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第29話 界を引き裂く

「わ……!!」

「く……っ!!」


 光が圧力を伴って玉座の間を満たす。

 誰もが顔を抑え、吹き飛ばされそうな圧力に対抗して床を踏ん張った。後衛の魔法使いソーサラー付与術士エンチャンターの中には、圧力に負けて転ぶ者もいた。

 そんな、光に包まれ冒険者の視界が真っ白の中、光の発せられる中心点からかすかに、声が聞こえてきた。


「お――!!」

「おぉ、ぉ……!!」


 俺の声と、ヘイスベルトの声だ。確かにこの光の中心点には俺達二人がいる。あの二人の間で行われた、一撃の結果がどうなったのか、他の冒険者にはまだ分からないだろう。


「やったか!?」

「分かんないわ、どうなっているの!?」


 目元を覆いながら、マリカとエレンが声を張り上げた。そうこうするうちに徐々に光が収まり、冒険者達も前方の様子が見えるようになってきたようだ。そして、最初に声を上げたのはヘロルフだった。


「見ろ!」


 彼が指を指した先には、きっと俺とヘイスベルトがいたんだろう。振り抜いた腕を床につくようにして荒い息を吐く俺と、胸に三本の傷を負って、小さく震えながら目を見開いているヘイスベルトの姿が。


「お、ぉ、ぉ……!!」

「はぁっ、はぁっ……!!」


 ヘイスベルトが小さく震えながら、自分の胸に手を伸ばす。その間に俺はゆっくりと身体を起こし、よろけるように一歩後ろに後ずさった。

 やった。ようやく、一撃を入れることが出来た。それと同時に、ヘイスベルトの『界』を破ることに成功した。


「ライモンド!!」

「見ろ、頑健王の鱗が砕けている!」


 後方からロドリゴが快哉を上げ、パトリツィオがこちらに指を向けながら声を上げた。そう、俺はついにヘイスベルトの守りを突破したのだ。

 一気に冒険者達が歓声を上げた。マリカも感動した様子で口角を持ち上げ、言う。


「やりおったか……!」


 ヘイスベルトの『界』が破られた。ということはこれまでどうにも通らなかったり防がれたりした、攻撃が少しでも通るようになったことを意味する。

 ヘイスベルトも信じられないと言いたげに、自分の胸に付けられた引っかき傷に手を伸ばした。爪で触れると、そこに付着するのは血だ。どうやら俺の爪で付けた傷は、血管にまで達していたらしい。


「わ、我が鱗が、まさか……!?」

「へへっ……見たか」


 驚きの余り絶句しているヘイスベルトの姿に、俺は思わず笑みをこぼした。あれだけ防御に自信があって、どんな攻撃も魔法も防いできた彼のこと。こうしてただ引っかかれただけで守りを突破されたことが、よほど予想外だったんだろう。

 あまりのことに、ヘイスベルトが立ち尽くしているその瞬間。真っ先に動き出したのはロドリゴだった。


「なるほど……つまり、そこか!」

「え?」


 流れるような動きで弓を構え、魔法の矢を番え、一瞬のうちに矢を放ったロドリゴ。その矢は冒険者達の頭上を超え、ヘイスベルトに突き刺さった。その矢は俺が先程付けた引っかき傷に、吸い込まれるように突き刺さり、その端から消えていく。

 その瞬間だ。矢が消えた瞬間、ヘイスベルトがますます体の力を失い、がくりと膝をついた。


「ぐぉっ!?」


 身体を支える糸が切れたようにがっくりと膝をつくヘイスベルト。見れば、明らかに弱体化デバフが効果を及ぼしていた。ロドリゴの矢がそれを発揮したのは、火を見るより明らかだろう。

 ロドリゴも確信したように、周りの付与術士エンチャンターに声をかける。


「思った通りだ! 皆、ライモンドのつけた傷口を狙え!」


 その言葉を皮切りに、冒険者、特に魔法使いソーサラー付与術士エンチャンターが一斉に杖やら魔導書やらを構えた。

 矢継ぎ早に飛んでいく弱体化デバフの魔法。それがヘイスベルトの胸元の傷、すなわち『界』の切れ目・・・めがけて放たれては着弾する。

 魔法の使い手という者たちは、狙ったところに遠距離から魔法を当てることについては文字通りの専門家だ。標的が動き回ろうが、遮ろうと腕や翼を出そうが、それをかいくぐって狙った場所に魔法を当てることが出来る。

 加えて前衛陣も先程以上に勢いづいて攻撃を仕掛けてくる。それまでは有効打も与えられず、ヘイスベルトも攻撃を受けるがままにしていたのが、弱体化デバフが効き始めたから近接攻撃も通り始めたのだ。


「おぉぉぉぉ!!」

「く、おのれら……!」


 途端に自慢の防御力を削がれ始め、ヘイスベルトが慌てた様子で歯噛みする。そこに大きく飛びかかりながら、ヘロルフが大口を開いて噛み付いた。『鋼牙こうが』の二つ名は伊達ではなく、その牙がずぶりとヘイスベルトの太い尾を貫く。


「ライモンド! どんどんぶちこめ!」

「分かってる!」


 噛みつきながら向こうの動きを制限するヘロルフの言葉に返事をするや、俺はもう一度魔法を乗せて爪を振るった。翼の被膜を的確に捉え、翼に大きな傷が付く。

 俺がこうして攻撃を放つことで、魔法の通り道が増えていく。そうすれば魔法使いソーサラー付与術士エンチャンターも魔法を当てやすくなり、結果前衛陣も攻撃を入れやすくなる。いいことづくめだ。

 度重なる攻撃に、ヘイスベルトの『界』は既にズタズタだった。隙間だらけで、最早鎧としての役割は果たせないだろう。

 さらに言うなら、俺が魔法遮断の「界」を引き裂いたことで、消滅の「界」の発動にも限界が生じているようだ。さすがに自分自身すら消滅させかねない「界」を、生身の真上に張るわけには行かないのだろう。明らかに「界」の出てくる場所が減っていた。


「ぐ、あ、あ……!!」

「チャンス! みんなごめん、ちょっと道を空けて!」


 苦悶の表情を浮かべて動きを止めるヘイスベルトを見て、エレンが声を上げながら前に飛び出した。両手を地面につけ四つん這いになりながら、彼女はひときわ大きな吠え声を上げる。


「アォォォォーーーン!!」

「うっ!?」


 次の瞬間、ヘイスベルトの足元から床を突き破り、幾本もの岩の棘が飛び出した。いや、それは最早棘というより剣だ。太く長く、鋭い剣のような棘がヘイスベルトの脚を、尾を、翼を貫いてその場に縫い留める。

 俺もそれを見て驚いた。大地魔法第八位階、岩棘ロックスパイクだ。岩の棘を地面から突き出させる、魔獣語魔法というより通常魔法の範疇にある魔法だが、そうだとしても並大抵の魔法使いソーサラーが扱える魔法ではない。

 事実、ヘイスベルトも自分に有効打を与えたその魔法を見て目を丸くしていた。


岩棘ロックスパイクだと!? 馬鹿な、コボルト風情に使える魔法ではないはずだ!」

「冒険者を甘く見るからこうなるのよ、偽王! オォォーー……!」


 ヘイスベルトの発言に勝ち誇ったように言いながら、エレンが立ち上がってのけぞった。溜めるように息を吸い、すべての力を吐き出すような勢いで一声。


「オンッッ!!」


 その苛烈なまでの咆哮が、槍のように質量を持って一直線に飛び出した。その槍が向かう先はヘイスベルトの胸元、最初に俺が付けた傷口だ。

 果たして、弾丸と呼ぶには生易しすぎるその槍が、ヘイスベルトの胸元付近に深々と突き刺さった。ごぼりと、ヘイスベルトの口から血が溢れ出す。


「ご、ア……!!」

「マジか、咆哮槍ボイスジャベリン!?」

「使ってるやつ初めて見たぞ!」


 その強烈過ぎる一撃に、冒険者が、特に魔物の冒険者が驚きを持って応えた。

 魔獣語魔法の奥義とも呼ばれる魔法、根源魔法第九位階に位置する咆哮槍ボイスジャベリン。声に魔力を乗せて放つ、という至極単純な魔法だが、乗せられた魔力量と練り上げられた咆哮によってその威力は凄まじいの一言に至る。

 それを、エレンのような小柄な子犬人コボルトが放ってみせたのだ。それは驚いても当然だろう。

 戦況は一気に冒険者有利に傾いた。ここでようやく出陣というべきか、マリカが大斧を構えながら前に踏み出した。


「よし、私も出る! いい加減仕事をせねば、出番が全て『ガッビアーノ』に取られてしまうからな!」


 岩棘ロックスパイクによって未だ動きを封じられているヘイスベルトへと、マリカが気合一閃、大斧を振り下ろす。尻尾の付け根を的確に捉えたその一撃は、尻尾を断ち切るまではいかないものの、浅くない傷をヘイスベルトに負わせた。

 これにいよいよ慌てたのはヘイスベルトである。


「馬鹿な、あり得ん、あり得んぞ! この我が!!」


 尻尾を振り、岩を砕き、ようやく戒めから解き放たれる彼であるが、その表情に余裕などというものは一切なかった。

 当然だろう、鉄壁の守りはこうして崩され、為すすべもなく命を削られているのだから。

 ロドリゴがなおも魔法の矢を放ちながら、ヘイスベルトに言葉をぶつけていく。


「そういう考え方だから、こうして追い詰められているんじゃないのか、頑健王!」

「あたし達みんなの力が合わされば、この程度、なんてことないのよ!」


 エレンも魔獣語魔法をばらまきながら、ヘイスベルトに力強く言葉を飛ばした。

 そう、冒険者側の強みは、人数の多さによる攻撃手段の多彩さと、連携の取り方だ。一人ひとりの力には限界があっても、いろんな者、いろんな職業ジョブの力が合わさるからこそ、大きな戦果を上げることが出来るのだ。

 マリカが付与エンチャントによって高まりに高まったATK攻撃力を携えながら、大斧を手にヘイスベルトに迫る。


「そうとも。そしてそのきっかけは予期せぬところから起こるものだ。魔物である『黄金魔獣』がそれを作ったというのも皮肉だが――」


 そこで一旦言葉を区切り、声を潜めたマリカだが。一気に距離を詰めるや、大斧を先程攻撃を加えた尻尾の付け根に叩きつけた。


「この戦い、きっと冒険者の勝利で終わらせてみせるっ!!」

「ぐ、う……!!」


 その一撃で、ヘイスベルトの尻尾が今度こそ、根本から切り離される。勢いよく吹っ飛んでいった太く長い尻尾は、玉座の間の壁に叩きつけられてずるりと落ちた。


「おぉっ……!」

「さすがは『朱斧』、頑健王ヘイスベルトの鱗だろうと、構わずに砕いて見せるか!」


 その一撃に冒険者達が快哉を上げた。竜にとって、尻尾を斬り落とされるというのは最大の屈辱であり、同時に大きな力の減退でもある。体のバランスが変わるから当然だ。

 ヘイスベルトも業を煮やしたらしく、マリカに右手を突き出してきた。その爪先が、黒く変色している。


「おのれら……!!」

「むっ」

「危ない、マリカ!」


 その攻撃に飛び退くマリカ。ブリジッタが悲痛な声を上げると同時に、マリカの鎧の肩部分がえぐれるように・・・・・・・削れた。

 消滅の「界」だ。ここに来てヘイスベルトは、守りに使っていた「界」を攻撃に転用し始めたのだ。思えば手や爪に関してはさほど攻撃も加わっていない。「界」を張って手を突き出せば、肉体だろうが消滅させられるということだろう。

 肩をえぐられた痛みにマリカが膝をつく。だが。


「いいや、まだだ!」


 そう声を上げながら矢を放ったのはロドリゴだった。今度は弱体化デバフではない、回復の魔法だ。大回復グレーターヒールの矢がマリカに当たると、えぐられた肩口の肉が見る間に回復していく。

 さすがは本職が治癒士ヒーラーのロドリゴ、回復魔法については間違いのない力である。マリカも破顔して後方を振り返った。


「ロドリゴ・インザーギ!」

「僕達が後ろからどんどん癒すし強化する! 前衛の皆は構わず攻めてくれ!」


 ロドリゴの言葉に治癒士ヒーラー達が揃って杖を上げた。かなりの人数の回復手がここにはいるのだ。いくら攻めて、消耗しようとも、恐れることはない。


「そういうことなら後ろは任せる! 貴君ら、攻撃の手を緩めるな!」

「「おぉーっ!!」」


 マリカも立ち上がって声を上げると、前衛陣が一層激しくヘイスベルトを攻め立てた。旗印たるマリカがどれだけ傷つこうとも、最早恐れるものは何もない。


「バ、バカな……!?」


 そしてそれは、ヘイスベルトにとっては恐怖であった。いくら攻撃しても、肉を削いでも、恐れること無く冒険者は攻めてくるし、その傷はさっさと回復されてしまうのだから。

 最早勝敗は決定的だった。ヘイスベルトのHP体力は残りわずかまで削られ、DEF防御力は度重なる弱体化デバフによって紙同然にまで下がっている。


「いける! もう少しよ!」

「よし、これなら――」


 もうあと数回攻撃すれば、ヘイスベルトの命は取れるはずだ。それを悟った冒険者達は途端に攻撃の手を休める。

 魔王の命を取る一撃は、勇者の手で。特に何かで定められていることではないが、暗黙の了解だ。

 とはいえ、まだヘイスベルトに反抗の意思はあるらしい。床に這いつくばりながらも、なお歯を噛み締めながらうめいた。


「ぐ、こ、こんなことで、頑健王たる、我が……!」

「!!」


 その姿に、俺はとっさに判断した。

 魔王の命は風前の灯だ。しかしマリカの一撃で命を取るにしても、もう一撃は欲しい。そして他の冒険者が手を収めつつある現状、俺がやるのが最適だろう。

 果たして、俺は大剣を背に負った。拳を握り、ヘイスベルトの首を押さえつけるように殴りかかる。


「そこだぁぁぁっ!!」


 吠えながら、俺は地を蹴り拳を振りかぶった。そしてその拳を、ヘイスベルトの首めがけて振り下ろした。

 のだが。

 拳が当たる寸前で、ヘイスベルトが頭を動かした。若干持ち上げた感じだったと思う。結果として、俺の拳はヘイスベルトの脳天へ。

 スパーン、といっそ小気味いい音を立てて、ヘイスベルトの頭が床に叩きつけられる。


「が――!!」

「えっ」

「あっ」


 その予想外の会心の一撃に、俺だけではない。マリカも、エレンも、ロドリゴも呆気にとられた声を上げた。

 見れば、今の拳での一撃がトドメになったらしい。口の端から泡を吹きながら、ヘイスベルトは瞳から光を消していった。


「あ、あ、ぁ……」


 小さく声を漏らし、ガクガクと震えたが最後。そのまま、ヘイスベルトは動かなくなってしまった。


「……」


 その有様に、誰も彼もが言葉を失っていた。魔王討伐戦にしては、なんとも呆気ない幕切れである。


「し……死んだ?」

「うむ……そのようだな」

「会心の一撃だったな」


 冒険者達もなんとも言えない表情をして、俺を見ている。それはそうだろう、本来なら勇者が行うべきトドメの一撃を、予期せぬ形で奪ってしまったのだから。

 なんというか、微妙に収まりが悪い。魔王討伐を成し遂げた、という事実は揺るぎないものなのだけれど。 

 エレンが俺の足元までやってきて、脚の毛をツンツン引っ張りながら言ってきた。


「あーあ、ライモンドってば、もうちょっと当たり所考えたら、魔王討伐を勇者様の手柄に出来たのに」

「し、仕方ないだろ。それにこれは、討伐隊みんなの手柄だ」


 エレンの軽口に俺は戸惑いながらも返す。

 正直、俺が攻撃したのは確かにこの討伐戦で大きな働きをしたが、弱体化デバフがあったからこそこれだけ攻撃が通ったんだし、エレンの魔法も大きな力を発揮したはずだ。

 と、そこで俺の肩を叩いてくる奴がいた。バルトロメオだ。


「ま、ともあれだ」


 こちらににやっと笑いかけてきたバルトロメオが、そのまま俺の方を抱いてきた。力強い腕が俺に回される。


「やったじゃないかライモンド! お前のおかげだ!」

「お前がいなかったら絶対に無理だったよ!」

「ほんとほんと! すごかったわ、あの一撃!」


 マンフレッドが、カルメンが、他の冒険者達みんなが、俺を取り囲んで俺をもみくちゃにし始めた。勇者を差し置いてここまでされると、正直申し訳がなさすぎる。


「お、おい、やめろよ皆、やめろって」

「ふふ、ライモンド、背中の毛と尻尾がぶわってなってる」

「すっかり獣人ファーヒューマンの反応だな」


 抵抗する俺は、どうもすっかり獣人ファーヒューマンの身体が馴染んでしまったらしい。自然と尻尾やら背中の毛やらが立ってしまっているようで、エレンに笑いながら突っ込まれてしまった。隣でロドリゴも笑っている。


「ふふっ」


 そんな様子を見て、マリカもくすりと笑っていた。楽しそうなのは何よりだが、さて、問題はここからである。

 ぱんと手を打って、マリカが冒険者達に声をかけた。


「さあ貴君ら、胸を張って帰ろうではないか。私達は遂に、魔王討伐を成し遂げたのだぞ。死したルフィーノ・アボンディオのタグも持ってな」

「……うん!」

「ああ……!」


 その言葉に、冒険者達がこくりと頷いた。そう、一人の死者こそ出してしまったが、魔王討伐を成し遂げた事実は揺るぎない。

 俺もふっと表情を緩め、背負っていた大剣を直す。


「……そうだな、じゃあ――」

「ね、ねぇ……」


 と、そこで。

 冒険者達の動きを遮るように声を上げたのはブリジッタだった。ずっと一点――玉座の間の入り口の扉を見ていた彼女に視線が集まる。


「ブリジッタ、どうした?」

「あそこ……」


 俺が声をかけると、ブリジッタは恐る恐る扉を指差す。

 そこで俺も気がついた。扉がゆっくりと開いている。明らかに、誰かが扉を開けていると言った動きだった。


「ん?」

「あれは……」


 その扉を開けて、玉座の間に入ってきたその存在。それは。


魔物・・?」


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