。二人が示しているのは、どこからどう見ても立派な虎の獣人ファーヒューマン。おまけにステータスも信じられないことになっている。まぁ、だとしても俺の頭上の簡易ステータスには、俺の名前があるはずだが。

 諦めたように肩をすくめ、俺はひょいと手を上げた。


「イザベッラ、俺はここにいるぞ」


 手を上げてイザベッラに、俺の妹に声をかける。果たして俺の存在を認めた彼女は、驚きに目を見開きながらこちらに駆け寄ってきた。

 腹に触れる。首にも触れる。そうして、俺が生身であることを確認した彼女は顎がストンと落ちた。


「えっ……ライモンド、どういうこと?」

「口も動いているし、尻尾も……おい、まさか」


 エジェオもステファノも、一緒になって俺の身体をまさぐっている。尻尾を握られ、ちょっとくすぐったくて軽く振ったら、信じられないと言う顔で彼らは俺を見てきた。

 まさか、という言葉も理解できる。普通はこんなことは有り得ないからだ。


「そのまさか、なんだよな」

「ああ……俺はディーデリックと融合して魔物化した。今の俺は完全な獣人ファーヒューマンだよ」


 ロドリゴが困ったように微笑むと、俺もうなずきながら彼らに言ってみせた。

 そうして真実を告げると、もう第一隊の面々は絶句するより他になかった。魔物との融合というだけでもとんでもないのに、そうした上でここに平気な顔をして立っていることが、よほど信じられなかったらしい。

 イザベッラがなんとなしに絶望したような表情で、俺の胸にすがりながら言ってくる。彼女からしたら自分の兄が、魔物になってしまったのだから無理もない。


「そんな……じゃあ、もう着ぐるみの呪いを解くどころじゃ……」


 青ざめながら話すイザベッラに、「ガッビアーノ」の面々は涼しいものだった。笑みを崩さないままにエレンが肩をすくめる。


「ないわね、呪ってきた当の本人がもうこの世にいない上に、呪いも解いて消えていったんだもの」

「解く理由もなかったと言えばなかったけれどね。最後はすっかり仲間だったから、彼」


 ロドリゴも小さく息を吐きながら話す。実際、最後の方など呪いなんてあってないようなものだった。ディーデリックは俺の身体をこまめに綺麗にしてくれたし、食事や排泄もちっとも苦ではなかった。有り難い限りである。

 ますます青ざめながら俺の顔を見上げるイザベッラ。その頭を撫でてやりながら、俺は優しく微笑んだ。


「でも、おかげで俺は頑健王討伐成功の立役者になれた。冒険者も続けていられる。後悔はないよ」


 俺の言葉に、いよいよイザベッラは感極まったらしい。俺の胸の毛皮に顔を埋めながら、わんわんと泣き出してしまった。


「でも……でも……うわぁぁぁぁん」

「イザベッラ、ほら、泣かないで」

「全く、ここに来てとうとう兄恋しさが勝ってしまったか」


 カミロとエジェオが彼女の背中を叩いてなだめ、ステファノも困ったように頬をかいている。まぁ、しばらくはこのまま泣かせてやってもいいだろう。

 それはそれとして、俺にはまだ悩みのタネがある。


「でもなぁ……俺が次代の魔王候補って、何の冗談だって話だよな」

「そうよねぇ、あたしだって候補に選ばれるとは思ってなかったわよ。こんな子犬人コボルトのあたしがよ」


 俺がイザベッラの頭を撫でてやりながらぼやくと、エレンもため息をつきながら腰に手をやった。

 別に魔物にとって、身体のサイズがどうこうという問題はあまりない。小さい体躯の魔物でも、強ければ偉いというのが魔物の序列の付け方だ。だが、実際威厳の問題とかは出てきてしまう。

 ヘロルフが腰に手をやりながら、これまたため息混じりに口を開いた。


「俺達五人は、その点も悩みどころだな」

「そうだよね。ファン・エーステレンを差し置いて魔王になるつもりなんて、僕にはないし」

「私もよ。そういうしがらみのないライモンドの方が、よっぽど魔王にふさわしいわ」


 マンフレットもアレイトも、顔を見合わせながら息を吐いた。

 ギュードリン自治区の魔物たちは、そのほとんどが神魔王ギュードリンを魔王と崇め、尊敬している。彼女の下から出奔し、魔王領で魔王になるなど、自分たちのプライドが許さないというのが大体の見解だ。

 だから、エメレンスが話していたように魔王候補にこそなれど、実際に魔王の座に就くなんてこと、彼らは考えもしないのだろう。となると、必然的に俺に白羽の矢が立つ確率が上がるわけで。

 ゆるゆると首を振りながら、諦め半分に俺はぼやいた。


「やめてくれよ、そんなことになるんなら、そこらの野良の強力な魔物に魔王になってもらった方がよっぽどマシだ」

「でも、ライモンドが魔王になったら絶対人間と敵対する方策は取らないでしょ。案外そのほうが、上手くまとまるかもしれないわよ。ファン・エーステレンだって46年間の長きにわたって王座にいたんだから」


 俺は本心からそう言ったが、エレンはしれっと俺に言葉を向けてきた。

 そりゃ確かに、俺は元人間。人間界と敵対するようなことはしたくないし、するつもりもない。加えて今のステータスを考えれば、反抗してくる魔物もそうはいないだろう。おまけに神魔王ギュードリンという、人魔共存についての偉大なる先達が既にいる。教えを請う相手には困らない。

 だが、それでもだ。元人間の魔物になりたてが魔王就任など、前代未聞過ぎる。

 どうしたものかと首を振るしかない俺だが、もう一度息を吐いたロドリゴがマリカに向き直った。


「ま、先のことは先々に考えよう。まずは宝物庫の財宝の確認と、ヤコビニへの帰還だ。そうだろう?」

「ああ……そうだな」


 彼の問いかけに、マリカも苦笑しながら返事をした。

 そう、俺達にはまだまだやることがあるのだ。宝物庫の財宝を持ち帰らないとならないし、国に帰ってギルドと国王陛下に報告しなくてはならない。こうして安穏と、ここで話し込んでいるわけにはいかないのだ。

 そうと決まればやることを済ませるのが先決だ。さっさと終わらせて帰って、酒を飲んで飯を食って寝たい。


「よし、こうなったらアイテムボックスいっぱいに財宝を抱えて帰るぞ! 一切合切売り払って隠居してやる!」

「ふふっ、その隠居先が『黄金魔獣の神殿』だなんて言い出さないわよね?」

「ふっ……黄金魔獣未だ健在なり、との形に収まるのも面白い」


 やけくそになって拳を突き上げる俺に、エレンとマリカが笑みをこぼしながら軽口を叩いた。そこからまたしても、俺を中心に冒険者が円を作り、俺をもみくちゃにしてくる。

 魔王は倒した。呪いも解けた。しかしまだまだ、俺の悩みは尽きそうにない。

 俺が財宝とヘイスベルトの素材をヤコビニ王国に持って帰り、国を挙げての祝賀会で連日連夜大騒ぎする中で、祝賀会に参加しに来たエメレンスが「次代の魔王候補」として俺の名前を読み上げた時、恥ずかしさのあまり逃げ出した挙げ句に国王陛下に捕まったのは、また別の話。



  ~おしまい~



Copyright(C)2023-八百十三


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